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公益財団法人旭硝子財団 2010ブループラネット賞受賞者
私たち自身、そして未来の世代のために出来ること
ジェームス・ハンセン博士(米国)、ロバート・ワトソン博士(英国)に聞く [Part 1]


2011年新年冒頭は、公益財団法人旭硝子財団 2010ブループラネット賞受賞者である世界的な二人の科学者、ジェームス・ハンセン博士(米国)とロバート・ワトソン博士(英国)へのインタビューを2回にわけてお届けする。 両博士は科学的な業績はもちろん、長年にわたり積極的に政策提言を行ってきた。二人に共通するのは、業界団体からの抵抗や多様な価値観の対立など様々な現実に直面しつつ、問題解決への道筋を説き続ける科学者としての熱い使命感だ。
Part 1では、世界でいち早く気候変動による危険性を予知したジェームス・ハンセン博士をご紹介したい。


私たちは皆、一つの同じボートに乗っています。 未来の世代のために、戦うのに年齢は関係ありません。

ジェームス・ハンセン博士に聞く


ジェームス・ハンセン博士
Dr. James Hansen(米国) [1941年3月29日生まれ] NASAゴダード宇宙科学研究所ディレクター、コロンビア大学地球環境科学科客員教授

世界でいち早く“地球温暖化”の危険性を予知し、1980年代に米国議会で証言するなど、気候変動の影響を縮小・緩和するために直ちに行動すべきであることを、政府を含む世界に向けて提言し続けている。近年は2008年6月に米国議会で「気候は今やティッピング・ポイント(閾値)に近づきつつあり、これを超えると大気の状態に人類の手に負えない破壊的変化が生ずる」と証言した。

化石燃料が最も安い限り、クリーンエネルギーへは移行しない

Q. 現在、ハンセン博士は、最も現実的かつ迅速に二酸化炭素の排出量を削減する手法として「課金と配当」(Fee-and-Dividend)を提唱されています。
ハンセン:まず最も重要かつ基本的な事実を申し上げたいのですが、それは“化石燃料(天然ガスや石油など)が世の中で最も安価なエネルギーである限り、人々は化石燃料を使い続ける”ということです。

いくら政府が再生可能エネルギーや代替可能エネルギーの使用を奨励したとしても、価格が高ければ市場経済の中で使われる量の割合は小さい、クリーンエネルギー等が化石燃料と競合しうる価格を形成する必要があります。
そのために、私は化石燃料---つまり石油、ガス、石炭を販売する企業等(例えば鉱山から現材料として発掘し、販売する企業等)に社会的対価を課す、一定の料金を支払ってもらい、徴収した全額を市民に還元する「課金と配当」と呼ぶ方法を提案しています。

具体的には、例えば鉱山から化石燃料を発掘して国内外へ輸送する窓口となる港湾等を通過する炭素の量によって課税します。ここでのポイントは、徴収額は炭素の量に比例させ、また徴収したフィーは住民等に平等に分け与えられるという点です。

これによって現在は安価に抑えられている化石燃料の価格が上昇し、一時的には住民への負担となります。しかし、化石燃料とクリーンエネルギーが同じ市場価格、両者が競合しうる価格となる、この方法が最も化石燃料ベースの経済からクリーンエネルギーベースの経済に移行するための現実的かつ効果的な方法であると考えています。

Q. 博士は「課金と配当」によって、一般市民の間にも気候変動により地球が破壊される危険性への認識が広がること、環境問題に一般市民を巻き込み政府を動かす力となることを期待していると伺いました。
ハンセン:米国での現状を申し上げると、残念ながら、科学者の認識と一般市民の認識は非常に大きなギャップが存在し、そのギャップはさらに大きくなりつつあります。 その背景として、いま現在、化石燃料を使ってビジネスを成功させている人々(業界)から環境問題に関して人々を混乱させるような働きかけがあるのも事実です。

私たちが知っているべき基本知識 1
地球は奇跡的に生命が存在するに適した温度を保ってきた

(上記はハンセン博士のブループラネット賞受賞記念講演資料)
3つの惑星---火星(Mars)、地球(Earth)、Venus(金星)はいずれも二酸化炭素を含む大気の膜を表面に被っており、火星、地球、金星の順で大気の膜は厚くなる。二酸化炭素には温室効果があり、太陽光によって暖められた熱をいわば閉じ込める。結果的に、火星は非常に寒く水分が全て凍りつき、金星は暑すぎて水分は沸騰して大気中へ蒸散してしまう。3つの惑星の中で、地球だけが生命が存在するのに適した温度を保っている。

化石燃料に依存してビジネスを行っている業界の人々は、科学者の言う“現在の急激な気候変動が(自然な現象ではなく)人間の活動によるものである”という話は疑わしい、ひどい場合は「作り話、でっちあげ」であるとさえ言っています。そして、多額の費用をかけて反論し、一般の人々の認識を混乱させようとしています。

この件に関して、残念ながらマスコミはあまり我われのサポーターではありません。マスコミは毎日のように、気候変動に関する科学者からの問題提議をとりあげる一方で、懐疑的だとする意見もとりあげ、結果的に一般市民が正しく科学を理解することを阻害しています。

私たちが知っているべき基本知識 2
人間は自然の変化の2万倍の早さで大気中二酸化炭素を増やし続けている

(上記はハンセン博士のブループラネット賞受賞記念講演資料)
人間は現在、大気中の二酸化炭素(CO2)を年間約2ppm増やし、2010年時点で389ppmに達している。科学者は地球の保全のために350ppm以下を目標とすべきと考えている。そのためには石炭からのCO2排出を迅速に減らす、タールサンドのような環境コストの高い化石燃料の開発を行わない、石油とガスを最後まで使い切らない、の3つが大原則となる。

Q. 日本政府も含めて各国は排出権取引をCO2削減に向けた施策の一つとして検討してきましたが?
ハンセン:ハンセン:キャップ・アンド・トレード(注)は、役に立たない(useless)とは申しませんが、効果的ではない(ineffective)と考えています。数兆ドルの規模を持つ炭素市場を形成することは、金融機関の関与を避けることはできませんし、金融技術によって数十億ドルを稼ぎ出すこともできるという意味では大型銀行や化石燃料利権団体には好まれるでしょう。しかし、世界レベルで排出の削減を導くものではありません。そもそも、インドと中国などは自国に排出枠を割り当てられることを受け入れないでしょう。
冒頭に申し上げたように、早急に化石燃料が最も安価であるという現状の経済システムを変えるしかありません。

編集部注:キャップ・アンド・トレードは排出権取引における代表的な仕組みの一つ。
◎「CSR勉強会:排出権取引って何ですか?」はコチラ→


Q. ハンセン博士は「課金と配当」の仕組みを米国と中国の二国間で最初に導入することが重要であり、またそれは可能であると仰っています。CO2排出量の二大大国である両国が国益を超えて合意するのは難しいのではないでしょうか?
ハンセン:それでも、我々は“地球という一つの同じボートに乗って”います、本来、CO2削減とクリーンエネルギーへの移行は全ての国と人間にとってメリットがあるのです。私は中国にもその認識があると考えています。

現実に、中国は化石燃料を使った経済発展にともない、大気汚染や水質汚染に苦しんでいます。さらには、中国では海面ぎりぎりの付近に住む人口が2億5千万人ほど存在します。化石燃料を燃やしつづけ、気候変動におけるティッピングポイントを超えて、海面がさらに上昇して土地を侵食する、それは直接的に中国に住む数多くの国民に影響するのです。

既に中国自身がクリーンエネルギーや原子力発電への積極的な投資を行っていることからも、彼ら自身にも、クリーンエネルギー経済への移行が望ましいという認識があるのです。中国自身は米国のように化石燃料に頼りきるような国にはなりたくないと思っているわけです。
化石燃料に対価を課すことに対して、中国サイドが納得しうる理由はたくさんあるのです。

Q. 環境問題を解決していくには、司法の力も必要と仰っていますが?
ハンセン:化石燃料利権団体のロビイストたちは政治家に働きかけ、自分たちの業界や企業に都合良くルールを変えたがります。法規制やルールの変更は常に一般の皆さんにも分かりやすい手続きを踏み、本当に一般の人々が恩恵を得るシステムにする必要があります。しかし、先ほどから申し上げているように、彼らは科学者の提言を必死に否定しようとしています。

われわれは真実を正確に伝えることに最大の努力をしなければなりません。
そのための最善の方法の一つが司法を巻き込むことだと考えています。

理性のある裁判官であれば、法廷にきちんとした科学者を呼び、環境への取り組みの正当性を明らかにできるのではないか。さらには、現在の環境問題は“モラルの問題”でもあるという観点から、司法によって政府へ環境施策の執行を命ずることが出来る可能性があります。

つまり、今現在の地球環境の危機は、化石燃料を燃やし続けてきた大人たちによってもたらされました。自分たちの利益を追求し続ける上の世代の行動が、子どもたちや若者の未来に影響を与えてしまう。これは全ての人々が平等に社会から恩恵を受けるという基本理念に明らかに反している、世代間の公平性を損ねる問題だと言えます。
ですから、私は一つの方法として、環境問題を法廷の場に持ち込むことで、科学が必要だと証明した排出削減を司法が政府に要求する、それによって現実的に環境への取り組み推進できるのではないかと考えています。

Q. 全ての世代へのメッセージをお願いします。
ハンセン:若者に言いたいことは、自分の権利のために立ち上がってほしいということ。自分自身、そしてあなたの子どものために、将来を約束する行動を政府にとるよう要求してください。そして年配の皆さんに言いたいのは、若者が継承する世界を守るために若者の側に立って戦ってほしいということです。戦うために年を取りすぎているということはないのです。

2010年10月取材