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CSRフラッシュ
人身取引のない社会へ ポラリスプロジェクト連続セミナー2010
人身取引被害者支援について
国際移住機関(IOM)の取り組みから
人身取引を知っていますか?この日本にまさかと思われるかも知れませんが、被害者は私たちの身近にいます。NPO法人ポラリスプロジェクトは、2010年に人身取引をテーマとする計10回の連続セミナーを企画。日本に潜む、「騙され、虐待され、監視されながら労働や売春などを強制され、搾取される人たち」の保護活動に向けた輪を広げています。国際移住機関(IOM)で人身取引対策コーディネーターを務める須藤詠子さんの講演をレポートします。

人身取引被害者の保護を円滑に行うため、講演者の顔写真はセキュリティ上の理由により非公開としました。

国際移住機関(IOM)の役割

1951年に設立されたIOMは、世界的な人の移動(移住)に関するあらゆる問題に専門的に取り組む唯一の国際機関です。
私たちの基本理念は「正規のルートを通して、人としての権利と尊厳を保障する形で行われる人の移動は、移民と社会の双方に利益をもたらす」というものです。

この理念に照らして人身取引を解釈すると、「人身取引とは人としての権利と尊厳を剥奪する形で行われる非正規ルートの人の移動であって、移民と社会の双方に被害をもたらすものであり、重大な人権侵害にあたる」ということです。

国際機関であるIOMは、各国政府の出資によって事業を運営しています。加盟国は2010年4月現在で127カ国、本部はスイスのジュネーブにあります。世界に450以上の現地事務所を持っており、7,000人以上の職員が2,300以上の事業を行っています。もともとは第二次世界大戦後に欧州に大量に発生した難民・避難民の方のラテン・アメリカへの移住支援から活動を始めましたが、その後活動地域や分野を拡大し、今日では移住問題に関する多国間協力の促進や、移民への直接的支援による移民の尊厳と福祉を擁護する活動等を展開しています。

IOMと日本政府の協力関係は、1970年代のインドシナ難民の大量流出を受け、1981年に日本政府が難民条約に加入しインドシナ難民の家族呼び寄せに着手したのを支援する形で始まりました。この事業は、2006年に終了しましたが、今日までに人身取引の被害者支援、外国につながる子ども達の就学支援、新日系フィリピン人の定住支援等のさまざまな事業を国内で行っています。また2009年からは難民の第三国定住パイロット事業も行っています。


「人身取引」とは何か


さて、あらためて人身取引の定義を見てみましょう。国連の人身取引議定書第3条では「“人身取引”とは、搾取の目的で、暴力もしくはその他の形態の強制力による脅迫もしくはこれの行使、誘拐、詐欺、欺網、権力の濫用もしくは弱い立場の悪用または他人を支配下に置く者の同意を得る目的で行う金銭もしくは利益の授受の手段を用いて、人を採用し、運搬し、移送し、蔵匿し、または収受することをいう」とあります。
ここでいう搾取には、売春やその他の形態の性的搾取、強制的な労働や役務の提供、奴隷もしくはこれに類する行為、隷属または臓器摘出等が含まれます。また、18歳未満の子どもの人身取引の場合は、上の「詐欺・欺網」「強制力の行使または脅し」「誘拐・権力の濫用」などの手段でなくても、人身取引と見なされます。

私たちが取り扱った人身取引の1つの事例を紹介しましょう。ここで取り上げるのは「なり済まし入国による性的搾取」の事例です。タイ人の20代の女性Aさんは、家庭環境と経済状況が恵まれず、義務教育の終了と同時に親戚の家業の手伝いやコンビニ店員として家計を助けていました。バンコク滞在時に世話になった同国人の男性から、日本で家事手伝いの仕事があるが興味はないかと誘われます。渡航に50万円かかるが給料から少しずつ返せばよいとのこと。他人のパスポートを利用して入国します。渡航にあたってはパスポートの写真に似せるため、コラーゲン注射を受けました。

来日後、500万円の借金があると告げられ、売春をしないと借金の加算が返済に追いつかない状況に追い込まれ、売春を余儀なくされます。幸いなことにAさんはブローカーの目を盗んで大使館に接触し、コンタクトをとり、警察の介入を経てなんとか救出されました。彼女は、たまたま自ら助けを求めることができた稀な例です。実際にはそれすらできずに過酷な搾取を受け続けているケースがたくさん見られます。


日本における人身取引対策


日本では80年代後半から90年代の初めにかけたバブル期に、外国人女性の「興行(タレント)」資格の悪用による流入の増加と売春の搾取などが社会問題化し、その後も形を変えた斡旋が行われているとの指摘がされていましたが、十分な対策が採られていないとの批判が内外から、特に2000年代ごろまでに高まってきました。

こうした背景のもと、2002年12月には政府も人身取引議定書に署名をし、2004年4月には人身取引対策に関する関係省庁連絡会議が設立されました。2004年12月には人身取引対策「行動計画」が策定され、IOMはこの枠組みの中で政府の委託を受けて、被害者の自発的帰国と社会復帰支援活動を行うようになりました。

人身取引対策は、一般的には4つのPで表現されています。これはまず、防止(Prevention)、保護(Protection)、訴追(Prosecution)の3つの柱があります。これに関係者の連携を推進する、パートナーシップ(Partnership)を加えて4つのPとなります。

IOMによる被害者の自主的帰国と社会復帰支援の流れですが、被害者は救出されると、通常は各県の公的シェルターで保護されます。IOMは被害者の母語を話すケースワーカーをすぐに派遣し、面接を通じてニーズを特定し、必要な支援の調整を行います。被害者の帰国意志が確認された場合は、出国に必要なビザや航空券などの手配、および本国でのリスク調査や受け入れ態勢の整備を行います。帰国時は、空港という大勢が出入りする場所を通過するだけに、出発ゲート(場合によっては機内の席)まで責任をもって同行します。被害者が18歳以下の未成年であったり、心身状態に特に配慮を要する場合は、本国まで同行します。到着地では現地のIOMが出迎え、社会復帰に向けた支援を行います。

日本で人身取引の被害者と認定されIOMで帰国支援を行った女性たちは、2005年からで179人となっています。もちろん、この数字は氷山の一角、全体からいえばごく一部に過ぎないと思われます。
どういう国から日本に連れられてきているのでしょうか。これまでの実績では、179人のうち74人(41%)がフィリピン、48人(27%)がインドネシア、38人(21%)がタイ、15人(8%)が中国、3人(1%)が韓国の順となっています。

彼女たちが日本に入国した際のビザの種類ですが、2005年当時は興行ビザがトップでした。2005年以降、興行ビザの発給が厳しくなっていることもあり、最近では短期滞在ビザと配偶者ビザでの入国が増えています。配偶者ビザというのはいわゆる偽装結婚等による入国です。

被害者に見られる保護の難しさについても触れましょう。
1) 被害者としての自覚の欠如、2) 被疑者として処遇され送還されることへの恐れ、3) 支援の相談先が分からないという問題、4) 地理への不案内と外部コミュニティからの断絶、5) 言語、文化の相違によるコミュニケーションの問題などがあります。

また、隔絶された環境の中で、被害者は精神的に追い込まれていきます。1) ブローカーに対する恐れ(彼女たちは脅しをはじめ借金などによる身体的・心理的な拘束にあっています)、2) 頼るあてがない状況でブローカーに親しみの感情をもつという複雑な精神状態、3) 本国の家族を養うという使命感、4) 家族に危害が及ぶことへの危惧、5) 逃げ帰っても生活の向上が望めないという将来への絶望といった問題もあります。ここまでお話しすると被害者が深刻な状況に置かれており、逃げ出すことも簡単でないことが分かります。

最近の傾向としては、「日本人の配偶者等」という在留資格の悪用に加えて、日本国籍を保持している方への被害が広がっています。これは国籍法改正との関係で今後も増えることが危惧されます。また、被害者と加害者の境界線がよりあいまいになっているという問題もあります。かつての被害者が加害者として、人身取引に関わるというケースです。

人身取引問題の今後の課題としては、1) 支援の存在をいかにして被害者に知らせるか、2) 24時間の多言語対応フリーダイヤル・被害者ホットラインの開設と周知、3) 民間シェルターの活用、官民ネットワークの強化、被害者の母語を話す専門ケースワーカーの常駐するシェルターの確保、4) 男性の被害者が救出された場合のシェルターの確保、5) 帰国を望まない・帰国できない被害者への対応の明確化、などがあります。政府は2009年12月に「行動計画」を改定し、これらの課題について、今後とも「検討」を行うとの姿勢を示していますが、これらの課題を「検討から実施」に移していくことが急務となっています。

人身取引は今や密輸や麻薬密売に次ぐ巨大な地下産業となっています。日本国内でも強制的に連れてこられて、売春などをさせられる被害者が後を絶ちません。私たちはこの不正に目をつむるのではなく、立ち上がらなければなりません。

○講演者:須藤詠子(すどう・えいこ)
国際移住機関(IOM)駐日事務所 人身取引対策コーディネーター、法執行機関のタイ語通訳として人身取引事案に携わったほか、日本の援助機関においてODA事案の案件監理を担当する専門調査員として国際協力に関わる。2009年より現職。日本国内で保護された人身取引被害者の自主的帰国を支援。

◎ポラリスプロジェクトとは
http://www.polarisproject.jp/

2002年に米国ワシントンDCで2人の大学生によって設立。日本事務所は、日本における人身取引問題の対策強化に努めることを目的に2004年に創立。日本国内において被害者との関わりや啓発・提言活動を通じて、性的搾取を目的とした人身取引や現代における奴隷制の人権問題に取り組んでいる。2009年12月にNPOとしての法人登録を完了。2010年には、年間10回の連続セミナーなどを企画。

◎ポラリスプロジェクト連続セミナー2010(前期プログラム)
http://www.polarisproject.jp/images/M_images/seminer-flyer-a_v006.pdf

■第1回 5月15日 「ニッポンの人身取引:世界第二の犯罪産業に成長したワケ」
講師:藤原志帆子(ポラリスプロジェクト)
■第2回 6月5日「性的搾取:国際機関の人身取引被害者支援について」
講師:須藤詠子(国際移住機関 人身取引対策コーディネーター)
■第3回 7月24日 「労働搾取:時給300円の労働力〜研修生制度」
講師:川上園子(国際移住機関 人身取引対策コーディネーター)
■第4回 8月28日 「日本人の被害:子どもと性被害・虐待・生産業(仮)」
講師:石澤方英(児童自立支援施設職員 性教育研究会副会長)
■第5回 9月18日 「人身取引取締りの現状」
講師:ジェイク・アデルスタイン(ポラリスプロジェクト理事 ジャーナリスト)
※参加のお申し込みはポラリスプロジェクトのホームページなどで

◎ザ・ボディショップ
今回の講演会の会場となったのは株式会社イオンフォレスが運営するザ・ボディショップ新宿店。
「企業には世界をよくする力がある」という言葉で知られるザ・ボディショップのミッションステートメントを日本でも実践し、環境や社会問題にも熱心に取り組んでいる。
今回は会場提供に加え、「ストップ!子どもの人身売買」の冊子を作成し、新製品「やさしいハンドクリーム」を買うと、1個当たり100円が提携先に寄付されるキャンペーンも開催中。