「突破力――社会と女性たち」

「生きてて良かった」を実感させる場所に

2010年度　エイボン女性大賞を受賞
NPO法人「特養ホームを良くする市民の会」代表本間郁子さん

Ｑ　ときには身の危険すら感じる場面もあったようですね。

本間　　拘束や虐待の問題が明らかになったときですね。実は内部告発の多くは職員からのもので、施設内では犯人探しが始まります。私たちも厚生労働省の方に特別監査というのをやってもらいます。改善が図られればそれでよいのですが、なかには事件屋が出入りするような施設もあります。

告発した職員のクルマのフロントガラスが割られたり、タイヤがパンクさせられるというのもありました。私の場合、ボランティアですから、命を襲われてまでやるべきことか、と悩みました。でも、この拘束や虐待の対象が自分であったり、自分の親だったらと思うと、自分の人生を賭けても惜しくないと思ったこともあります。怖いものがなくなった本間さんはもっと怖いと言われるようになりました(笑い)。

エイボン女性年度賞大賞授賞式で。実体験に裏打ちされた現場の実情を語る本間さんのスピーチは出席者の心に強く響くものだった。

入居者、そして心ある職員を守るために

Ｑ　ご自分の目で見られた特養ホームの職員の質はいかがでしたか。

本間　　職員の質は二極化していると思いました。ただ、ターミナルケア(看取り介護)を担当する方には頭が下がりました。こんなにも人を人として愛せる人がいるのかと思いました。長い人生を生きてきて、どう死ぬかではなく、どう生き切るかという場面を支えるのは良くも悪くも職員なのです。時間外にまで来て、手を握り、背中をなでていました。身寄りがなかったり、ガンに侵されたりしている人が、病院にも行かず、ここで死なせてくれと言うわけです。

職員もへとへとに疲れながら、病院に連れて行くべきか葛藤しているわけです。私が出会ったのは20代後半の若い女性でした。自分のおばあちゃんも看取ったことがないと言っていました。その女性が一生懸命に背中をさすったら、その老人は「○○ちゃん、ありがとう」「あなたたちのおかげで冥土の土産をたくさんもらったよ」と語り、その日の未明に亡くなりました。こうやって看取られたらどれだけ幸せかと思いました。こういう職員を守らなければいけないと思っています。

Ｑ　わが国の高齢化はこれからが本番です。高齢期を迎える人々の心構えについてお聞かせください。

本間　　昨年10月17日に愛知県岡崎市の施設で殺人事件がありました。77歳のショートの男性入居者が93歳の同室の認知症の女性を殺害したという事件です。男女混合部屋で、日常的に2人部屋に6人が寝かされていました。真ん中にポータブルのトイレが置いてありますが、カーテンもありません。人間をモノとしてしか見ていないことは明らかです。

昼間はたしかに2人部屋なのですが、夜になると手の掛かる6人を職員が看やすいように１部屋に詰め込んでいたわけです。職員のモラルもありますが、トップの姿勢も問題です。調べると9年間も続いていたのです。昼間の監査だけでは問題は見えてきません。特養ホームの質をだれが担保するかなんです。

Ｑ　特養ホーム、有料老人ホーム、障害者施設、ケアハウスなど施設の質を認証するＮＰＯ「Ｕビジョン研究所」を立ち上げましたね。

本間　　介護サービスの質の確保と維持のためには第三者の認証がぜひとも必要だと考え、ＮＰＯ「Ｕビジョン研究所」を立ち上げました。日本のこの種の施設にはこれまで信頼できる認証が存在しませんでした。

Ｕビジョン研究所の認証マーク

これまでの経験から「抜き打ち調査」も行い、優れている点と改善すべき点を報告します。調査には夜勤の調査のほか、中間管理職からの聞き取りなども含まれています。この認証があれば、だれもが安心ですし、施設の利用者だけでなく、職員にも誇りと自信が持てるはずです。この度、エイボン女性文化センターが選考した様々な分野で活躍する女性に贈られるエイボン女性年度賞の大賞を受賞し、その賞金100万円はこの「Ｕビジョン研究所」に寄付することにしました。

本間郁子（ほんま・いくこ）さん
沖縄県生まれ。図書館情報大学(現筑波大学)卒業｡お茶ノ水女子大学研究生。1997年度、お茶ノ水女子大学非常勤講師。1998年よりNPO「特養ホームを良くする市民の会」代表として特養ホームの訪問調査や機関紙を発行、行政へのロビー活動などを推進。特養ホーム、有料老人ホーム、障害者施設、ケアハウスなど施設の質を認証するＮＰＯ「Ｕビジョン研究所」理事長も務める。2010年度(第32回)エイボン女性大賞受賞。