「突破力――社会と女性たち」

「生きてて良かった」を実感させる場所に

2010年度 エイボン女性大賞を受賞
NPO法人「特養ホームを良くする市民の会」代表 本間郁子さん

Q 調査をしなければ分からなかったことが見えてきたわけですね。

本間  初めは、「自分はここに入りたいか。親をここに入れたいか」という実に素朴な問題意識でした。ところが施設を見ていくうちにいくつも問題点が浮かんできました。

たとえば、施設を運営する社会福祉法人の多くは、福祉とは無縁な方が数多く関わっていました。なかにはパチンコでお金儲けしたとか、不動産をたくさん持っているということで始めたような方もいます。特養ホームなら行政からの補助金もあり、倒産する恐れもないというわけです。それらを『特養ホームで暮らすということ』という本にまとめ、1995年に出版しました。

本間さんが手がけた著書

この本で入居者が「縛り付けられている」という記述を初めて使いました。安全ベルトだと言っている方もいましたが、「縛り付けられている」というのが実態に近いと思いました。施設からは批判もありました。安全のためにやっているのであって縛っているのではないと言うのです。2000年になって東京都の上川病院の医師が拘束廃止を打ち出し、大きく改善されました。

それまでは施設の外から中が見えなかったわけです。外から人が入れなかったということで、虐待しようが、不正があろうが、だれも見ることができませんでした。初めは見学さえ受け入れてくれないところが大半でした。市民の税金で運営している以上、市民には知る権利があるということで申し入れし、ようやくカギをこじ開けた形になりました。

Q さらに著書『特養ホームの入居者のホンネ、家族のホンネ』をまとめられましたが。

本間 税金で運営されている施設の内容を知ってもらいたかったのです。ただ、1冊目を出版したときにあった達成感はありませんでした。聞き取りには一人2時間から家族によっては2日間かかります。それをわずか数行で書いてよいのかと思いました。

たしかに施設があって助かったという家族もいます。しかし、その施設で暮らすその家族の親にはつらい場所でしかないという場合も少なくありません。かけがえのない親を入れる場所ですから施設そのものはきわめて重要なのです。そこは一人の人間が人生と向きあう場所でもあります。そんな話を聞いて、わずか数行でその人の思いを書くというのは自分でも本当にすまないという思いで一杯でした。

粘り強い行政への働きかけで実現した高齢者虐待防止法

Q 「特養ホームを良くする市民の会」はどのようなきっかけから……。

本間  『特養ホームの入居者のホンネ、家族のホンネ』を出版したら、出版社にはたくさんの手紙が寄せられました。入居者本人だったり、その家族だったり、施設の方だったり……。なかには虐待の告発もありました。その対応だけで数カ月掛かりました。そのときもまだ一人でやっていたのです。

こんなに多くの問題があるのなら、社会全体の問題にしなければならないと思いました。知り合いになった3人で「特養ホームを良くする市民の会」を立ち上げました。それで出したのが会報「声」でした。第一号は数ページのものですが、題字は堀田力(公益財団法人さわやか福祉財団理事長)さんが書いてくださいました。声を上げられない人の「声」という意味です。特養ホームを良くするには、社会の仕組みも変えないといけないと思いました。

Q 厚生労働省など行政への提言も粘り強く続け、要望書の6割程度を実現につなげたと聞きました。

本間  特養ホームの個室化、ショートスティ利用の見直しなど、これまでに27の提言が実現しました。厚生労働省に提言した19のうち実現したのは11に及んでいます。このほか日弁連や都道府県の知事、行政関係、国会議員にも提言を行いました。

なかでも2003年から訴えてきた「高齢者虐待防止法」が2006年に法律となりました。実はこの法律ができる直前に東大和市のさくら苑で虐待事件が明らかになりました。この法律が問題解決にも大いに役立ちました。

Q 行政と関わってきて印象に残ることは。

本間  社会福祉法人は許認可制です。行政は監査という形でチェックを行っています。虐待があったさくら苑は東大和市から設立時に19億円の出資を受けていました。東京都からも9億円以上の出資がありました。

あの問題が起きたあと、石原都知事自らが補助金の凍結を打ち出しました。東京都から毎年6,000万円の補助金が出ていたのです。改善しなければ払わないということでした。施設運営費の3/4は補助金の対象です。あとは借金をするわけですが、借金も税金を含む国民のお金が原資となっている介護報酬から払っているわけです。社会福祉法人のポケットマネーで返しているわけではありません。

NPOのような第三者機関が関与しないと組織運営の透明性は高まりません。日本の場合、監査だけで問題が発覚したというケースはほとんどありません。社会福祉法人は一旦認可されたら性善説を前提に扱われるわけです。

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