« CSRマガジントップへ
Home > 海外最前線レポート > 海外CSR情報
TOPICS:海外CSR専門誌 The Diplomatより、最新記事をピックアップしてご紹介します。
日本でも社会起業家に関する著書「クレイジーパワー」が話題のジョン・エルキントン氏インタビューです。
CSRの第一人者 ジョン・エルキントン氏に聞く



ジョン・エルキントン氏は30年にわたり「CSR(企業の社会的責任)運動の首領(ドン)」と呼ばれている。
そのエルキントン氏が、世界的な金融危機がCSRに与える影響について、また、今後のCSRの鍵を握るのは大企業よりもむしろ個々の起業家だと確信する理由について、フィル・カイン氏に語った。


経済的崩壊は一時的にマイナス、長期的にはプラスの結果をもたらす”

自らのキャリアにもっとも大きな影響を与えたものの一つに音楽を挙げる男にふさわしく、ジョン・エルキントン氏がサステナビリティ運動のリーダーの一人として広く認められるようになったのには、一風変わった経緯があった。「私は1968年に経済学部を退学させられたのです。」今ではCSRの第一人者として世界的な金融危機が生み出すものに警告を鳴らすエルキントン氏は楽しげに自らの過去を明かした。学歴的には一旦落第したかのように見えるこの経歴も、CSRというテーマについて考えるとき、エルキントン氏にとってそれは無駄ではなかったどころか、その後の様々な考えを生み出す糧となったようだ。

 その一つが「創造的破壊」という考えだ。これは、当時ハーバード大学で教鞭をとっていたオーストリア出身の経済学者、ヨーゼフ・シュンペーターによって第二次世界大戦中に一般に普及したものだ。「シュンペーターは、経済には元来、成熟と崩壊というリズムがあると主張していた。私は、崩壊は一時的にマイナスの結果をもたらす一方、長期的にはプラスの結果をもたらすと考えている。この長期的なプラスとは、森林火災により廃墟と化した森が、その後急速に再生していくようなものである。」とエルキントン氏は語る。
 しかしながら、自らもいくつかの崩壊や破たんを克服した経験から、例えそれが短期的なものであって、現実的にマイナスである以上は非常に不愉快なものになりうる、とエルキントン氏は率直に認めている。「今回のようなメルトダウン(崩壊)のときにはいつでも、過激な政治的主張、国家主義、そして人種差別が発生します。より長い時間が経過して初めてある種の本当に思慮深い政治家が登場するのです。」
  「現在私たちが直面している経済危機は、リセッション(不況)ではないと私は考えています。というのも、今回の経済危機はいくつもの要素によってこじれたものであり、今後、様々な産業分野に広がっていくことが予想されるからです。そういった意味で、今回の経済危機はむしろ7、8年で一掃される経済の停滞期であると私は考えます。」
 しかしそもそもなぜ今回の経済危機が発生したのだろうか?「主な原因は、ブレトンウッズ体制下で第二次大戦後に生み出されたビジネスモデルを、いまだになぞっているという現実です。この古いビジネスモデルの流用と、現在の経済危機は、密接な関わりがあるのです。2015年までには90億人に増加すると言われている世界の人口を、私たちの現在の経済が支えることができるわけはないのです。」
 こうした状況を打破する為に、企業の社会的責任(CSR)はどのような役割を果たすことができるだろうか?「企業は変革の仲介者になりうる、という考えに基づいて、私は35年間企業と仕事をしてきました。しかしながら、今後は、政府がより重要な位置を占める時代に向かっていると思います。私の考えでは、各国政府はきわめて慎重に、先見性のある枠組みを共同で考案する必要があるのです。」政治的にこれは決して容易なことではない筈だ。しかし、「パニックと絶望感をもたらす本当の危険が存在するのです。産業が崩壊していくのを、ただ見ているわけにはいかないのです。」


経済は今、‘さなぎ’の時期である“

 日本の通商産業省から多くを学ぶことができる、とエルキントン氏は考えている。通産省はある産業を縮小し、将来性のある産業に選択的かつ長期的な投資をするという、大いに戦略的なアプローチをとったのだ。

 世界は「多極化した新しい形の資本主義に向かって進んでいる」として、エルキントン氏は中国とインドが新たな経済大国として台頭してきている現実をその証拠として挙げている。しかしながら、多極化へと向うこうした流れは、CSRを促進しようとする企業にとって、非常に難しい問題をはらんでいるとも指摘する。というのは、「簡単に言えば、中国やインドといった地域において現れつつある資本主義の深層の構造を、私たちはまだよく理解していないからです。」
 「米国は世界経済において、もはや中心的存在ではなくなりました。しかしながら、だからといって今後米国が最大の経済大国でなくなるかと言えば、そうではありません。」また、エルキントン氏はバラク・オバマ新大統領の登場については、非常に肯定的に捉えている。「今回の大統領選の結果は、皆が期待していた最高の結果です。」
 人々は今後ブッシュ大統領の時代を「社会的大変動」の時期と振り返ることになるだろうとするものの、新政権がすぐに結果を出すことはあり得ない、とエルキントン氏は警告する。「とりあえず第二期オバマ政権までは忍耐強く待たなければならないでしょう。まず一期目は政治的資本に投資することになるが、最終的には結果を出すことができる」とエルキントン氏は考えている。「すさまじい量の政治的マイナスエネルギーを吸収するオバマ大統領の能力にはつねづね心から感心しています」とも語っている。「大統領は未来を見ることができ、ビル・クリントン元大統領でさえ実行できなかったやり方でかじ取りをしていくでしょう。」
 エルキントン氏によれば、新政府の枠組みで重要な点は、任務主導型の組織として社会事業を促進することである。この要求に応えるには、経済は変革の過程だと捉える必要がある、というのがエルキントン氏の見解だ。つまり、イモムシが蝶になる成長過程でさなぎになり、体内で化学変化がおきるように、経済にも似たような変化が訪れており、金融危機ゆえにこの過程が一層インパクトをもって受け止められている、というのだ。
 エルキントン氏の言葉を借りれば、「蝶になる手前のまださなぎの過程でメスを入れれば、さなぎの器官がダメになってしまいます。現在の経済社会における起業家とは、こうした変革の段階のさなぎと同じであり、このさなぎが、最終的に蝶の器官を形成するのです。」
 2008年4月、エルキントン氏はソーシャル・アントレナーシップ(社会的起業家精神)への自らの情熱を追求するために、自身の活動の重点を1987年に自ら創設したサステナビリティに関するコンサルティング会社サステナビリティ社(SustainAbility)から新たなベンチャー企業ヴォランズ社(Volans:www.volans.com)へと移した。このコンサルティング会社は社会事業の成功の育成を目指している。また、自身にとって17冊目の著書となる『クレイジーパワー 社会起業家−新たな市場を切り拓く人々(The Power of Unreasonable People: How Social Entrepreneurs Create Markets That Change the World)』を社会起業のためのシュワブ財団(Schwab Foundation for Social Entrepreneurship)のパメラ・ハーティガン氏と共著で出版した。ヴォランズ社は現在、スコール財団による資金提供を受け3カ年プロジェクトを遂行中である。ちなみに、スコール財団はイーベイの初代社長であるジェフ・スコール氏によって1999年に創設された慈善基金である。
 ソーシャル・アントレプレナーシップ育成に情熱を注ぐ一方で、エルキントン氏は政治家や企業が、起業家に投資しすぎる事には警鐘を鳴らしている。「社会起業家が多くの資金を提供されすぎてまたもう一つのバブルを発生させる危険がいつでも存在します」と彼は語る。


“変革のためには、これまでのグローバル企業から、さらに破壊的な起業家が必要”

 今後、CSRにはどのような影響が出てくるのだろうか?おそらく、プラスとマイナスの両面が現れるだろう、とエルキントン氏はみている。「過去15年間にわたるCSRブームの後、今度は企業内、部門間での競争が激化し、大幅な予算の削減が行われ、その結果としてCSR部門の多くはすっかり消えてなくなってしまうことでしょう。多くのCSRの責任者は長期有給休暇を与えられ、その責務を最高財務責任者(CFO)や最高経営責任者として引き継いだ人物に引き渡すことになるでしょう。」
 しかしながら、変革の為には、外部からCSRを導入する必要があるともエルキントン氏は考えている。「結局のところ、長い目で見れば、快適ではないけれど、これは必要なことなのです。これまで多くの企業は、様々なサステナビリティに関する問題をコーポレート・シチズンシップ、あるいはCSRという名の下にまとめあげることで、このような問題に対処してきました。こうすることで、企業は厄介な問題に何とか対応し、それらしい組織を作ることでこうした問題を封じ込めてきたのです。CSRの分野には優れた人材もいます。しかし、私自身は、大企業への信頼を失っていますし、大企業には辟易しているというのが本音です。というのも、大企業はただ単純に変わることができないからです。だからこそ私は起業家たちと連携していこうと決心したのです。」
 エルキントン氏は、企業のCSRが重大な岐路にあることも実感している。「その取り組みをCSRと呼ぼうがなんと呼ぼうが、いずれにせよその対象とする範囲を根本的に広げる必要があります」と彼は語っている。「変革のために、これまでは国際的企業に焦点を当ててきましたが、現在のいわゆる国際的企業が変革を起こしているとは到底思えません。今後、変革を生み出すには、破壊的な起業家が必要なのです。」
 エルキントン氏は、企業が起業家たちを黙らせるために起業家を買収するという考え方に、ある種の理解も示している。「しかしながら、企業はいつでも起業家たちを黙らせようとしているわけではなく、企業は起業家たちをどのように評価すればいいのかわからないのです。」起業家精神にあふれた事業家と共同でベンチャーを立ち上げたいと考える企業を支援することで、ヴォランズ社がこの問題の解決に一役買ってくれることをエルキントン氏は期待している。営利・非営利を問わず40年前に始められたこの取り組みが、30年の年月を経て実現することを彼は願っているのだ。
 会員だけに電気自動車の充電サービスを提供するバッテリー充電ネットワーク事業であるベタープレイス社(Better Place)の創立者兼最高経営責任者のシャイ・アガシは、まさにエルキントン氏が一緒に仕事をしたいと考える、何かをやってくれそうな有力な人物である。彼はSAP社の元エグゼクティブを「デトロイトで競争相手に大差をつけたとてつもない破壊的イノベーター」と呼んでいる。アガシ氏は2007年10月にベンチャーキャピタルから2億米ドルを集めた。そして、3ヶ月後には日産とルノーがイスラエル全土で50万基のバッテリー充電スタンドを展開するためにベタープレイス社と提携する旨を発表している。「彼らは石油産出国を嫌っているのでイスラエルでまず事業展開することにしたのです」とエルキントン氏は明かしている。オーストラリアはこのプロジェクトへの参加を昨年10月に表明しており、カリフォルニアとハワイの両州もその後参加を決めている。
 ヴォランズ社が仲立ちをする可能性のある協同プロジェクトのもう一つの例が、2006年に立ち上げられた共同社会事業である。この事業はフランス有数の乳製品メーカーであるダノン社と、ノーベル平和賞受賞者であるムハマド・ユヌス氏によって創立されたバングラディッシュのマイクロ・クレジット(貧困層向けの小口無担保融資)のパイオニア、グラミン・グループによる取り組みである。マイクロ・クレジット社は、小口無担保融資をしばしば女性に提供することで彼女たちの所得増加を後押しし、人々の貧困克服を支援することを目指している。コラボレーションから誕生した社会事業であるグラミン・ダノン社は、特別で、低価格、さらにビタミンを強化したヨーグルト、「シャクティ・ドイ(Shakti Doi )」(パワーヨーグルトという意味)を生産する計画である。
 この事業会社からは一切の収益を得ないことでグラミンとダノンの両社は同意しており、その代わりにこの事業であがった収益については2016年までにバングラディッシュ全土での50ヶ所の新工場の建設に再投資されることが決められている。2007年1月以来バングラディッシュは非常事態にあるにもかかわらず、首都ダッカから200km北に位置するボグラに最初の工場が建設されている。



ジョン・エルキントン (John Elkington )
有数の石油会社であるブリティッシュ・ペトロリアム(BP)から環境団体の世界自然保護基金まで、多数の企業で永年役員を務めている。ビジネス上の責務に加え、多数の執筆もあり、17冊の著書を著し/共著している。ベストセラーとなった「グリーン・コンシューマー・ガイド(The Green Consumer Guide)」(1988年)、「ゴーイング・グリーン:地球を救う子供のためのハンドブック(Going Green: A Kid’s Handbook to Saving the Planet)」(1990年)、「フォークを持った人食い人種:21世紀のビジネスのトリプル・ボトムライン(Cannibals with Forks: The Triple Bottom Line of 21st Century Business)」(1997年)などがある。

1949年 英国バークシャー州バードワースに生まれる
1966年 英国ドーセット州ブライアンストン・スクール卒業
1970年 英国エセックス大学で社会学・社会心理学の優等学士号を取得
1974年 ユニバーシティー・カレッジ・ロンドン(UCL)で都市・地域計画を専攻し修士号を取得
1974−1978年 交通と環境問題研究(TEST)の準学士号を取得
1978−1983年 Environmental Data Service(ENDS:環境データサービス)を共同創立、マネージングディレクターを務める
1978−1983年 The ENDS Reportを創刊、エディターを務める
1983年‐現在 John Elkington Associates(ジョン・エルキントン・アソシエーツ)のディレクターを務める
1981−1996年 Biotechnology Bulletin(バイオテクノロジー・ブレティン)のエディターを務める
1983−1986年 Earthlife Foundation(アースライフ財団)のトラスティ―兼ディレクターを務める
International Judging Panel for DHL YES賞(アジア部門)受賞
1987年−現在 サステナビリティ社を共同創立
2008年‐現在 ヴォランズ・ベンチャーズを共同創立

(THE DIPLOMAT, May/June 2009; Editor, Dominic Rolfe; 日本語訳Trans Asia)