企業とNGO/NPO

子育てと仕事いま必要なのはイクメンを支えるイクボス⁈

対談 子育てを楽しめ社会に

安藤哲也さん×宇佐美進典さん×森山誉恵さん

仕事に割く時間は1位、家事への参加率は最下位

森山:国際的な調査結果を紹介すると、日本は仕事に割く時間が世界で1位となっています。女性も男性も1位です。家事を調べると、女性はほぼ世界の平均ですが、男性の家事労働は週で52分ととびぬけて低くなっています。

有給の休暇取得日数も日本が最下位です。積極的に有給をとっていないことが分かります。ボランティア活動の参加時間は男女とも低く、1週間で30分くらいでしかありません。参加率は上がっているように見えますが、2001年をピークに下がっています。

子育てに伴う虐待の相談件数はこの20年間で60倍になっています。法律の改正で虐待の通告義務が生じるようになってきたという背景の変化もあるものの、子育てを一人で抱えてきた親御さんが、我慢の限界にきて虐待に走るという状況が生まれています。

ネグレクトと呼ばれる育児放棄も増えています。虐待が発生した家庭を調べると1位は一人親家庭です。子供を保護しなければならない深刻な虐待の家庭の7割は一人親家庭となっています。親が孤立し、育児疲れでうつ病になったり、就労の不安定という背景もあります。

最近、安藤さんはイクメンにはイクボスが必要だという発言をあちこちでされています。背景からお聞かせください。

子育ての“子”は、孤立の“孤”、孤独の“孤”

安藤:2006年に会社勤めのままで、ファザーリング・ジャパンを立ち上げました。まだ上の子供ふたりが保育園で、毎朝、保育園に送っていきましたが、日本の会社は出社時間に厳しいものの、退社時間はズブズブという状態です。

妻が育児疲れなのは薄々分かっていましたが、私も新しい事業の立ち上げで、忙しかった時期で、妻がいるからいいかと甘えてしまいました。ある日、妻が家出をしました。3歳とゼロ歳の子供を置いていきました。一人で子育てをやってみると、日本の母親たちは毎日こんな大変なことをやっているのかと知りました。

昔なら近くにお婆ちゃんやお爺ちゃんがいて、叔母さんや叔父さんもいましたから、子育ての力になってくれましたが、いまはそうした人たちも周りにいません。地方から都会に出てきた家族の場合、母親が一人で子育てをしているケースがほとんどです。子育ての“子”は、孤立の“孤”、孤独の“孤”になっています。私は妻をそういう状況に追い込んでしまっていたのです。

森山:奥様は戻ってこられたのですか。

男たちのOSを入れ替えろ

安藤:なんとか戻ってくれました。私が考えたのは、私の中にある古いバージョンのOS(Operating System の略。パソコンやスマートフォーンを動かす基本ソフト)を入れ替えないといけないと思いました(笑い)。父親や職場の年配の上司たちと同じOSのままで自分も生きてきたことにようやく気づいたわけです。OSのバージョンで言えば私はWindows95のままでした。男は仕事、女は家事育児という古いバージョンのままだったわけです。

森山:日本の公立学校で、家庭科の授業が男子の必須になったのは平成5年と聞いています。その頃中学生だった子はいま33歳から35歳です。安藤さんが勧めるイクメンの中心世代です。

安藤:私たちの世代は家庭科を受けていません。実家は専業主婦の母親が切り盛りしていました。私自身はほとんど家事ができませんでした。そういう状況で結婚し、核家族で子育てをしなければならなくなったわけです。

先ほど宇佐美さんの話を聞いていて驚きました。私のOSに比べるとめちゃくちゃ新しいわけです(笑い)。でも、よく考えてみれば学生だったからできたのかもしれません。

宇佐美:そうかもしれませんね。学生結婚をして思ったのは世の中にはいろいろなセフティーネットがあるということでした。保育園もわずかなお金で入れましたし、家賃の補助もありました。子供が小学6年生まで医療費は無料でした。

安藤:いまは東京23区のほとんどで中学3年まで無料です。

人生にワークとライフのバランスを

森山:ほとんどの女性が仕事を持つ時代です。宇佐美さんの会社でも結婚や出産は増えているとのお話ですが、そういう時期を迎えて、変化はありますか。

宇佐美:会社を立ち上げるときに、70年代の古きよき日本企業のあり方をよりどころにしました。日本企業が大きく成長した時代背景が参考になると思ったのです。安藤さん流にいえば、Windows95よりももっと古いOS、70年代だとワープロも普及していなかったかもしれませんが(笑い)。

私たちの会社では年1回平日に運動会をやりますし、ノミニケーションも盛んです。企業というのは成長のステージに合わせて新しい課題も生まれてきます。結婚、出産、育児というテーマも会社にとっては大きな変化です。

先ほどから安藤さんの話を聞いていると私たちの会社でも5年後、10年後くらいに起きる問題ではと思ったりもしました。経営としてはいまのうちにしっかり準備をし、やるべきことに備えたいと思います。

理想に近い形をつくりあげるには、もっと余裕のある組織運営ができる会社にならないといけません。もっと利益を出すということも必要になってきます。経営としての体力がないと掛け声倒れになりますから……。

森山:企業のトップとなると、本音と建前は違うのかと思いましたが、宇佐美さんのOSが新しいのか、ちょっと変わっているのか、どちらでしょう。

安藤:時代は確実に変化しています。当然そういう流れにならざるをえないと思います。宇佐美さんの会社は若いですし、社員も若いので、すぐに介護の話にならないかもしれませんが、育休や時短勤務などの対応はすべきだと思います。

2006年に私はファザーリング・ジャパンをつくりました。ちょうどその頃、ナナロク世代(1976年に生まれたネット起業家たちを指す)が30歳でした。そろそろ結婚の時期を迎えていましたが、結婚をしても働き方を変えないと子供はできないし、家庭は持たないだろうと思いました。

妻に家出をされてからは私も真っ先に家に帰るようにしました。週に2回は定時で帰りました。上司が帰れば、部下たちも帰りやすいのです。管理職としては利益を出さないと評価はされませんから、部下には早く帰ってもいいけど仕事だけは終わってね、という対応にしました。ワークとライフのバランスを取ってやるように、というスタンスです。

森山:上司自らが早く帰れというのは経営者としてはどうなのでしょうか。イクメンとかイクボスにはどんなイメージをお持ちですか。

宇佐美:独身者も多く、時間制約のない社員が多いことは事実です。

安藤:20代ならキャリア優先でいいと思います。家庭をもっていないのであれば、仕事に専念するのも悪いことではないでしょう。

ファザーリング・ジャパンのメンバーたちに、「結婚して育休を取る予定なら、営業のトップになったら取りやすいよ」という話をしています。あいつなら仕方がないということになると思います。

宇佐美さんの会社でもバリバリ仕事をしている人たちが、そのうち育休を取りたいというはずです。いままで頑張ってくれたのだから育休を取ってくれといえるようにしたいですね。これが「イクボス」です。

イクボスというのは部下の家庭の事情だけでなく、部下が何に一番価値を置いているかを知らないといけません。そのうえで部下たちをマネージしていけるのが本当のイクボスです。

●イクボス
「イクボス」とは、男性の従業員や部下の育児参加に理解のある経営者や上司のこと。子育てに積極的に関わる男性をイクメンと呼ぶのにならい、そのイクメンを職場で支援するために、部下の育児休業取得を促すなど、仕事と育児を両立しやすい環境の整備に努めるリーダーをイクボスと呼びます。(コトバンクより)

宇佐美:ワークライフバランスというのは、その人の人生の中でそれをどう取っていくのかという問題です。20代の独身のとき、30代で結婚して子供が生まれたとき、50代で介護しなければならなくなったとき、それぞれのバランスもありますが、自分の人生の中においていかにトータルにバランスを取っていくかが大切です。ベンチャー企業の20代は、まだまだ仕事優先です。

育児や家庭生活が楽しめる普通の社会に

安藤:30代40代で家庭を持った私の同僚たちは、その後、かなり家庭が危なくなりました。夫婦間の離婚話だけでなく、子供が父親になつかないという相談をしょっちゅう受けました。仕事をしながら、育児や家庭生活が楽しめるような生き方や働き方が提案したくて、私はファザーリング・ジャパンをつくったわけです。働き方というのは心の習慣です。ある日、イクメンというスイッチを入れれば、すぐにイクメンになれるものではありません。

独身のときに長時間働いていた人たちが、子供ができたから定時で帰れるかというと、6時には帰れません。もうすぐパパになる男性たちに、「プレパパセミナー」をやるのですが、「子供が生まれたらやりますよ」とみんないいます。ところが何時に家に帰っているかと聞くと深夜の11時という答えです。

来週からそれを1時間ずつ早めてくださいといいました。少しでも早く帰れる努力をいまのうちにしておいた方がいいわけです。奥さんも子供を生む前は一人で子育てができると話します。でも、仕事をしている女性なら、ほとんど無理です。理想と現実は全然違います。

このままなら非婚、晩婚、晩産で子供のいる人が少数派になってしまいます。子供のいない人だけが職場で幅を利かせ、長時間労働がスタンダード化していくのは正常な社会ではありません。

森山:きょうのセミナーには学生さんも数人参加しています。先ほどから子育てはそんなに大変なのかという顔をしているのですが、安藤さんにはどんな男の人を選んだらよいのか、宇佐美さんにはいい会社の選び方、というヒントをいただけませんか。

安藤:最近は婚活セミナーにも呼ばれ、女性たちに「イクメンの見分け方」セミナーをやっています (笑い)。

1つめは、ちゃんとコミュニケーションができる人。2つめは、男性が育ってきた家庭環境を見れば大体分かります。彼氏の実家に行くことです。お父さんとお母さんがいるときに出掛けていくのです。お父さんがお母さんに取っている態度を見れば、お父さんのOSがどれくらいのものか分かります。よく来たねと、いってお父さん自ら冷蔵庫を開けてビールを出して、ついでくれる家庭ならほとんど大丈夫です。そうじゃなくて、「早くピールを出さんか」といっているお父さんは危ないと思います(笑い)。

宇佐美:最近、うちの息子もガールフレンドを連れてきました(笑い)。何を話したかいま考えているところです(笑い)。さて、いい会社の選び方ですが、まず自分にとっていい会社とは何か、という定義をきちんとした方がいいですね。

20代の独身の時代のいい会社と、30代で結婚したあと、子どもが生まれたあとでは、いい会社の定義は違ってくる可能性があります。それを1つの会社に求める方法もありますが、いまは転職も活発ですから、結婚するまでいい会社で働くというスタンスもあります。

結婚を機会に女性は仕事に対する考え方も変わるように思います。営業とかディレクターでバリバリ仕事をしていた女性が、「そろそろ手に職を付けたい」といってくることがあります。出産のあとも働くためだといいます。人生のステージでいい会社は違ってくるのだと、最近思うようになりました。

森山:日本は子育て世代の10人に一人が貧困の状況になっています。女性が離婚したら半分以上が貧困になります。そういう厳しい状況の中で出生率も減ってきているわけです。それをどう食い止めるか、お二人にはこれからもアドバイスをお願いします。

●森山誉恵さん
特定非営利活動法人3keys創設者。1987年生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、子供たちの生まれ育った環境に寄らず必要な支援が行き届くことを目的にしたNPO法人3keysを設立・現代表理事兼職員。ロハス大賞2011年ノミネート・社会貢献者表彰2011年受賞。現代ビジネス「いつか親になるために」連載をはじめ、子供の格差の現状を講演・執筆・メディアなどで発信中。

【お問い合わせ】
http://3keys.jp

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