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Home > 識者に聞く >  (株)大和総研経営戦略研究部長 河口真理子

環境対応で企業は強くなる

当初、環境対策というのはコストアップ要因だと考えられてきました。たとえば、煙突から煤煙が出ないようにするには排煙脱硫装置を付けます。河川に有害な廃水を流さないためには浄化装置を付けます。つまり環境対策=コストアップだと見なされていました。環境対策に熱心な企業ほどコストが膨らみ、企業価値の向上には結び付かないと見られていたのです。
ところが環境マネジメントが進んでくるとCO2を減らす取り組みは、新たな効果を生み出しました。エネルギーの使用量が減ったり、製造工程から不要なごみを出さない工夫に加え、製品そのもののデザインを見直すことで原材料コストを抑えたり、部品点数を削減する動きにつながり、開発時間の節約や工場稼働率の向上に寄与しました。同時に、環境に配慮する企業は、企業イメージでも優位に立ち、ブランド力の向上にも寄与することが明らかになりました。企業価値向上と環境マネジメントには正の相関関係があったわけです。
昨日、私は(株)リコーの谷達雄社会環境本部長にお会いしました。90年代、リコーの業績はかなり悪かった時期があります。当時、谷さんは製品の部品をスリム化させる部署にいたそうですが、部品の共通化で開発費用が150億円も削減できたそうです。その当時、私はアナリストとしてリコーを担当していましたので、決算説明会で社長から「部品の共通化で150億円削減しました」という話を聞いた記憶がありました。
98年ごろになって環境の取り組みを本格的にやると、部品の共通化は工程のムダも削減しますし、環境負荷の削減にもつながるということが明らかになりました。最近はそうした事例が他の企業からも出されています。

社会的な取り組みにも目を向ける

2000年以降、海外では人権問題や労働問題が企業のブランド価値に影響をもたらすようになってきました。有名企業が途上国で児童労働をさせているといったニュースがマスコミに取り上げられると大きな反響を呼びました。欧米ではそれが不買運動に広がることもありました。ということで1990年代以降は「資産運用の評価にあたってはCSRを含めた全体的な企業評価が必要」ということになりました。
財務評価だけだと、そのような面はなかなか見えてきません。人権問題や労働問題への対応がリスクになったりビジネスチャンスになったりするのを目にすると、EとSとGの部分もしっかり見ましょうねということになり、この分野の投資を専門と考える投資機関も増えてきました。
歴史的な変遷を振り返ると、社会的責任投資というのは初めのころは社会的なリターンを求めるという側面が強かったのですが、最近では経済的なリターンもそれに付いてくるという見方に変わりつつあります。
これまでESG投資などの社会的責任投資は、主流の投資手法とは見なされてきませんでしたが、いまではかなり浸透しています。

国連が決めた責任投資原則

社会的責任投資の広がりに大きな役割を果たしたのが、2006年4月に国連グローバルコンパクト(世界的なCSRの先導役)と国連環境計画金融イニシアチブが共同で策定した責任投資原則です。
この投資原則に署名できる団体は、巨大な年金を運用する年金基金などの資産所有者、その運用会社、情報サービス提供機関に限られます。最初はわずか20機関だったものが、2ヵ月後の2006年6月には71機関に、2009年11月現在では639機関に拡大しました。署名した機関の資産所有者または運用会社が運用する総資産は18兆ドル(約1,800兆円)に及ぶということです。639機関のうち日本は13機関ですが、アメリカで97、欧州で91などとなっています。時価総額から見ても日本の署名機関数はまだまだ少ないということがいえます。
署名団体は、自分たちの投資の中にESGの価値を入れ込むと同時に、署名機関同士が集まってアクションも起しています。たとえば2009年1月には38の署名投資家がグローバルコンパクトの署名企業130社にCSRレポートの評価を送りました。エアフランスやスターバックスなど25社が高い評価を受ける一方、100社以上の企業は改善が必要との評価を受けています。

リーマンショックからいかに立ち直るか

マーケットの状況ですが、欧州などでは2年に1回しか発表されていません。現在、欧州では2007年までのデータしか出ていませんが、2002年から2007年の5年間で8倍の2兆7千億ユーロ(約330兆円)となっています。また、アメリカでは1995年から2007年の12年間で4.3倍の2兆7千億ドル(約270兆円)に膨らんでいます。
欧州もアメリカも社会的責任投資マーケットの9割以上は機関投資家の資産となっています。最近では、タイ、ブラジル、韓国などのエマージング市場でもその兆候が出てきています。
直近のデータがないかということで調べて見ました。カナダはかなり小さい市場ですが、リーマンショックさなかの2008年まで入っているのですが、2006年の責任投資原則の署名が行われるようになって以降、急速に運用資産が増えています。
ただ、これらは直近の市場状況が分かりません。唯一分かるのが日本の市場なのですが、私ども社会的責任投資フォーラムで3カ月に1回ずつ集計したものによれば、ピークは2007年の9月、ボトムが2009年の3月となっています。この資料で見ればリーマンショック以降はピークから6割減と下がったものの、2009年3月のボトムから半年で3割増と回復基調にあります。大雑把にいうと欧米も含めてこの間のリーマンショックで純資産残高は半減したものの、戻しつつあるという状況ではないかと思われます。
先ほど欧米では年金基金などを運用する機関投資家が中心というお話をしましたが、日本では年金基金はいまの段階で約500億円から800億円程度と思われます。その点でも欧米に比べるとかなり見劣りするのが実態です。
ESG市場の今後の予測ですが、2015年までに2007年の5兆ドルから26.5兆ドルと全運用資産の15〜20%に拡大すると見られています。その内訳ですが、欧州が14.2兆ドル、アメリカが9.5兆ドル、アジアが2.8兆ドルです。背景には社会的な関心、つまり地球規模の気候変動などの問題に関連してグリーンイノベーションへの期待があります。人類の英知に希望を託し、未来に責任をもてる投資をしようという声が高まっています。

本原稿は11月26日に宝印刷(株)などが開催した「ESG(環境・社会・ガバナンス)と企業価値評価の新潮流」というセミナーで河口真理子さんが講演したものを、ご本人の承諾を得て編集部で要約したものです。文責はCSRマガジン編集部にあります。