「科学技術は環境(エコ)の基本」シリーズ

【第1回】東日本大震災と科学技術

~科学の目で今を選択することが、未来を変える~

科学者への信用が失われている現状

皆さんのお話を伺っていくと、有効な最先端技術が必ずしも選択されないなど、国と大企業主体の政治的判断で復興方針が決められていく現状に地元では不安があるということでしょうか?

今井:地元中小企業の中には、水処理効果や土と化学物質を混ぜると半減するとか様々な技術提案があるし、それらの先端技術は先ほど申し上げたように国として登録されたものばかりですから、それらを公共工事に活用できる仕組みを行政につくっていただく、そのための世論の後押しが必要ではないか。

長尾:今井さんのおっしゃるとおりですし、除染処理のやり方も、きちんと現実を明らかにして、一つひとつ科学的根拠をきちんと示しながら対応策を構築していけば、必ず最適な処理方法が見つかると思います。でも、問題は、震災以降の専門科学技術者への不信感ではないか。こういう良い技術がありますよと言っても、「金儲けのためにそういう事を言っているんじゃないか」と疑われて採用されない、現状はそうなってしまったと思います。

確かに震災以降は様々な情報がもたらされ、特に原発問題に関しては”原子力村“や”御用学者“という呼び名が一般にも広がり、何を信じて良いのか分からなくなっています。

長尾: “安全”とは科学的根拠に基づく客観的な視点、“安心”は心情的なものですよね。
福島県では原発事故以降、政府の情報の混乱でさらに人々の生活が混乱しました。震災直後に官房長官が海外に向けて「東北被災3県のGDPはわずか4%、日本経済への影響は少ない」という意味のメッセージを発信しましたが、被災地側からは政府への不信が増す言い方でした。政府の情報の混乱も、根底には“先送り行政”体質と、日本の中央機関にいる科学者たちが非常に政治化したためではないか。今は福島県民自体に中央機関への不信が根本にあるので、どれだけ有名な科学者が「こうすると良い」と言っても、多くの人は信じないでしょう。

先月、政府は日本の将来のエネルギー戦略を決めるため、各地で国民の意見を求めました。結果、将来の原発比率ゼロ%が最も多い意見となった、当たり前ですよね。政府が原子力発電所は安全と言っても、今や国民は政府の言うことは100%嘘じゃないかと疑っている、だから会議をすればするほど原子力発電比率ゼロ%の意見が増えてしまう。原子力発電所の再稼働が本質的に良いか悪いか以前に、政府への不信感がある、政府が全ての情報を出し切らない限り、日本では原子力発電所の再稼働は困難な状況となってしまったと感じます。

科学者がもういちど国民の信頼を得るにはどうしたら良いのでしょうか?

長尾:10年単位の時間をかけて、政府と科学技術者が「正直さ」「透明性」を国民に信頼してもらえる実践を積み上げるしかないと思います。

具体的にはイギリスの狂牛病の例があります。1989年にイギリスのサウスウッド委員会は「BSEが人へ感染する可能性は低い」と報告、イギリス政府は「牛肉は安全」と宣伝しました。しかし、1996年に人へのBSE感染が確認され、酪農家は牛肉輸出が禁止され、国民は政府の失策を責めるとともに、政府と科学者への不信が一気に広まりました。その後、イギリス政府は約10年かけて必死に信頼回復に努めた、例えば科学委員会においては(従来は政府や農業団体に対立する意見が過小評価されてきたが)科学者の独立性と透明性を重視したメンバーを選定し、国民が知りたいことを科学者が責任を持って教えるシステムを構築し、約10年続けてようやく信頼回復に向かっています。

1人ひとりが科学の目をもたなければ何も変わらない

専門家を信じられないという気持ちが背景にあると思うのですが、福島県では市民レベルでの勉強会も活発だと伺っています。

長尾:いわき地域環境科学会(http://www.essid.org/)という組織では、いわき市沿岸砂浜などの放射線量調査をしていて、5メートルメッシュのベクレルマップを作成しています。
調査結果によると、先ほど言ったように普通の庭では地面から5cm以上下の土壌には放射量が自然レベルのはずが、波打ち際は地面から80cm下の放射線量が一番高かった、何故かというと海水で表面は希釈されるけれども下に入り込んでしまうからです。しかし、80cm以上下にもぐってしまえば地表には影響しないから問題ありませんよと。そういう科学的なデータを市民に知らせて、安心してもらう地道な活動を行っています。

若いお母さんは政府の発表なんて誰も信用しない、けれども、身近な市民活動での科学的事実の積上げは信用します。さらに、そういった県民感情で信用できる科学的データを大手スーパーに提示すれば、福島産の安全性を信用してもらって出荷してくれるかもしれない、そして福島県消費者も政府は信用できなくとも地元大手スーパーの人たちは—震災の時に24時間ボランテイアで物資を運んでくれた人たちだから—信用できる。人を信用する基盤は誠意です。

震災復興やエネルギー問題など、今では政府の施策が正しいかどうか専門家でなければ分からないと思いがちでしたが、私たち自身が監視するために、具体的に検証する基本が、科学技術データだということですね。

渡辺:あえて被災地の人間だからこそ言うと、自己責任という文化がなかった、自分で判断しないということが一番の問題。科学技術というと難しそうだけれども、ほとんどの科学現象は中学生が習う元素記号で分かります。科学は嫌になるぐらい合理的で単純、元素記号でくっつくものはくっつくし、くっつかないものはつかない。例えば放射性物質ストロンチウムは無害化できないということは明確。だから理論上、除染といっても放射性物質を無害化することはできない、無害化できないものを自分たちは使用してしまい、現状にある、そのことを理解なければ、これからどうするかを選択することも、何もできません。

長尾:誰かが言うことを鵜のみにするのではなく、科学の目を国民自身が持たないと何も変わらない。日本人の子どもが科学離れしつつあるというのは本当に危険なことですね。今の時代は自分が本当のことを知ろうと思えば手段がある、興味さえ持ってくれれば。

今井:東日本大震災という未曽有の出来事があり、ガレキ対策、復興計画が立案され議論され実施されようとしています。そこで何をするにも技術が必ず必要ですが、その技術が環境というキーワードに沿ったものでなければ結果的に人体に影響がある、汚染物質を知らないで使用する可能性もあるかもしれません。また、先ほどの長尾さんの最終処理施設の提言のように、復興計画が被災地の将来を見据えたものであり、コスト的にも見合うものでなければならない。復興計画を策定するのは行政主体ですが、監視する立場というか、ある程度の科学技術の知識を持った地域のリーダーが関与しながら復興計画が進んでいくのが理想的だと思います。

また科学技術という言葉は総称的ですが、例えば再生エネルギー、太陽光発電、もっと身近な生活に密着した下水道施設とか、私たちは誰でも知らないうちに日夜科学技術の恩恵を受けているわけです。被災地の復興に限らず、今の時代は科学技術の基本を知っているリーダーが地域や会社にいて、自分たちの社会が間違った方向に行かないよう行政の打ち出す施策に関与していくことが重要だと思います。我々、(公社)日本技術士会「登録持続可能な社会推進センター」が広く一般の方々を対象に科学技術エコリーダーの養成を推進する目的もそこにあります。
(2012年8月取材)

●「科学技術は環境(エコ)の基本」シリーズ

【はじめに】時代が必要とする科学技術エコリーダーとは?
【第1回】東日本大震災と科学技術 ~科学の目で今を選択することが、未来を変える~
【第2回】ニュースの中の環境問題と科学技術~何かしなければの想いを実践につなげる~
【第3回】科学技術を学ぼう①「地球環境の現状と科学技術」「環境問題とその側面」「地球環境問題への対策技術」
【第4回】科学技術を学ぼう②「生活と科学技術」「エネルギー開発と対策技術」「地球規模の環境問題と対策技術」
【第5回】科学技術を学ぼう③「IT技術の仕組みと活用」「自然災害から国土をまもる環境保全対策」
【第6回】科学技術を学ぼう④「環境リスクとリスクマネジメント」「技術者のモラル」「環境と経済」
【第7回】科学技術を学ぼう⑤「国際化」「人材育成人材活用を急ごう」「社会環境への気配り」
【第8回】行動力とリ-ダ-シップが社会を変える

●科学技術エコリーダー養成講座について

●エコリーダー公式テキスト「<科学技術>エコリーダーになろう」

既に16万人を超えるeco検定合格者(エコピープル)を対象に、スキルアップ事業「科学技術エコリーダー養成講座」を定期的に開催しています。職場や地域で環境分野のリーダー育成を目的とするもので、2日間の講習修了者には東京商工会議所および(社)日本技術士会「持続可能な社会推進センター」からの認定証が発行されます。

●科学技術エコリーダー養成講座:大阪会場
日時:2013年3月2日(土)、3日(日)
時間:AM10:00~PM4:00(2日間共通)
https://www.eco-people.jp/skillup/kouzaseminar/7875

●上記以外の今後のスケジュールについては下記にお問い合わせください。
[問い合わせ先] エコピープル支援協議会 事務局(エコリーダー担当)
Tel. 03-3556-6405 Fax. 03-5226-3322
E-mail: ecoleader-uketsuke@ep-support.jp

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