CSRフラッシュ

希望につながる合意はどこまで前進したのか

WWFジャパンのCOP29報告から

人類共通の課題とされる気候変動対策。アゼルバイジャンの首都バクーで開催された今年の国連気候変動枠組条約締約国会議(COP29)は、難航の末に先進国側が2035年までに3000億ドル(約45兆円)の対策資金を出すことで合意し、閉幕した。「資金COP」の合意が意味するところを、会議に参加したWWFジャパン気候・エネルギーグループの報告から届けたい。[2024年12月7日公開]

会場周辺で見られた各国NGOのアクション。1.5度目標を達成するため、2025年2月に国連に提出する2035年の目標に高い削減目標を掲げるよう訴えた(© Y.Sato/WWFジャパン)

COP29における3つの主な論点

今年のCOP29では、3つの議題の行方に注目が集まりました。1つは、途上国が気候変動対策を行うために必要な資金の新しい数値目標を決めること。2つめは、野心的とされた2035年の削減目標提出に向けた機運を醸成すること。3つめは炭素市場(カーボンマーケット)のパリ協定ルールを決めることです。

一見すると関連のない別々の議題のように見えるこれらの論点は、いずれも9年前に開催されたパリ協定がめざす1.5度目標(世界の平均気温の上昇を産業革命以前に比べて2度より十分低く保ち、1.5度に抑えるという目標)の実現に欠かせない要素であり、相互に深く結びついています。

そのため、今年のCOP29は「資金COP」とも呼ばれました。

合意された新たな資金目標

「資金COP」の最大の論点は、パリ協定の実施に必要な気候変動対策資金のうち、先進国から途上国に向けたいわゆる気候資金の支援で双方が合意できるかどうかにありました。

結論から申し上げると、「資金」の目標金額については、難航の末に、途上国向けの資金として、民間・公的資金などを合わせて「2035年までに年間3000億ドル(約45兆円)」へと増やしていくことで合意されましたが、この金額は、1.5度を目指すための脱炭素化、特に気候変動の影響を受ける国々への支援という観点からは不十分な目標となってしまいました。 

気候資金の支援については、2015年のパリ協定よりもさらに前の2009年の時点で、「2020年までに先進国から途上国に年間1000億ドルの資金を動員する」という目標が掲げられていました。「動員(mobilize)」という言葉には、政府が出す公的な支援と、政府支援をきっかけに民間が行なう投資などの資金の流れの両方が含まれるとされています。

パリ協定では、この「1000億ドル」目標については、2025年まで継続することが決められ、同時に、2025年より前に(つまり2024年までに)、それ以降の目標を設定するということでした。

気候資金の合意に向けた経緯

実は、先進国が約束した「1000億ドル」目標は、2020年時点で836億ドルとなっており、2年遅れの2022年の時点でようやく1159億ドルに達したという状況でした。このため、途上国では先進国により強い資金のコミットを求めていました。

一方、先進国は、脱炭素化対策にあっては民間資金の役割が重要であり、公的支援だけでは到底足らないことや「途上国」というカテゴリーの中でも、新興国と呼ばれる経済成長の著しい国々は拠出側に参加するべきだとの主張をしていました。 

年間で「兆ドル」と聞くと途方もない数字に聞こえますが、気候資金に関する常設委員会(SCF)が出した報告書では、「世界全体」の資金の流れを算定すると、2021~2022年の平均金額として1.3兆ドル/年があったことが確認されており、決して荒唐無稽な数字ではないということは分かっていました。ただ、「どのお金の流れを指すのか」という定義について議論の余地がありました。

合意に向けた交渉は、幾度も文案が書き換えられ、会期を延長した11月24日にようやく採択されました。 

合意文書では、政府に限らぬすべての主体に対して、2035年までに年間1.3兆ドルを目指すことを呼びかける一方で、先進国(政府)が主導しつつ、民間資金と公的資金を合わせたお金の流れを、2035年までに年間3000億ドルに増やしていくことを目標として決定しました。今後はこの「3000億ドル」が新しい資金目標となりますが、公的資金での役割を重視していた途上国からすると、民間資金も含む上に額も低く、大きく不満の残る内容となりました。 

COP26とCOP27の議長の要請で設立された資金に関する国際的な専門家グループは、合意案での資金の定義に沿うなら、「2030年までに少なくとも3000億、2035年までに3900億が必要」と提案をしていました。

5度目標の達成に向けた緩和:削減行動の強化について

パリ協定では、世界の平均気温の上昇を産業革命前と比較して1.5度に抑えることを目標としていますが、現在、各国が国連に提出しているGHG(温室効果ガス)排出削減目標(NDC)は、すべてを足しても1.5度はおろか、2度未満に抑える目標値にも足りていません。そのためパリ協定では、各国が5年ごとに新たな排出削減目標(NDC)を掲げ、かつ次の期間の目標値は以前のNDCを上回ることが義務になっています。 

パリ協定の目標改善サイクルの仕組み

昨年のCOP28では、2035年のNDC提出を控え、世界全体でどの程度温暖化対策が進んでいるかの進捗報告(グローバルストックテイクと呼ばれる)が実施されました。その結果、COPの合意文書で初めて「化石燃料からの脱却」が盛り込まれました。また「2030年までに世界全体で再生可能エネルギーを3倍にし、エネルギー効率を2倍にする」という合意もなされました。また、2035年までにGHG排出量を2019年比で60%削減する必要があることを踏まえ、2035年に向けたNDCを提出することも盛り込まれました。 

ところが、この話題は1週めにほとんど議論の俎上にも上らず、2週めの議長テキストにもほとんど言及がない有様でした。欧州連合をはじめ島嶼国連合らが強く抗議し、会期最終日の11月22日になって出された議長テキストにようやく緩和策のフォローアップが入りました。

終盤での交渉激化の中で、妥協点を探る議長草案も出され、いったんはまとまるかに見えましたが、昨年のグローバルストックテイクに向けた決定を重視する国々からは明らかに不十分で弱いという声が高まり、結論は来年に持ち越されました。

炭素市場(カーボンマーケット)のルールに向けた交渉

もう1つの注目点は、パリ協定6条にある炭素市場(カーボンマーケット)のルールづくりでした。国際的な炭素市場のルールを決める条項ですが、6条2項は二国間などの分散型のカーボン取引、6条4項は京都議定書時代のクリーン開発メカニズム(CDM)の後を継ぐ国連主導型のカーボンメカニズム、そして6条8項は、非市場型のメカニズムのルールを決めるものです。 

2021年のCOP26で6条の大枠のルールは決定しているのですが、実際に炭素市場を運用するための詳細なガイダンスや方法論については、COP27(2022年)、COP28(2023年)でも合意ができず先送りされていました。パリ協定6条のメカニズムは途上国で実施された削減プロジェクトからの削減量を、ホスト国がNDCなどに活用できるカーボンオフセットの仕組みであるため、ルールが厳格でなければ、地球全体ではむしろ削減を妨げてしまう恐れもあります。

より緩やかなルールを設けることで積極的に炭素市場を活用し、気候資金の流れをつくりたいとする国と、厳しいルールや規制を設けることで炭素市場の「質」を確保し、確実な気候変動対策を進めたいとする国の違いが埋まらず、これまでは合意されていませんでした。

結論から言うと、COP29で初めてパリ協定6条ルールが最終合意されました。パリ協定で決まっていなかった最後のピースが埋まったことになります! 

交渉の論点はクレジットを登録する国際登録簿のあり方など複数あるのですが、ここでは6条ルールの実施がもたらす注意点を日本目線で2点だけを報告します。 

(1) パリ協定6条4項における除去クレジットの方法論 
日本企業が高い関心を示す、大気中から二酸化炭素を除去する、いわゆる除去クレジットの方法論が今回ようやく合意されました。除去クレジット(carbon removal)とは、たとえばDAC(ダイレクトエアキャプチャー)と呼ばれる技術で大気中の炭素を回収したり、森林など自然資源を使って炭素を吸収する方法です。

2050年に実質ゼロにするには、排出が残ってしまう分野の二酸化炭素を大気中から除去する技術が不可欠となります。民間企業やNGO団体などが主導し、運営するボランタリークレジット市場において、企業間のクレジット取引が人気になるにつれ、除去クレジットは究極の高品質クレジットとみなされ、高い関心を呼んできました。  

除去クレジットの方法論は6条4項の1つとして、パリ協定で設置された監督機関が、2022年のCOP27に提言したのですが、2年にわたって結論は先送りされてきました。そのため監督機関は2024年に各国の意見を集め、それらをベースに数回にわたる会合やワークショップを開催し、COP29に除去クレジットの方法論の基準として提出され、初日に合意されました。

民間のボランタリークレジット市場は活況を呈していますが、パリ協定6条のクレジットは国連公認のクレジットとなるため、より価値が高くなると考えられます。クレジット取引に関心のある企業はこの6条におけるルールを知っておく必要があります。

2つだけお伝えすると、大気中から炭素を除去したとしても、それが大気中に戻ってしまうリバーサルリスクには、漏れを意味するリーケージや森林火災などだけでなく、地震などの天変地異やテロや戦争などの人為起源のリスクも含まれます。これらをどう防ぎ、大気に漏れ出ていないかをチェックするモニタリング、漏れ出てしまった場合に補填するバッファープールの設置等が決まっています。もう1つは、プロジェクトを実施する現地における人権保護や環境保全の仕組みも決まっています。このルールはこれからも6条4項の監督機関においてさらなる改善が図られることになっています。なお、6条4項によるクレジットは早ければ2025年には市場に出てくると予測されます。 

(2) パリ協定 6条2項における資金メカニズムの仕組みづくり
6条は、自動的に途上国の適応基金に資金が回る資金メカニズムです。特に6条4項には、収益の配分(SOP:Share of Proceeds)という仕組みがあり、クレジット取引の際に自動的に収益の5%が脆弱な途上国への適応資金に当てられます。これは京都議定書のCDM(クリーン開発メカニズム)を踏襲した仕組みで、当時の2%からパリ協定では5%に上げられました。途上国にとっては適応に回される資金が自動的に入るため、仕組みとしての意義は大きいのです。 

もう1つ、本来6条の市場メカニズムはカーボンオフセットの仕組みとなって、地球全体で見た場合には、合計するとゼロになるゼロサムとなります。それを改善するためにパリ協定で入った新規の仕組みが、「グローバルな排出削減の全体的緩和」(OMGE:Overall Mitigation in Global Emissions)で、クレジット取引の際に自動的に2%をキャンセルするという仕組みです。2%ではありますが、地球全体のための削減と言うことになります。 

COP29でようやく6条の合意がなされたことは資金支援の仕組みや新しい市場メカニズムのあり方にとっと大きな成果といえます。 

ちなみに日本が力を入れており、6条2項の対象となるJCM(二国間クレジット制度)は、この適応資金への5%の拠出も、OMGEへの2%の拠出も今のところしない予定です。 

交渉外での非国家アクターの活躍

企業、自治体、大学、若者団体、先住民族、市民団体など、政府以外の「非国家アクター」が会場内のいたるところで見せる熱気あふれる姿は、COP29でも大きな盛り上がりを見せました。 

会期前半に行なわれたアメリカ大統領選の結果や、アルゼンチン交渉団の離脱を受け、気候変動対策の後退を心配する声も聞かれましたが、それにひるむことなく、現地で前向きな姿勢を見せたのは非国家アクターたちです。 AMERICA IS ALL IN(アメリカはみんなパリ協定にいる)」は、11月14日から3日間、数々のイベントを開催し、アメリカの非国家アクターの揺るぎない気候変動対策へのコミットメントを見せつけました。 

印象的だったのは、アメリカの大手食品企業MARSのチーフ・サステナビリティ・オフィサーのバリー・パーキン氏です。パーキン氏は、「ネットゼロを達成する数十年の間には、何度も大統領が変わるだろう。たとえそのたびに政策が変わるとしても、私たちが方針を変えることはない。私たちはただ自らが決めたネットゼロ目標に向かって、確実に歩みを進めるだけだ」と力強く述べました。 

開会のパネルに登壇した4人のパネリストは、それぞれの取り組みを語った。写真左から食品会社マースの役員、カリフォルニア州自然資源局副局長、ミネソタ科学博物館フェロー、アーカンソー州のブライズビル市長(© Y.Sato/WWFジャパン)

また、11月16日、アルゼンチンの非国家アクター連合「アルゼンチン気候行動連合」は、他国の非国家アクター連合体と共催したイベントで、再生可能エネルギー導入に力を入れている同国フフイ州が、同連合に参加する署名式を実施し、会場で大きな拍手が響きました。 

11月21日には、日本の非国家アクター連合「気候変動イニシアティブ(JCI)」もイベントを開催し、日本の企業らがネットゼロに向けた取り組みの進捗を発信。非国家アクターのネットゼロ行動を推進する国連キャンペーン「Race to Zero(ゼロへのレース)」や企業や自治体の気候変動対策を推進する国際団体「Climate Group(クライメート・グループ)」からもスピーカーが登壇し、日本の非国家アクターだけでなく、政府に向けても期待のメッセージを寄せました。 

近年、企業や自治体などが自ら、政府に向けたポジティブなメッセージを発信する姿が目立つようになったことは喜ばしい傾向です。 もちろん課題もあります。それは、非国家アクターの取り組みをさらに信頼性・透明性あるものへと引き上げ、真に1.5度目標の実現に資する行動に整合させていくかです。 非国家アクターによるネットゼロ宣言は急増しているものの、取り組みの内容には改善の余地があり、特に化石燃料からの段階的廃止への自発的な取り組みが著しく不足していると指摘されています。 

また、G20諸国における1000以上の政策を調査したもう1つの報告書によれば、ネットゼロを推進する政策は過去5年間で急増しています。一方、各国の法律の範囲や政策の野心度、具体性などを見ると、1.5度目標に整合する非国家アクターの行動を促進するには不十分であり、依然として大きなギャップがあると指摘しました。このギャップを埋め、非国家アクターによる質の高い取り組みを加速させることは、民間による気候資金の流れを促進し、各国政府が定めるNDCの達成、ひいてはパリ協定の実現にも貢献することにつながります。

このように、非国家アクターのネットゼロ行動を加速する潮流は、ますます勢いを増しています。鍵となるのは、セクターや分野、国境さえ越えた協働をいかに拡大し、その推進力となる政府の規制や政策をいかに1.5度目標に整合させていくかにあります。政府と非国家アクターが、共に野心を高めあうループをさらに大きく太くしていくことが不可欠です。 

WWFは100カ国以上で活動している環境保全団体で、1961年にスイスで設立されました。人と自然が調和して生きられる未来をめざして、サステナブルな社会の実現を推し進めています。特に、失われつつある生物多様性の豊かさの回復や、地球温暖化防止のための脱炭素社会の実現に向けた活動を行なっています。

※この記事は、COP29に参加した国際NGO WWFジャパン気候・エネルギーグループの報告を当編集部で抜粋し要約したものです。文責は当編集部にあります。


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