欲望をもっとコンパクトに。自然と共生する。[後半]

坂本龍一(音楽家)+後藤正文(音楽家)+岩井俊二(映画監督)

映像表現にも大きな足かせが

坂本 この震災で日本は大きく変わろうとしています。映画をつくる人たちはいかがですか。

岩井 日本の国内向けに映画をつくる分には関係ないかもしれませんが、ひとたび海外の人に見てもらおうと考えるとかなり難しい問題を含んでいます。海外の人からすれば日本は放射能に汚染された国です。そういう目で見ているわけです。

たとえばチェルノブイリから来たラブストーリーだとどこで放射能の問題がでてくるだろうと思うわけです。最後まででてこないとこの映画をつくった監督は放射能の問題を気にしていないということになりかねません。外の目から見ると今の日本はそういう段階に入っているわけです。非常に息苦しいというか、日本全体が傷ついたのだと思わざるを得ません。これから日本でどういうものをつくったらよいのか、特に映画の場合は物語が必要なのでそこから逃れられないという気がしています。

坂本 この間もベルリン映画祭があって、岩井さんの映画も出ていましたが、日本から映画が来るとなると、単なるラブストーリーでも災害のことも放射能のことも扱っていない、この監督は社会性に欠けているのじゃないかと思われかねません。それが足かせというか十字架になりかねません。

岩井 海外の人が『家政婦のミタ』なんかを見たら、放射能のせいであんな風になったと思うかもしれません。(大きな笑い)

坂本 絶対そうですね。

岩井 それが海外の目なのです。そのギャップの中にいるのだということを海外に行くと痛感せざるをえません。

坂本 911の後に音楽を聴けないし、つくれないという話をしましたが、311の後の緊張状態の中で僕が初めて見たのは『アレクセイと泉』というチェルノブイリ事故で放射能汚染に遭ったベラルーシという国の話でした。たまたま風向きがベラルーシの方に向いていたわけです。

全員避難しなきゃいけない村で若者たちが避難し、残ったのはお年寄りばかり。だれか若い人が世話をしないといけないわけです。30代のアレクセイというちょっと知能に障害のある青年がおじいちゃんやおばあちゃんの世話をするのです。その村には泉が1つあってそれが彼らの生活基盤なわけです。そこの水でみんな暮らしているわけです。水の放射線量を図ると全く問題ないわけです。奇跡の泉です。湧水というのは、地下から湧き出てくるので100年前とか200年前の水です。映画に出てくる音楽で僕は救われた気がしました。

岩井 世相というかそういう世の中を表現するのが映画でもあるわけです。こういう時代になったら、それを真正面から表現していくということですね。

このトークは、「311東日本大震災 市民のつどい Peace On Earth」(主催:311東日本大震災 市民のつどい)会場で3人の方が語ったものを当編集部でまとめました。原発問題のほか、森林育成なども語られましたが、時間の関係で「震災と原発」を中心に構成しました。文責は当編集部にあります。

<関連記事>
◆欲望をもっとコンパクトに。自然と共生する。[前半]
◆福島自主避難ネットワーク「てとて」メンバーが語ること[前半]

トップへ
TOPへ戻る