医師・中村哲さんは、なぜアフガンで用水路をつくったのか

「井戸を掘る 平和をつくる」講演会から

1984年よりパキスタン、アフガニスタンで現地の人々の支援活動を続ける医師・中村哲さん。30年に及ぶ医療支援のかたわら1,600本の井戸を掘るとともに、10年前から灌漑用水路の掘削を行ってきた。9月5日、練馬区で市民が主催する「井戸を掘る 平和をつくる」と題する講演会から、中村哲さんの活動を振り返ってみたい。

講演中の中村哲さん(写真提供:ペシャワール会と市民の声ねりま)

ハンセン病治療でパキスタンに

講演の冒頭で一枚の写真が登場した。アフガンの大地を流れるクナール川で、巨大なシャベルカーを操作する中村哲さんの姿だ。
「医師である私がこんな機械を動かすようになるとは思っていませんでした」。会場に大きな笑いの渦が巻き起こった。

写真提供:ペシャワール会と市民の声ねりま

1983年、中村哲さんはパキスタンのハンセン病患者の治療を目的に「ペシャワール会」を発足、1984年5月にパキスタン北西部のキリスト系病院に着任した。

「医療器具も医薬品もほとんどありませんでした」
そんな中でハンセン病患者の足底にできる傷を予防するため、サンダルの工房を病棟内につくるなど、医師の枠にはまらないユニークな医師として、地域の人々の信頼が広がっていった。

やがてハンセン病患者以外の患者たちも訪ねてくるようになった。
「ハンセン病患者の治療が専門だから、他の患者は見ないとはいえないでしょう」当時、パキスタンの隣国アフガニスタン(以下アフガンと略)は、1978年から始まったソ連軍のアフガン侵攻で紛争が泥沼化し、多くの難民村がパキスタンにも点在していた。86年からはアフガニスタン人診療チームの組織化を進め、翌年にはアフガン難民キャンプへも巡回診察を開始した。


医療活動だけで人々は救えない

ペシャワール会の活動が大きく変化したのは2000年のこと。その頃から始まったアフガンを含む中央アジアの大干ばつがきっかけだった。かつての穀倉地帯が戦乱による荒廃と地球温暖化で大干ばつに襲われ、多くの人々が故郷を捨てて難民となった。

温暖化がなぜ干ばつを引き起こしたのだろうか。実は気温上昇で雪をたたえた山岳地帯の雪解けが早まり、一気に洪水となって穀倉地帯を襲い、一帯の砂漠化を進めていったのだ。

アフガンの東北部、ダラエヌール渓谷一帯では、古くから「金はなくても暮らせるが、雪がなければ暮らせない」といわれるほど、雪解け水が地域一帯を潤し、作物の成長を促してきた。しかし、温暖化で急激な雪解けが加速し、水のコントロールが農民たちの手に負えなくなっていった。

飢えた子どもたちの中には空腹から汚い水を飲んで感染症にかかり、死亡する者が続出した。

そこで中村さんたちが手掛けたのが井戸掘りだ。
「初めは井戸を掘りました。ところが枯れる井戸が続出しました。より深く掘った井戸も数年で水脈が変わり、役に立たないものも出てきました」

ペシャワール会では会員たちの支援を受けて1,600本もの井戸を掘ってきた。だが、01年9月にアメリカ・ニューヨークで起きた同時多発テロ以来、米英軍のアフガン空爆も始まることとなる。


戦争をしているヒマはない、用水路をつくろう

ペシャワール会には、「議論よりも実行」という中村さんの思いが貫いている。その言葉の先に、「百の診療所より1本の用水路」という新たな掛け声が生まれた。

2002年にはアフガン東部で農業支援・灌漑用水路建設に重点を置いた「緑の大地計画」を発表。翌年にはダラエヌールで灌漑用水路に着工し、その年の8月に中村医師が平和と国際理解部門でマグサイサイ賞()を受賞した。

翌年の04年には用水路の一部から水を引くことが可能となり、人々を大いに勇気づけた。だが、05年には大きな洪水により各地で堤防の決壊が起き、また、その後の護岸工事をめぐって住民間の対立も生まれた。08年8月には日本人スタッフ伊藤和也さん(当時31歳)が武装グループに拉致され、殺害されるという惨劇も起きた。


大地をうるおす用水路の完成で65万人が帰農

2010年3月、クナール川から引いたマルワリード用水路は、ダラエヌール渓谷をとおってついにガンベリ砂漠に到達した。全長約25キロメートルが完成したのだ。荒涼としたガンベリ砂漠が、いまでは1万6,500ヘクタールの緑の大地に生まれ変わろうとしている。

用水路の完成前(上)と完成後(下)。荒れ果てた大地が緑を取り戻している。(写真提供:ペシャワール会と市民の声ねりま)

いまでは難民たちが用水路の流域に帰農し、65万人が定住するようになった。稲や麦が育ち、イモが収穫されている。数年先にはオレンジもたわわに実る時期を迎える。

クナール川からマルワリード用水路に水を取り組む「斜め堰」には、数度にわたる洪水の経験から、その後、江戸時代に筑後川でつくられた山田堰の技術が使われている。また、用水路には住民たちが修復しやすいよう、「蛇籠工」と「柳枝工」呼ばれる日本の伝統技術も採用された。四角い籠に石を詰め込んだ蛇籠だが、籠そのものが朽ち果てても、用水路に沿って植えられた柳の木が根を張ることで、その役割を果たし続ける。

日本で生まれた先人たちの知恵が、PMS(現地事業体)=ペシャワール会と中村医師の情熱によって再びアフガニスタンの大地を潤している。

NGOペシャワール会 ホームページ

http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/

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