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国連地球生きもの会議を振り返って Part 2
自然は待ってくれない
(財)日本自然保護協会 保全研究部 (国際担当・国際自然保護連合日本委員会事務局)
道家 哲平さん


名古屋市で開かれた生物多様性条約第10回締約国会議(COP10:国連地球生きもの会議)は、10月30日未明、医薬品や食品のもととなる動植物など遺伝資源の利用を定める「名古屋議定書」と、生態系保全の世界目標「愛知ターゲット」を採択して閉幕した。連日、ぎりぎりの交渉が続いただけに参加者たちは一様に安堵した様子だ。COP10に関わった若者たちの声を2回にわたって報告したい。2回目は、わが国の自然保護の草分け的な存在である(財)日本自然保護協会の道家哲平さんに聞いた。



(財)日本自然保護協会の道家哲平さん

Q. 日本自然保護協会とはどのような組織ですか。道家さんはどのようなお仕事を?
設立は1951年で来年には60周年を迎えます。1949年にいま国立公園となっている尾瀬ヶ原に水力発電所が建設されることになり、開発を見直そうと尾瀬保存期成同盟が結成されました。水力発電所ができていれば尾瀬ヶ原は水の底になっていたはずです。
幸い、この開発は回避されましたが、その後日本各地で開発に関わる問題が多発し、1951年に日本自然保護協会としての歩みをスタートしました。財団としての登録は1960年ですが、1978年には自然観察指導員講習会といった制度を立ち上げ、地域の自然保護のリーダーを育成する活動を始めました。現在までに累計で25,000人が登録されています。

日本自然保護協会は、世界と日本をつなぐ役割を果たしたいと考えています。国際自然保護連合(IUCN)という組織があり、私自身は2003年8月からそのお手伝いからスタートして、現在は日本自然保護協会保全研究部の国際担当と国際自然保護連合日本委員会(IUCN-J)事務局という肩書きで仕事を行っています。


Q.生物多様性条約第10回締約国会議(COP10:国連地球生きもの会議)ではどのような役割を果たされたのでしょうか。
生物多様性条約に専門的に関わってきたNGO組織は、わが国には数年前にはほとんどありませんでした。IUCN-Jは2006年から勉強会をスタートしていました。

2006年夏、ある新聞に「日本がCOP10を誘致するかもしれない」という小さな記事が出ました。その頃、私たちは生物多様性条約の成果をわが国の国家戦略につなげていこうと活動していました。

2007年1月には、生物多様性条約事務局のアーメッド・ジョグラフ事務局長を呼んでシンポジウムを開催しました。その頃から環境省などの動きも本格化し、事務局長が日本に来る1週間前に政府がCOP10の誘致を閣議決定しました。

COP10の開催国を正式に協議した前回のCOP9(ドイツ)では、一部の国際団体から日本がCOP10の議長国になるのはふさわしくないという声も上がりました。合意形成に積極的な貢献をしてなかったことが一因だと思います。私自身、COP10はなんとしても成果を残すべきだと考えてきました。

COP10の期間中は、NGO全体のコーディネーターという役回りでした。毎朝、内外のNGOと戦略会議を行い、昨日は何があり、今日はどのような動きになるかという情報共有の場を提供してきました。準備会合では300名近くが参加していたので、かなりの数の団体が参加していたと思われます。

「愛知ターゲット」の議論の動きを追う役割、IUCNの日本の窓口としての役割もありました。



ワーキンググループの模様

Q. COP10は難産の末に遺伝資源の利用について定める「名古屋議定書」と、生態系保全の世界目標「愛知ターゲット」に合意して閉幕しました。道家さんはCOP10をどのように評価しますか。
COP8→COP9→COP10というつながりの中で考えると、採択すべきものが採択され、合意すべきものが合意できたという意味で評価しています。もっとも重要であるといわれてきた新戦略計画(愛知ターゲット)では、包括的な形で目標が決まりました。一部の目標に不満や意見がないわけではありませんが、総体としては70〜80点を付けてもよいと思っています。


Q. どのような点が評価できますか。
1つは2020年までの世界共通の目標をすべての参加国で合意できたという点です。もう1つは包括的になっているという点です。たとえば、目標は「人々に多様性の価値を理解してもらう」ことから始まり、GNPやGDPだけではなく、生物多様性の豊かさやそれをどれだけ維持しているかで各国を評価する枠組みを設けることも目標の一つとなりました。また、多様性に悪影響を及ぼす補助金の廃止や改革も決まりました。日本の公共事業などではお金の使い道も厳しく問われる場面が生まれるはずです。

絶滅危惧種を守るツールとしての保護地域は、陸上17%、海域10%を2020年までに達成することが決まりました。数値だけじゃなく、よく管理されたところでないといけないという前提が付いています。つくってほったらかしの保護区ではダメだということです。

また保護区の管理は公正なものでなければならないと決まりました。地域住民や先住民などの参加がうたわれています。これらは本来グローバルな目標ですが、日本に置き換えていく作業こそ重要だと思っています。


Q. 会議の焦点の1つは遺伝資源へのアクセスと利益配分(ABS)における途上国と先進国の利害の対立にあったわけですが。
ABSについては愛知ターゲットにも影響を及ぼすことから、関心をもって見守ってきました。一般には利害の対立と捉えられがちですが、基本は公正・公平な地球の利用の仕方、地球との関係のつくり方だと捉えています。

多様性条約には3つの目的があります。1つは「生物多様性の保全」。野生生物の保護や保護地域をつくる、外来種の利用を規制することです。2つ目は「持続可能な利用」。自然を利用するルールを明確にして、将来世代にも自然の恵みを引き継ぐことです。そして3つ目は「遺伝資源から得られる利益の公平・公平な配分」。植物からつくられた薬などの利益は、原産国と利用国が公正に分配しなければなりません。

生物の多様性をどこで保全するかとなると生物が残されているのは途上国です。しかし、途上国も発展したいと思うのは当然です。一方、利用してお金儲けをしたり、日本のように木材を大量に輸入している国はどこかといえば先進国です。使うのなら持続可能に使い、得られた利益は公正・公平に配分しましょうというのは当たり前の話です。落としどころはここしかないわけです。

私自身は、条約本来の趣旨に戻って交渉できるかどうかがポイントだと考えてきました。途上国も先進国も条約が目指す共通の意義の部分をどこまで認識するかどうかにかかっていました。

Q. 生態系の保全が危機的な状況にあるというのは分かりますが、いわゆる危機のTIPPING POINT(=臨界点)をどのように理解したらよいのでしょうか。
気候変動だとあと2℃気温が上昇したら海面が数10㎝上昇して島国が水没するというようにTIPPING POINT(臨界点)が明らかです。しかし、生物多様性では科学的にしっかり定義されたものがありません。たしかに生態系には独自の回復力もあり、多少の外圧でも元に戻る機能があります。

ただし、外来種のブラックバスなんかを一度日本の河川に放すと、ほとんど元には戻りません。生態系はがらりと変わってしまいますから、象徴的な意味ではTIPPING POINTだといえます。

昔は街灯が点るとたくさんの虫がライトに群がってきました。いまの若い世代はそんな経験さえありません。フィールド調査でライトトラップ(夜、白い布に光を当て、ぶつかって落ちてきた虫を採取して調査する手法)というのがありますが、昔の研究者はそれをやるときは鼻栓と耳栓をしなければならないほどたくさんの虫がいたそうです。

いまはそんな必要はありません。生き物の総量が圧倒的に少なくなっているのです。おそらく、その状況に戻るということはほぼありえません。その意味ではすでにTIPPING POINTを超えているともいえます。

日本ではTIPPING POINTはなかなか理解しづらいのかもしれません。木材や食料など多くが輸入されています。途上国では生態系の変化がもたらす痛みははっきりしています。たとえば上流の国がダムをつくると河川の流量が大きく変わるので、下流の国は農作物の収穫や漁獲量にも影響します。もちろん飲料水や洗濯の水にも事欠きます。ダムなどで河川の流量が変わると元に戻すのはなかなか難しいのです。 つまり日本は幸か不幸かTIPPING POINTを知る痛覚が鈍くなっています。生存にもかかわる危機を認識できない危機とでもいったらよいのでしょうか。


Q. 道家さんが関わった「愛知ターゲット」については、どのように評価をされていますか。
「愛知ターゲット」については、議論の過程で分かりにくくなったり、伝えにくくなった点がいくつかあります。たとえばターゲットの1は「生物多様性の価値を認識し、それを保全するためにどういう行動がとれるかを理解する」という趣旨のものです。

採択された文章では「人々が理解する」という表現ですが、もともとの文章は「あらゆる人々が理解する」となっていました。これは英文でいうとPeopleとAll Peopleの違いですが、文法的は、Peopleは全体概念なので、All Peopleと違いはありません。ところが「人々が生物多様性の価値を理解する社会が2020年に来る」というのと「あらゆる人々が生物多様性の価値を理解する社会が2020年に来る」では言葉の響きが全く違います。メッセージとしては弱くなっています。

ターゲットの20は「資源動員戦略に基づいた資金の顕著な増大が見られる。しかし、これはニーズアセスメントに基づいて変わることもありうる」という文案に決まりました。説明されても何が何だか分かりません。もともとの案は「人と資金を10倍にする」というものでした。2020年には人も資金も10倍になっているというのは非常に分かりやすいと思います。

一方、議論の中で膨らんだ要素もあります。ターゲット1では、「生物多様性の価値を理解し、保全について何をすべきかを理解する」という文案でしたが、「保全と持続可能の利用の仕方について理解する」となりました。何をすべきかが明確になったと喜んでいます。 ターゲット11の「保護地域」では、「効果的な管理」に「公正な管理」が加わりました。地域住民や先住民の関わりが認められるようになりました。

ターゲット11では、「生態系サービス」の中に“水”を入れました。最近は水戦争のような話もあちこちで見られます。湿地や河川流域の管理という重要なメッセージが入りました。このような一見細かいところをいかにして人々に浸透させていくかが今後の活動で問われています。


Q. 「愛知ターゲット」をわが日本に当てはめた場合、われわれはどのようなことができ、また何をやらなければならないのでしょうか。
来年に向けた行動をいま考えているところです。1つはCOP10の成果を忘れさせないよう、さまざまな領域に組み込んでいくことが大切です。日本ではこれから検討が始まる、2012年からの5ヵ年の生物多様性国家戦略にCOP10の成果を入れ込んでいくことから始めます。
す。

音頭をとるのは環境省ですが、農水省や国交省が進める事業の中に生物多様性に有害な補助金というのがあると思います。NGOとしてはあいまいな継続は絶対許さないという主張を続けていきたいと考えています。年明けには、IUCN-Jに加盟する外務省・環境省をはじめ22のNGOやパートナー団体とともに今後に向けた行動計画を決める予定です。


2010年11月取材


◎(財)日本自然保護協会(NACS‐J) http://www.nacsj.or.jp/

いつでもどなたでも会員になれます。

個人会員:年会費5,000円(一口以上)
ユース会員 年会費3,000円(一口以上)
ファミリー会員 年会費8,000円(一口以上)