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韓国現地レポート番外編:ブックレビュー
韓国で超ベストセラーとなったビジネス書とは?
『日本電産の話』 キム・ソンホ著


2009年1月発売以来124刷、韓国ビジネス界注目のビジネス書


最近韓国でサラリーマンの間でベストセラーになったビジネス書がある。
ソロモン研究所の代表であるキム・ソンホ氏が日本電産株式会社社長の永守重信氏にインタビューし、本社から提供された資料と日本で刊行されている本や記事などを参考にして書いた「日本電産の話」である。

「永守式の経営スタイル」に加えて、永守氏が企業を成長させる重要なプロセスを赤裸々に語った内容が韓国の人々に率直な感動を与え、2009年1月に発売された「日本電産の話」、なんと124刷(2010年の8月現在)に至る大ベストセラーとなった。
昨年から今年にかけて、韓国のビジネス界で最も話題になっている本である。

サムスングループの「サムスン経済研究所」が同書をCEO(最高経営責任者)向け推薦図書に選定したこともあり、多くの経営者の注目を集め、中には全社員分をまとめ買いし、必ず読むようにと1冊ずつ社員に配布している企業もある。
さらに読んだ社員が、友人に勧めるケースも多いようだ。

総合家電/情報通信分野においてトップメーカーの一つであるLGエレクトロニクス社など一部の企業では、すでに日本電産が実施する「ご飯を速く食べること」「トイレ掃除をすること」などを社員の研修プログラムに導入している。


アメリカ式競争原理で実現した経済成長「漢江(ハンガン)の奇跡」

韓国での評判に興味がわき、同書を一気に読みあげた当初、実は私にはこの本がベストセラーになった理由がまったく分からなかった。昨今はやりのグローバルスタンダードとはほど遠く、むしろ非合理的であり、時代遅れの経営スタイルに見える。

ではなぜビジネス書籍として韓国内でここまで人気を得ているのか。
一般読者のレビュー、著者・出版社の編集長の意見、マスコミ記事、知人・友人の意見を集めたところ、大変興味深い事実が浮かび上がった。

韓国の場合、他の先進国が長い年月を積み重ねて作り上げた経済発展を、過去半世紀の間に、一気に追いかけてきた。1910年から36年間日本に植民統治された後、1945年にようやく解放されるが、1950年6月に南北戦争が勃発、全国土が廃墟となった。1953年休戦後、ようやく、そこから経済基盤がやっとスタートするわけである。その後1997年アジア金融危機に陥るまで半世紀の間の、目まぐるしい経済成長を海外では「漢江(ハンガン)の奇跡」と呼んで称えた。

この間、多くの韓国企業は、合理的なアメリカの先進的な経営スタイルをいち早く取り入れ「圧縮成長」を重ねてきた。「圧縮成長」を実現するために、今や韓国経営スタイルと定着した「パリパリ経営」(スピード経営)が何よりも必要とされ、「競争原理」が導入されたのである。

「競争」をキーワードに、企業は手段・方法を選ばず優秀なエリート人材ばかりを求めてきた。特に有名大学の卒業者、アメリカの留学経験のある人材を優先的に採用した財閥企業には、一時期有名大学の出身者ばかりが集まることもあった。

人事チームは全世界を巡回しながら実力のある人材をスカウトし、徹底した成果主義を導入した。成果を上げた人間には、破格の報酬と昇給を通じて、会社に寄与した功績をはっきりと認めるが、最下位の等級に位置する社員は基本給すらまともに受け取ることができない。

今や競争相手を世界市場にまで広げる韓国企業に必要なのは、先進経営方式を理解し、企業経営全般をグローバルスタンダードの観点から眺められる能力だ。
英語はもちろん、語学能力としては中国語、日本語などまで必要される。
入社した社員は課長、次長、部長と、大きなストレスを抱えながら熾烈な競争を繰り広げる。競争に取り残された人間は自然淘汰される道を歩むしかない。

終わりなき競争の中で、社員はいつか自分が解雇の対象になるかもしれないという不安で、常に他の企業に転職するチャンスをうかがっている。
「圧縮成長」の副作用の象徴が「競争原理の導入による格差」であり、格差が生じると、経営者と社員はお互いを信頼しなくなる。経営者は実績を伴わない社員に対して大胆にリストラを強要し、社員はクビを恐れて昼夜実力を磨くが、よりよい待遇を提示する中堅企業から誘われると未練なく会社を辞めてしまう。
すなわち経営者から見れば「社員に忠誠心がない」、社員から見れば「会社を信じることができない」の連鎖である。


韓国トップ企業に思い出させた「人間を大事にする経営スタイル」

「日本電産の話」を読み、韓国企業の経営者は、緻密なシステムや巨大な資本の力より、「信念と情熱、仕事に対する自信」で武装した経営者と社員がいる組織こそが勝利する、そういう組織を作ることこそが経営者の使命だと再認識した。

永守氏が不振企業を買収して極めて短期間に再生していく中で、社員を解雇せず、自ら個人筆頭株主になり、情熱・熱意・執念で社員の意識を改革させることに韓国の経営者が感動を覚える。一流でもない社員にここまで気を配り、成長させようとする気持ちがあるのかという驚きでもあり、自己反省でもある。

一方、社員の観点からみると、日本電産の社員の仕事に対する情熱とマインドに驚く。つまり、「仕事に対する心構え」が自分達と全然違うことに気付いたのである。

有名大学出身者、優秀な成績、卓越な外国語能力、TOEICの高得点を備えた秀才ばかり求められる韓国社会において、日本電産の場合、凡才であっても休日を返上し、仕事に没頭し続けられる人材、優しい仕事を探すより難しい仕事にチャレンジしようとする人材が集まり団結し、驚異的な業績を上げていることに驚きを隠せない。

人より頭が悪いと思っている社員には「人の倍働け」、「休日も返上して仕事を続けろ」、「新入社員は絶対休んではいけない」、「すぐやる!必ずやる!出来るまでやる!」など、叱咤激励しながら “仕事をやり続ければ成功する”とのメッセージを与え続けることに衝撃を受けたのである。

不況の時代だからこそ、利益ばかりを追求するのではなく、長期にわたって「人を大事に育てる」日本式の経営スタイルが韓国の経営者と社員の心に響いたのではないだろうか。同書は経営者にとっても社員にとっても深い自己反省の材料になったに違いない。

韓国の経営者は「自分は永守氏のように社員一人一人を信じて育て上げたことがあるのか」と自問する。一方社員は「日本電産の社員のように、自分はここまで会社の発展のために、あるいは仕事のために完全燃焼したことがあるのか」と自問する。
すぐ隣の国、日本で成功した経営スタイルを通じて、自分たちが「圧縮成長」の間に「人間を大事にする経営スタイル」を失ってしまったことに痛烈な反省の念をいだく。「競争」というキーワードに疲れ果てたビジネスマンに、もう一度本来の姿に戻り、経営者と社員とがお互いに信じ合い、尊重し、愛情あふれる人間関係の創造に戻ろうとする大きなメッセージが盛り込まれている。

日本の企業が「協力」をキーワードに経営者と社員がお互いに信頼し合い、一致団結した集団としての総合力、組織力を発揮し驚異的な業績を伸ばしてきたことに、今韓国の経営者や社員たちが熱い視線で目を向け始めている。

(2010年9月取材)
申 美花(シン ミファ)氏
1986年文科省奨学生として来日。慶應義塾大学商学博士。立正大学経営学部非常勤講師、立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科非常勤講師などを兼任。著書は共著として『Live from Seoul』、『日本企業の経営革新―事業再構築のマネジメント』など。日本と韓国企業における経営全般でのコンサルティング事業にも長年の経験を有する。現在、SBI大学院大学准教授。
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◎韓国語版『日本電産の話』 キム・ソンホ著出版社はコチラ↓
http://www.smpk.co.kr/

◎日本電産株式会社 Webマガジン「永守’s Room-奇跡の人材育成法」はコチラ↓
http://www.nidec.co.jp/corporate/top/index.html<