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シネマ&ブックレビュー
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『ワーキングプア 解決への道』
著者/NHKスペシャル『ワーキングプア』取材班・編(ポプラ社 1,200円)


総選挙も終盤である。この書評が掲載される頃には、選挙の大勢が判明しているだろうか。自民が巻き返すにしろ、民主がなだれを打って勝つにしろ、雇用なかんずくワーキングプアの問題はわが国が安定した社会を取り戻すのに避けては通れない問題となろう。本書は、2006年7月から2007年12月までにNHKスペシャルが取り上げた『ワーキングプア』3部作のうち、『ワーキングプアⅢ 解決への道』取材班がまとめたもの。ポプラ社から発刊されたシリーズ2作をまとめた『ワーキングプア 日本を蝕む病』が実態編とすれば、本書は解決編と銘打った点が目新しい。


働いても生活保護水準以下の暮らし

わが国では勤労者の3人に1人が非正規雇用である。就職難から若者たちが仕事にあぶれホームレスに転落するケースも珍しくない。さらには仕事をかけもちする母子家庭の母親、80歳になっても働き続ける高齢者たち。地方の町は疲弊したシャッター街が連なり、雇用の場はますます狭まっている。
本書では、わが国のワーキングプアを「働いているのに生活保護水準以下の暮らしを強いられる人」と定義しているが、NHKスペシャル『ワーキングプア』の「Ⅰ」「Ⅱ」で取材した人たちのほとんどが、いまだにワーキングプアから抜け出せないでいたとある。それだけ“解決への道”は簡単なものではないのだろう。


問題解決を模索する主要国の取り組み

(1) “非正規大国”韓国の苦悩
ワーキングプアからの脱出を模索する本書では、わが国と同様の問題を抱える韓国、米国、英国の現状と解決に向けた取り組みについて探る。まず韓国だが、1997年のIMF経済危機をきっかけに企業が人件費の削減を進め、非正規雇用が一気に広がった。非正規雇用の割合は2人に1人と50%を超え、大学卒業者も簡単には正社員になれない状況だという。そんな韓国で取られたのが非正規保護法。一定期間働いた労働者の正社員化を義務づけたものだが、法の施行前に駆け込みで解雇に走るケースや正社員化の対象にならぬよう一定間隔をおいてから再契約するなど抜け道も横行している。韓国の専門家は、「経済がよくなれば解決するという見方もあるが、経済がよくならない以上、社会が責任を担わなければならない。バラバラだった福祉や教育、職業訓練などで一貫性をもったプログラムが必要だ」と語る。

(2) “ワーキングプア先進国”アメリカでの試み
アメリカでは、ワーキングプアを「年間27週間以上仕事をしながら、所得が国の定める貧困ラインよりも低い層」と定義している。総労働人口の20人に1人、実に740万人がワーキングプアだという。これまではシングルマザーや人種問題が背景にあったが、花形だったIT産業でも海外への仕事の移転が進み、白人のホワイトカラーにもワーキングプアが広がっている。ただし、この国にも参考にすべきワーキングプア対策はあった。州政府などが「最低賃金」の引き上げや「リビングウェイジ(生活賃金=人間らしく暮らすのに必要な給与)運動」を展開しているのだ。南部のノースカロライナ州では地域の衰退がワーキングプアを生んだとの反省から州政府がイニシアチブを取って「グローバル化の影響を受けづらい」バイオテクノロジー関連の企業誘致を進め、希望する住民に遺伝子組み換えなどの教育を進めている。面白いのは、地元民を受け入れる企業側のスタンス。長年地元で暮らし、地元から離れたくない人を優先的に採用しているのだ。「いずれ会社を去るかもしれない人に高い教育コストを掛けるより、長く勤めてくれる人に投資をしたい」と。州政府が130億円の初期投資をした一連のプログラムは地元民に高い経済効果をもたらしている。

(3) 貧困の連鎖を防ぎ、自立を支援 イギリス
親の貧困が子どもに影響を与えるのは日本だけではない。イギリスで貧困率ワースト1といわれるリバプールでは、貧困の連鎖を防ぐため、「相談員」の肩書きをもつ大人たちが町にたむろする若者たちに声を掛け、仕事や住まいの相談に乗る。こうした取り組みは国を挙げたもので、若者を社会につなげるという意味から「コネクションズ」と呼ばれる。イギリスでは、義務教育終了後の16歳から18歳の無業者が9%、およそ16万人にも上るという。コネクションズの役割は若者たちに働きかけ、マンツーマンで支援にあたること。ときには職業訓練の機会さえ提供する。こうした職業訓練に協力する企業は「社会的企業」と呼ばれ、ブレア前首相のもとで補助金の交付や税制面の優遇措置がなされた。また、職業訓練生には最低賃金に見合う給与が与えられ、職業訓練の間も安心して訓練に専念できるようにしている。イギリスでは、シングルマザーにも育児支援と就労支援が行われる。また、ブラウン現首相の就任とともに、わが国の厚生労働省、文部科学省、経済環境省にあたる官庁を統合し、「こども・学校・家庭省」という省庁をつくった。子どもや若者の目線で縦割り行政の弊害を改めたといったところか。


できることから素早く 問われる日本の対応

ワーキングプアに陥った人たちに共通するのは社会からの孤立。真面目な日本人には生活保護をもらう後ろめたさがハードルとなって立ちふさがる。取材班は北海道釧路市を訪ね、最後のセーフティーネットと呼ばれる生活保護受給者の実態を探る。釧路市ではワーキングプアからの脱出に生活保護制度を使う一方、独自の自立支援プログラムを立ち上げている。その特徴は、就職を決めて1人立ちするまでにいくつものステップを用意していることだろう。たとえば、支援対象者にボランティア活動を経験してもらうステップでは、市内の13のNPO法人が受け入れし、行政とのパートナーシップを組む。3歳の子どもをもつ母子家庭のSさんに対して、自らも同じような体験をもつ自立支援員と呼ばれる嘱託職員Nさんが協力する姿は、まさに「希望」そのもの。痛みを知る人間が本気で支援することの大切さがにじむ。自立支援の活動は、他の自治体でも始まっているが、まだまだ一時しのぎのものが多いようだ。

社会保障の体系を企業任せにしてきた日本。多くの企業がゆとりを失う中で、企業から放り出された人々を守る確かな仕組みはいまだ生まれていない。仕事は収入を得る手段には違いないが、人間の尊厳に深く関わっている。仕事をいかにしてつくるか。仕事をいかにして分かちあうか。経済大国の真価が問われている