識者に聞く

フェアトレードは遠い海外ではなく、今の日本を考えることにつながる

NGO法人シャプラニール 菅原伸忠さんに聞く

フェアトレードを消費者に広めるために必要な質の向上

Q.フェアトレードは売上ではなく、雇用の確保が第一義の目的だったということですよね。

菅原:フェアトレード製品をNGO/NPOが販売する場合、社会問題に関心が高い方々に「支援の一環で購入いただく」、どうしてもチャリテイ要素が含まれていたと思います。シャプラニールの場合、活動に賛同くださる皆さんの協力で、過去から現在まで一定のフェアトレード売上を維持し続けています(2012年度 7,373万円)。しかし、業界全体でみるとフェアトレード製品が特定の方のための商品に留まり、なかなか一般消費者に広まらない、これが長年にわたるフェアトレードの課題です。

しかし、ビジネスとしてモノヅクリに取り組む企業が登場する時代となり、環境は激変しつつあります。例えばマザーハウス(http://www.mother-house.jp/)は、バングラデシュを拠点にグローバルに通用する高品質なバッグ創りに取り組んでいます。途上国でビジネスを立ち上げて行こうとする皆さんは、資金確保して最初から人材育成、生産管理、製品の質の確保を念頭に置いて現地でのモノづくりに取り組みます。

こうして広い意味でのソーシャルビジネスに取り組む人が増えるなか、NGO/NPOはフェアトレードにおける自らの役割を再定義する時期にきていると思います。

シャプラニールが取り扱うフェアトレード石けん「She with Shaplaneer」(She ソープ)はナチュラル志向の女性に人気

Q.確かにCSRの概念が浸透するなか、途上国への生産者に配慮しながらビジネスを展開できる企業も増えつつあるのかもしれませんが。

菅原:バングラデシュでは、過去数十年にわたり行政や企業セクターが弱く、NGO/NPOが社会制度の整備に大きく貢献してきたといえます。フェアトレードを通じて働く場を創ることも、NGO/NPOなしには不可能でした。しかし、最近は外国資本でスモールビジネスを立ち上げたり、ビジネスをサポートするコンサルティング会社も多いようです。

リーマンショック以降、世界各国の経済成長はかつての勢いを期待できません。そのことで企業サイドでは「収益だけを求める価値観」の変革がある、つまり広い意味でのソーシャルビジネスに取り組みやすい土壌が生まれつつあるのかもしれません。

一方、国際NGO/NPOは助成金を受けて発展途上国を支援するのが基本でしたが、経済不況を背景にODA(政府開発援助)が縮小し、NGO/NPO間の競合が生まれています。さらにバングラデシュのフェアトレード業界においても、財布の紐が固くなった先進国の消費者に購入してもらうためにNGO/NPOの運営能力や企画力が問われるようになってきています。

さらに2010年に開催されたWFTO(世界フェアトレード機関:World Fair Trade Organization)の国際会議では「Fair Trade as a Social Enterprise(社会起業としてのフェアトレード)」というテーマで基調講演が行われ、生産者の製造責任にも言及されました。フェアトレード団体が消費者からお金をもらっている以上、それなりのクオリテイある製品を提供してこそ、フェアな取引ではないかという指摘です。

このように途上国支援として始まったフェアトレードは、根本の精神は変わらずとも、今は「いかにビジネスとして成り立つ仕組みとするか」を重視するようになっています。


全ての人々が可能性を開花させるために

Q. NGO/NPOが本腰を入れてソーシャルビジネスに取り組むべきか、様々な考え方がありそうですね。

菅原:2013年度はまさしくシャプラニールが今後どのようにフェアトレードとかかわるかを決める年と位置付けています(注)。これまで同様にバイヤーとして商品を仕入れて日本で販売していくとして、その際、ビジネスとして注力すべきなのか、質の確保と雇用機会拡大のバランスをどうするのか。またはビジネスではなく、フェアトレードを一つのツールと位置付ける。啓蒙活動というと偉そうですが、NGO/NPOの役割として、皆さんに途上国に目を向けてもらう、意識を変えていただくキッカケづくりに軸足を置いてフェアトレードに取り組むという考え方もあります。その見極めが必要な時期に来ています。

(注)シャプラニール「年次報告書2012」

http://www.shaplaneer.org/about/report.html

上記報告書では、フェアトレード石けん「She with Shaplaneer」(She ソープ)の取り扱いが好調である一方で、「フェアトレードの普及、深化を進める活動を活発に進めることはできなかった。」と振り返り、近年のフェアトレードを取り巻く日本の環境について「フェアトレード、エシカル(倫理的)、ソーシャルな商品、ビジネスに取り組む企業やデザイナーなどの個人が増えて」おり、「2013 年度はNGO として長年、手工芸品の輸入販売を通じたフェアトレードを行ってきたシャプラニールがどのような活動していくかを決める年」と表明している。

Q. 途上国と先進国がかかわる理想形は、互いの価値観をぶつけて新しい価値を生み出すこと、なおかつビジネスとして成功させるのは企業にも非常に難しい挑戦です。振り返ると、東日本大震災後には被災地との仕事創りで同様の挑戦が続いています。

菅原:よく思うのが、グローバルに生じている問題と、国内で起きている問題は“相似形”だと。フェアトレードというと、発展途上国での出来事、自分には遠い国の出来事と思われるかもしれませんが、グローバルな問題は必ず国内で生じている問題とつながっています。日本の地域経済が疲弊するといわれるなか、新しい価値観で人々がつながり、地域生産者とウインウインの“フェアトレード(公正な取引)”で地域復興に取り組む、シャプラニールがバングラデシュでやってきた同じことを国内で取り組む方々もいます。具体的な形にはなっていませんが、私自身、バングラデシュでの経験を国内にフィードバッグすることが、非常に重要ではないかと模索しているところです。

シャプラニールが掲げる使命は、現代社会のさまざまな問題解決に向けた活動を現地と日本国内で行い、「すべての人びとがもつ豊かな可能性が開花する社会の実現」を目指すことです。バングラデシュ、インド、ネパール、そしてグローバルな問題にかかわることは、自分たちが住む地域の問題に目を向けることにつながるし、逆に国内で地域の問題に取り組むことでグローバルな課題解決につながるヒントが見つかるはずです。途上国を考えることは日本での生活とかけ離れたことではない、より良い生き方をしたい全ての人に、自分自身の生活につながる何かが見つかると思います。(2013年8月)

【お問い合わせ】

●特定非営利活動法人シャプラニール=市民による海外協力の会

http://www.shaplaneer.org/
〒169-8611 東京都新宿区西早稲田2-3-1 早稲田奉仕園内
TEL: 03-3202-7863 / FAX:03-3202-4593

●菅原さんが講師を務める「こどもがわかる・おとなにひびくフェアトレードのしくみ」、ワークショップ「シャプラニール ・DAY」「バングラデシュの伝統刺しゅう”ノクシカタ”」体験講座」が、夏休み期間中、株式会社budori(有村正一社長)の「こどもにつたえるフェアトレード2013」の一環として開催中です。詳しくは株式会社budoriホームページでご確認の上、お申込みください。

㈱budori 有村社長(右)と菅原さん。

●株式会社budori

http://www.budori.co.jp/works/kodomofairtrade/
東京都千代田区岩本町2-11-9 イトーピア橋本8F
info@budori.co.jp
(電話:03-5809-3057)

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