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海外コラム:Dom Rolfe レポート
オーストラリア在住、Diplomat誌のドミニク・ロルフが世界のさまざまな出来事から、CSR(企業の社会的責任)を考えます。

第3回:「レポートの進化」


期末決算日に向けた数ヶ月間の大手会計事務所といえば、あたかもタカの一団のごとく企業を襲撃し、アニュアルレポートの数字一つ一つをくまなく調べあげる様子が目に浮かぶ。姿の見えないフォレンジックな存在として、十分なトレーニングを受けた監査人チームが組織を詳しく調査し、矛盾した数字に線を引いて末梢し、不完全で不正確な報告にマーカーで印をつける。大手会計事務所は思うがまま方針を決定し、一方で伝統的な社外監査人の承認の押印なしで市場に放り出されることを恐れて暮らす企業は気前よく報酬を支払うのである。これはまるで、社会的に適切な仲間として周囲の友人に受け入れてもらえることを期待して、かかりつけの精神分析医にあなたの問題点を指摘してもらうために治療費を支払うようなものだ――しかもそれが保証されるのは来年についてだけである。

産業革命以降、社外監査人を求める声は高まる一方であった。こうした監査は、本来、主に事務的な誤りや経営陣の不法行為を見つけ出すために利用されていたものである。ところが大恐慌の後、誤りを見出すためにアニュアルレポートを隅々まで丹念に検査するよりも、むしろ監査法人がレポートの全体的な公平性について意見を提示するケースが増加した。エンロン社の破たんとこれに共謀したアーサーアンダーセンの不正会計事件の発生後、米国では2002年にサーベンス・オクスリー法が制定され、それまで続いてきた監査法人をめぐる段階的緩和は終結した。歴史がどんなものであるにせよ、体系的な財務諸表監査が一世紀以上にわたって徐々に発展してきたものであることには議論の余地はない。

しかしながら、過去10年にわたって唯一有意義なかたちで発生したのがサステナビリティレポーティングの台頭であったことをかんがみると、財務的な透明性についてますます規制が強化される今のこの時代において、財務関連以外の(非財務)レポーティングの登場は何を意味するのであろうか?さらに重要なことは、サステナビリティレポートあるいは企業責任レポートに記載された情報が企業の取り組みを正確かつ公平に反映したものであるという確証を得るために、企業株主はいかなる保証メカニズムをあてにすればよいのかということである。

1990年代半ばに最初のサステナビリティレポートが登場した時には、先駆者となった企業はごく当然のこととしてお抱えの財務諸表の監査人にアシュアランス(保証)を求めた。たとえば、シェル社は1997年にレポーティングを開始し、2004年までデータの正確さの確認はお抱えの財務諸表の監査人に任せきりであった。ところが、サステナビリティレポートと言えば、定量的尺度よりも定性的尺度により焦点を当てるものである。伝統的な会計報告書よりも職業衛生安全、人権、あるいは地域コミュニティに対する企業のコミットメントなどがこうした尺度の一例だ。このことから、監査人による従来通りの数字の検査では、照合プロセスが綿密性に欠けるという事態が発生してしまう。このような問題を克服しようと、シェル社では2005年にレポートをより詳細に評価するために専門家で構成される社外審査委員会を発足させた。ただし、こうしたアプローチをとっている企業は世界でもごくまれである(2007年には650件のアシュアランスステートメント(保証声明)のうちわずか11件が利害関係者委員会によるものであった)。

こうしたなか、サステナビリティレポーティング向けの枠組み作りを後押しするために、グローバル・レポーティング・イニシアチブ(GRI)のG3ガイドラインやAA1000保証基準といった事実上のグローバル・ガイドラインが登場している。そして、サステナビリティレポートがこれらの基準に沿っていることを保証するための専門コンサルティング会社が示し合わせたかのように次々に誕生している。一般に、サステナビリティレポーティングの保証は重要性、完全性、そして対応性を三原則として重視しているが、近年のサステナビリティをめぐる発展ぶりにもかかわらず、これらの三原則の解釈は比較的自由であり、しばしば曖昧な説明が行われているのが実情だ。

CSR関連のリソースのグローバルなディレクトリであるコーポレート・レジスター・ドットコム(CorporateRegister.com)は、非財務レポーティングの保証に関する報告書の中で、非財務データの収集、評価、そして報告に対する一般に認められたアプローチ手法の不在を非常に大きな問題として指摘している。「内在するプロセスはしばしば不透明かつ複雑で、各企業に固有のものとなっており、レポートがどこまで実際のパフォーマンスを反映しているかを知ることは困難である。」としている。社外のサステナビリティ専門家と協力してサステナビリティのパフォーマンスに関する社内独自の尺度を定める方法にボーラル・サステナビリティ・ダイアグノスティック・ツール(Boral Sustainability Diagnostic Tool)と呼ばれるものがあるが、これなどは内部尺度の存在が困惑を招いている例の一つである。

上記の報告書が明らかにしているもう一つの点は、非財務事項の保証に関して一般に認められているアプローチ方法が存在していないという事実である。実際、レポートを作成するグループはレポートを保証するグループと同じアプローチ方法を用いており、社外監査人による会計報告書の精査とは程遠い状態にある。

おそらく我々は、サステナビリティレポートに進化する猶予を与えるべきであり、レポートの保証業務もこれと並行して進化していくと期待して待つしかない。進化が実現するまでにはエンロン事件に匹敵する大惨事が起こるかもしれないし、あるいは、より透明で責任あるレポーティングに対する利害関係者への圧力の高まりから自然にことが進むかもしれない。つまるところ、何よりも我々が避けたいことは、「社会的に保証された」友人と付き合ったところ、その全員が精神分析医だったと気づくような事態だろう。




ドミニク・ロルフ
オーストラリアの大手シンクタンクでの編集業務およびスウェーデンで道路建設技術者としての経験を経て、現在はオーストラリアのCSR(企業の社会的責任)専門誌「コーポレート・シチズン(Corporate Citizen)」編集者としてCSRやサステナビリティをテーマとした記事を執筆している。2005年からは同誌の姉妹誌「ディプロマット(The Diplomat)」の執筆・編集にも参加。コーポレートシチズンシップ(社会の一員としての企業の責任・義務)やコミュニティ・コンサルテーション(地域支援)を専門に国際関係論の修士を取得するほか、法律研究を専攻し、土木工学や美術の学士号も有している。