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シネマ&ブックレビュー
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『日本でいちばん大切にしたい会社』
著者/坂本 光司 あさ出版 1,400円


数カ月前、新聞でこの本の広告を見た。タイトルの付け方が大胆不敵で、どんな会社が紹介されているのだろうかと興味をもって読んだ。

著者は法政大学大学院政策創造研究科教授の坂本光司氏。毎週1〜2日は大学の研究室を飛び出し、さまざまな企業を訪問調査する研究者である。企業の大半は、親しい研究仲間や中小企業経営者からの情報提供やインターネット上での発掘だという。メインで取り上げられている企業は5社。いずれも中小企業である。順番に紹介しよう。


障害者が必要とされる会社

日本理化学工業は、神奈川県川崎市でチョーク(白墨)を製造する会社。従業員約50人のうち7割が知的障害をもった方々だという。話は50年 前に近くの養護学校の教師が、障害をもつ2人の少女の就職依頼に訪れるところから始まる。「その子たちを雇うのであれば、その一生を幸せにしてあげないといけない」と会社は断るのだが、教師もあきらめない。「このままでは働く喜びや働く幸せを知らないまま、施設で暮らすことになってしまう。せめて働く体験をさせてほしい」と頼む。「1週間だけ」と決まって、その1週間が終わりかけた頃、十数人の社員が社長(当時の専務)に「正社員として採用してほしい。みんなでカバーしますから」と要請する。二人の仕事ぶりに心を動かされたのだ。
この会社に著者が訪ねたとき、応接室に白髪の女性がお茶を運んできた。社長は、「彼女です。最初に入った社員です」と紹介する。
多くの企業で障害者の法定雇用率がおざなりにされる中、日本理化学工業のなにげない凄さがわかろうというものだ。


商品を買いたくなる会社

伊那食品工業は、長野県伊那市の寒天メーカーである。ライバル企業が淘汰されていく中で、国内で80%、世界で15%のシェアを誇る。経営理念が素晴らしいと著者は語る。経営理念には「企業は社員の幸せを通して社会に貢献する」とある。さらに「無理な成長は追わない」「敵をつくらない」「成長の種まきを怠らない」という3つ の経営方針をもつ。ここまでなら、がんばっている会社もありそうに思うが、この会社が凄いのは、単なる形ではなく社員の隅々にそれが浸透していることだろ う。わかりやすい例として、著者がバスをチャータして同社を訪れた際のエピソードを紹介しよう。バスのガイドさんがトイレを借りようと社内に足を踏み入れ る。すると社員全員があいさつをし、「トイレを使わせてほしい」というと、わざわざトイレまで案内してくれたとある。彼女のコメントが圧巻である。「バス ガイドだと知るとほとんど無視されます。そんな私に対して、あたたかく接してくれ、感激・感動しました」。参加者が感想を述べ合う場で、「私にもひと言」 と彼女が身を乗り出して語ったという。


過疎が進むふるさとで「人を支える会社」

中村ブレイスは、島根県太田市駅からタクシーに乗って2〜30分 という不便な場所にある。同社は、耳や鼻、指や腕、脚、女性の乳房などの義肢装具の製作会社だが、この会社には日本中から入社希望者が集まり、世界中から お客様が集まる。なぜだろう。秘密は社名の「ブレイス」にある。ブレイスは「支える」の意だが、「人を支える」ことへの共鳴だという。両足をなくしたモン ゴルの少年。中学生のときに事故で片足を失った少女の中村ブレイスへの就職の話。これらをとおして見えてくるのは、人々が必要とするものづくりの可能性だ ろう。カッコイイものだけがものづくりではない。役立つものをつくるという使命感に裏付けられたものづくりも評価されてしかるべきだと、著者は語りかった に違いない。いい仕事ができる会社は、どこにいても凄いのだと実感できる。



地域に生き、人と人を結ぶ会社

柳月は、北海道帯広市を拠点に北海道内に40店舗を展開する菓子メーカーである。いわゆる高級菓子ではなく1個160円ほどのショートケーキなどが地元民から人気だという。この会社には「5つの使命」がある。紙面の都合で簡単に書くと、(1) お菓子を通じた家族の団欒 (2) 安い価格で提供する (3) おいしく、安全で衛生的 (4) 地域になくてはならない会社 (5) 食文化の向上である。
こう書くといずれも当たり前だが、同社の隠れた強さは、“感動づくり”にあるようだ。同社が2001年につくった3万4,000平方メートルの十勝スイートピア・ガーデンには、年間約60万人が押し寄せるという。
朝から行列ができる先が、サンドイッチをつくる際に出るパンの耳でとてもおいしいとか、子どもたちがお母さんのためにつくる誕生日ケーキのコーナーが評判だとか、買い物に行けばお茶やコーヒをサービスしてくれるとか…。遠い北海道だが、行って見たくなる会社である。


高価なメロンが年8,000個も売れる会社

杉山フルーツは、静岡県富士市の吉原商店街にある。シャッター街も目立つ普通の商店街で家族5〜6人が力を合わせてがんばる果物屋さんなのだが、売上げは右肩上がりだという。その強さの秘密は、贈り物需要に特化したこと。そしてもう一つはイベントだという。広告宣伝ができないのなら、テレビに取材に来てもらえるイベントをと考えたものだ。お客は平日で100人、土日は150人。ほとんどが個人用で、客単価は3,000円から5,000円。 東京・大田市場で店主が自分で目利きをし、食べて確かめ、箱で買ってきた果物は、全部バラして入れ直すのだそうだ。そこで本当によい物、新鮮なものを吟味 するため、客からの苦情はないという。杉山フルーツは客に親切丁寧なうえに、年中無休。いまでは店主がつくった生ゼリーが好評で、全国からも注文が来るよ うになった。故郷の母親への果物を注文したある客の言葉、「あなただから頼むんです。あなたなら私の思いを果物をとおして母に伝えてくれると思うか ら…」。顧客満足度の高い店なのである。


会社は誰のものか、という古くて新しい課題。著者は「社員とその家族」「外注先・下請企業の社員」「顧客」「地域社会」「株主」の順だという。CSRが語られるようになって、大手企業の中には課員10〜20人のCSR室をもつ企業も珍しいことではなくなった。だが、本書で述べている企業に共通するのは形ではなく、心である。心を忘れたCSRは、やらないよりはましだろうが、それ以上ではない。