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シネマ&ブックレビュー
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「もっともっと」ではなく「じゅうぶん」と思うこと
『幸福王国 ブータンの智恵』
著者/アスペクトブータン取材班 アスペクト 1,580円


ブータン王国がどこにあるか、はっきり答えられる日本人は少ないだろう。中国とインドにはさまれた大ヒマラヤ山脈の南麓、ネパールの隣に位置する小さな国なのである。人口は63万5千人。国土のほとんどは急峻な山と谷から構成されている農業国である。
長らく続いた鎖国を解き、外国人観光客を受け入れたのは1991年。いまから20年ほど前。国王自らが議会制民主主義への移行を推し進め、2008年には選挙で初めて首相が選ばれた。日本でいえば明治維新を迎えたばかりといってよいだろう。
本誌は、そんなブータンに日本の出版社である㈱アスペクトが取材班を送り、総理大臣をはじめ教育省事務次官、ブータン研究センター所長、文筆家、会社役員、旅行会社代表、高校生など多数の人々に取材をしてまとめたものだ。


幸福王国が目指すもの

まず、なぜ、いまブータン王国なのかという素朴な疑問に答えなければならないだろう。実は、ブータン王国は「GNH(グロス・ナショナル・ハピネス=国民総幸福量)」という独自の基準を第4代国王が発案した国として、知る人ぞ知る国なのである。ご存じのように国の経済力を計る言葉としては、「GDP(国内総生産)」や「GNP(国民総生産)」が知られるが、ブータン王国は経済力だけで国民の幸福は計れないとして、「GNH」なる独自の指標を設定したわけだ。
ちなみに同国の国民調査によれば国民の97%が幸せだと答えているという。
本書の各ページに掲げられたタイトルを読むだけでブータン王国が目指す「GNH」なるものの姿が伝わってくる。

いくつか象徴的なものを列記しよう。
「GNPよりGNHが大切です」「外国からの援助ばかりに依存しません」「アメリカなどの大国とは付き合いません」「だれでも国王に会うことができます」「巨大なダムはつくりません」「観光客は無制限に呼びません」「外貨をもたらす登山隊より、畑で働く人を大切にします」「貧しくても学べるように、教育費はただです」「国じゅう、禁煙です」「小さな子どもでも英語がペラペラです」「みんな、三世代、四世代の大家族です」「男性は女性の尻に敷かれていることもあります」「孤児はいません」「一夫多妻が認められています。でも、財力がないと無理です」
どうです? 少しはわかるような気がしませんか。


大いなる実験の意味

人間の歴史は、“豊かさ”の追求にあったといえば、異論のある人は少ないだろう。資本主義か社会主義かで熱い戦争や冷たい戦争がぼっ発した20世紀。こうしたイデオロギーも突き詰めれば“豊かさ”を達成する手段にすぎなかった。だが、その資本主義も社会主義もいまでは大きな曲がり角に立つ。「GDP(国内総生産)」や「GNP(国民総生産)」に代表される経済力だけでは“豊かさ”や“幸せ”を実感できないのは、世界第1位の経済大国・米国や世界第2位の経済大国・日本でも証明ずみといえよう。「GNH」のような新しい価値基準が生まれてもなんの不思議もないのだ。
ブータン王国では、どこかの国のように無理な開発はしない。産業の振興よりも自然環境の保持を優先し、人々の暮らしの中にある伝統文化を守り、ゆっくりと近代化を進めようという方針だ。

ブータン王国の人たちが海外に出かけると、「日本人か?」とよく聞かれるという。モンゴリアンとしての外見だけでなく、男性も女性も日本の着物によく似た衣裳を着けるからだろう。日本が守り続けてきた「世界第2位の経済大国」 という称号も2010年には中国に代わられようとしている。
日本が追いかけるのは、これからも米国や中国のような経済優位の社会モデルだろうか。自動車が国全体で3万台足らず、電話が3万4千台という国で、国民は十分に満ち足りた暮らしを続けているのである。