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韓国現地レポート
〜小さなグローバル企業。韓国中小企業の強さの秘密とは〜
第6回:超小型の空気清浄機で世界市場を席巻した主婦発明家
取材・原稿:申 美花(シン ミファ)氏


世界で最もコンパクト、業界初の水で洗える空気清浄機Airvitaを開発した李吉順社長

プロローグ:キッカケは「母性愛」。子どものために空気をキレイに。


自動車ディーラー社長の妻であり二人の子どもを育てるごく普通の主婦であった李吉順氏は、ある日同じマンションの知人宅を訪れたことから運命が変わった。

半地下にある知人宅の部屋は日差しが届きにくく空気の流れも良くない。カビだらけで悪臭が漂うその部屋の中では、生まれて間もない赤ん坊が喘息にかかり病院通いを繰り返し治る気配もないと言う。同じ母親の立場として心が痛んだ李氏は、即座に空気清浄機をプレゼントしようと電機製品の商店街に向かった。しかし、当時の韓国では空気清浄機は1台400百万ウォン(約30万円)超の高級品、一部の富裕層向け商品だった。

結局購入を諦めたものの李氏の心は知人へのすまなさと悔しさで一杯だった。その瞬間、李氏は「一般庶民も手軽に買える安い空気清浄機を作ろう」と心に決めたのだった。

大学は法学部出身で機械・電気製品には全く無知だった李氏だが、持ち前のチャレンジ精神を発揮し、まずは空気を清浄する原理を勉強、工具店を走り回って部品の組み立ても教えてもらった。その一方で電気店を回り多種多様な空気清浄機の性能や大きさ、価格等、いわゆる市場調査も徹底的に行った。

以前はデパートで綺麗なカーテンや可愛いお皿を買うのが大好きだった李氏だが、空気清浄機造りに魅せられてからは、工具店の匂いが好きになり可愛らしい雑貨には見向きもしない変わりようだったという。そして努力の結果、ようやく最初に自分で考案した製図を完成させたのだが、金型工場に製造を依頼するとその場で断られる。

「当時の私は専門用語も金型の相場価格も全く知らない素人ですから、今思えば断られたのも当然でした。しかも当時は金型工場に女の人が出入りすることすら珍しい時代でしたから。それでもめげずに夜中2時、3時まで試作品の開発に本当に夢中になっていました」と李社長は苦笑しながら語ってくれた。


1. 開発費ねん出のために自宅を売却。離婚も覚悟で開発にまい進。

「ようやく最初の空気清浄機の開発に成功したのですが、そのために自分の資金を全て注ぎこみ、さらには自宅を手放しました。しかも自宅の売却代金3億ウォン(約2千3百万円)もほんの30分程度でなくなり頭の中は真っ白です。まさに崖っぷちに立たされた思いでしたね」。

当時、ご主人からは何も文句を言われなかったのかだろうか?
「何が何でも安い空気清浄器を開発するんだという私の決心に周囲が圧倒されて何も文句を言えなくなっていましたね。当時の私は本当に命をかける覚悟で製品開発に全力を注いでいましたから、もしも主人から離婚すると言われても、絶対にこの仕事を諦めずに続けるつもりでいました。子どもたちにも母親として一度選んだ道をすぐ諦めるような姿を見せてはいけないという思いもありました」。

「実は小型空気清浄機を開発しようと思い始めた頃、姉の住む日本に遊びに行ったことがあります。既に日本には小型空気清浄機が家の中にあるのを見つけてかなりショックを受けましたね。帰国の飛行機の中で“近い将来に空気をお金で買う時代が必ずやってくる”と独り言のようにつぶやいたことを覚えています。

普通の家庭にも空気清浄機が当たり前のように必要とされる時代が来る、そう確信していたからこそ、開発費にいくら注ぎ込んでも無駄遣いではないと李氏は全く不安感を抱いてなかったようだ。「その後、李氏は知人を通して日本のシャープ㈱に10年以上勤めたエンジニア(現在はAirvitaの技術担当取締役)を紹介され、以来二人は二人三脚で空気清浄機の開発に全力で取り組むこととなる。


2. 小さくて安い、しかも水洗いできる空気清浄機「Airvita」の誕生

李社長が目指した新しい空気清浄機は①小さくて、②安くて、③水で簡単に洗える製品。当時サムスン、LGなどの大企業が販売する空気清浄機の多くが大型機械であった。

一般に大企業の場合、小型電気製品は開発・生産コストに比べて利益が少なく製品開発や市場攻略に消極な傾向がある。しかし家庭の主婦にしてみると、大きな家電製品はスペースもとるし掃除も面倒だ。特に子供部屋に大きな四角い空気清浄機を取り付けることには多くの主婦は気が進まない。自分も主婦だけに李氏は「安価でコンパクトな製品を開発すれば必ず売れる」と確信していた。

様々な大型空気清浄機を集めて部品を一つ一つ丁寧に分解し調べるうちに、ある日、李氏は“空気清浄機で最も面積を占める部品が空気を濾過させるフィルター”だと気が付いた。そこで開発担当者とともに“フィルターを使わずマイナスイオン(=空気を浄化する)を放出する製品”を開発した。しかも「この小型空気清浄機には既存のマイナスイオン方式にさらにプラスイオン方式を加え、人体にもっとも安全な殺菌イオンを発生する複合イオン化の技術を開発」したのだった。

マイナスイオンとオゾンの放出を選択できる
定番シリーズAirvita Neo15:

コンセントに接続したまま一秒当たり200万個、空気1cc当たりに98万個のマイナスイオンを放出する。有害物質やほこり、花粉をなくすことはもちろん雑菌やカビなどの繁殖を抑制し、子供の部屋や地下室には特にお勧めの製品。まるで森の中やビーチにいるような快適な室内環境を作ってくれる優れモノだ。

完成した小型空気清浄器Airvitaは一秒あたり200万個のマイナスイオンを発生、しかも重さ297gでとても軽い。おもちゃのように可愛くて小さいけれど空気清浄パワーは大型製品に比べても全く劣らないのだ。さらにはアメリカNASAの高分子真空コーティング技術を取り入れて薄い膜がコーティングされ、水に濡れても部品がサビない、つまり電気製品なのに水洗いが可能なのだ。水道水で洗った後は乾かすだけですぐ使うことができるので追加費用も要らない。使い方や管理もとても簡単で、製品寿命も半永久、これほど経済的な製品はない。

さらにAirvitaは面積をとるフィルターを無くしたことでコンパクト化と同時に原価を低く抑えることも可能となった。販売価格1万円以下で1カ月の使用で電気料金はわずか10円程度である。まさに一石二鳥の快挙であった。

こうして開発までに数多くの難題と紆余曲折を経て完成した「世界で最もコンパクトで業界初の水で汚れを洗い流せる空気清浄機Airvita」が2002年に韓国市場で発売されることとなった。李氏が最初に新しい空気清浄機を開発しようと思い立ってから、7年という歳月を費やしていた。

しかし、そのクオリテイが業界内では評判になったものの、認知度の低い無名ブランドのせいか、最初の売れ行きは必ずしも芳しいものとはならなかった。


3. 販路を海外からスタートし、国内市場へ逆輸入

当初から李社長は一人で完成した空気清浄機の営業に飛び回った。「この製品に夢を託した従業員たちをガッカリさせないように」という気持ちからだ。しかし最初に販売交渉したテレビショピング会社からはすべて断られた。次にデパートからも店頭販売を断られた。無名の零細企業が開発した製品に対する不信感、市場の反応は思った以上に厳しかった。

「製品開発さえ成功すれば誰もがすぐ買ってくれると思いこんでいましたが、実は製品開発よりもマーケティングがこれほど厳しいとは思いもよりませんでした。」しかし李社長はここでもめげなかった。「一度でも使っていただけば製品の良さが分かるはず」と品質には絶対の自信を持っていた李社長は「国内市場がだめなら海外の市場」とターゲットする販売先を即座に変えたのだ。

そして思った以上にチャンスは早く訪れた。参加した国際展示会のブースに、ある日、ドイツのテレビショッピング会社QVC(注)の副会長夫人が訪れたのだ。実は副会長夫人は当時(空気ダストが原因の)鼻炎で苦しんでおり、毎朝ティッシュペーパーを一箱ずつ使うぐらい症状は酷かった。そこで半信半疑ながら副会長夫人は空気清浄機「Airvita」を試してみることにしたのである。

数ヶ月後ドイツから李氏に連絡が入った。普通なら数か月かかる製品販売審査会を省略して、ドイツのQVC放送でAirvitaの空気清浄機の販売を採択した、という知らせであった。「この空気清浄機を1ヶ月ほど使っているうちに知らずに鼻炎が治っていた」という副会長夫人の推薦によるものだった。

(注)QVC(キューヴィーシー)は、米国で開局した24時間テレビショッピング専門チャンネル。
QVCはquality(品質)、value(価値)、convenience(便利)の頭文字。米国以外に日本、イギリス、ドイツ、イタリアでも放送している。

結果的にQVC放送で99,000ウォン(約7千円)で売り出した「Airvita Neo15」は1時間の放送で1万6千台も売れる大ヒットとなった。海外輸出に力を入れるため、李社長は急いでアメリカ、ヨーロッパ、日本、中国における認定機関から製品性能に対する認定書を取得した。海外からの発注が殺到し、現在はアメリカ、フランス、イギリスなど世界26カ国にまで輸出を伸ばしている。

海外で認められることによって逆に韓国国内市場でも認知度が高まり、現在はテレビショッピングやネットショップでも人気商品の一つとして売れ行きは好調である。2008年スイスジュネーブの国際発明展で金賞を受賞し、韓国でも「発明の日」に大統領賞を、さらに2009年には中小企業女性企業人賞を受賞し、李社長は一躍マスコミからもスポットライトを浴びることになった。


2008年ジュネーブ国際発明展で金賞を受賞した李社長(中央)

4. 革新的な製品を生み出すパワーがあれば、大企業を恐れるに足りず。

「私は大企業の製品より我が社の製品が機能的にも効能的にももっと優れていると自負しています。常に主婦の目線で“もし私が消費者ならどのような商品を選択するか”と考えながら製品を開発しています。今後も「あれ?これが空気清浄器なの?」、といわれるような革新的なデザインの製品を世の中に送り出すつもりです」と李社長は確信に満ちた表情で語ってくれた。

そんな李社長が開発担当者に対して毎日のように要求していることは「一目ぼれして初めて恋に落ちるような製品を開発してほしい」だそうだ。

「周囲からは製品開発の何がそんなに面白いの?と聞かれますが、私は本当に恋愛と同じように製品開発に懸命に勤しんできました。初めて恋をすると全てが新鮮で楽しく、他のことには何も関心がなくなります。新商品を市場に出して、消費者の皆さんが買ってくださるというプロセスは奇跡のようなものですよ」と微笑みながら語ってくれた。

「Airvita」の年間収益は7年間で100倍以上も急増した。そしてさらに2008年には新モデル「S-Airvita」を発売、2010年には「Car-Vita」を開発している。前者はカタツムリのデザインで滑らかな曲線とLED照明で室内インテリアに活用できるように工夫した製品である。重さ152gの超軽量でありマイナスイオンの放出角度を利用して既存の「Neo15」タイプより効果的にマイナスイオンを放出できるように改善した。この商品は韓国の知識経済部が主催した2008年下半期の「Good Design Award」で優秀デザイン賞を受賞した。


S-Airvita: カタツムリの形は環境にやさしいという製品特徴を表している。

最近発売した「Car-Vita」は自動車専用の商品である。見た瞬間、誰もが思わず「これ、本当に空気清浄器なの?」と聞きたくなる可愛い斬新なデザインである。重さ65g、消費電力0.6Wながらも車内の空気浄化はもちろん、煙草の匂い、細菌除去に優れている。李社長が「どんな風に出来上がるか、開発段階からドキドキしてまったく眠れませんでしたよ。」という自信作だ。


Car-Vita:車両専用の空気清浄機。
マイナスイオンを放出し車内環境を快適に維持してくれる優れものだ。。

李社長にこれからの意気込みを聞いた。「小型化の技術は最先端だと自負していますし、これからはサムスンやシャープなど大企業との熾烈な競争にも徹底的に戦うつもりです。世界市場を攻略する戦略も準備しています」と李社長は自信に満ちている。鍵となるのはデザインによる製品の差別化だ。「従来の自動車関連製品は男性が好むようなデザインばかりでしたが、これからは室内用でも車内用でも女性が好むようなスタイルを開発する予定です。」


エピローグ: 飛行機に片道切符で飛び乗った主婦の成功の秘訣とは?

全くの素人だった主婦が成功確率の低い小型空気清浄機の開発を成功に導いた秘訣は一体何だったのだろう、私は帰り道に考え込んだ。結論を一言でいうと「自分が一度決めた目標が達成できるまで絶対ブレない!」ことだ。

大概の人々は自分が選択した道でも「上手くいかなかったらどうしよう」と不安になり途中で迷って諦めることが多い。そしてまた新しい道を選びなおして結果的に無駄な努力と時間のロスを招いてしまう。

しかし李社長はいわば“片道切符で飛行機に乗り”、背水の陣で一直線に道を進んだ。手持ちの財産を全て投じて無一文になっても、夫から離婚されるリスクを抱えても、ひたすら「世界一小さくて軽い空気清浄機を創る」信念はブレなかった。もし経営トップが自社製品に自信がなければ、周りはさらに大きな振動でブレるに違いない。

「結局自分との闘いです。自分との戦いで勝利者になること。世の中に向けて開くドアは、常に自分自身が開けて、そして(仮に諦めるとしても)自分が決めて閉じるのです。」と李社長は真剣な顔で語った。李社長は眠りにつくと今もこんな夢をみるそうだ。大型船舶に自分で開発した「Airvita」を沢山積んで世界中を回りながら多くの人々に与える。受け取った人々の嬉しい表情を見て自らも幸せな気持ちでいっぱいになる、そんな夢である。

ブレないから成功し、成功するから幸せになる。幸せを手に取ることは簡単ではないが一度決めたことに、全力で走り続けば、必ず成功への道が見えてくるかもしれない、それを強く確認させられた取材だった。

2010年12月取材

申 美花(シン ミファ)氏
1986年文科省奨学生として来日。慶應義塾大学商学博士。立正大学経営学部非常勤講師、立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科非常勤講師などを兼任。著書は共著として『Live from Seoul』、『日本企業の経営革新―事業再構築のマネジメント』など。日本と韓国企業における経営全般でのコンサルティング事業にも長年の経験を有する。現在、SBI大学院大学准教授。
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