移動する喜びを拡大する”2つの試作機
「ASIMO」の開発者たちが追いかけるもう1つの夢<
(株)本田技術研究所主席研究員 広瀬真人
バイクやクルマの先進技術で知られるHonda。人間型ロボット「ASIMO」に代表される二足歩行技術でも先頭を走る。その「ASIMO」で磨いた技術を応用させたのが歩行アシスト技術。身体にハンディをもった人々や身体に負荷の大きな作業を必要とする人などの“移動する喜びを拡大する”2つの試作機に、介護・リハビリの現場や生産現場から熱い視線が注がれる。開発を統括した(株)本田技術研究所主席研究員の広瀬真人さんにお話を聞いた。
Hondaのロボット研究の始まり、
「鉄腕アトムをつくれ」
Q:歩行アシスト試作機の開発は、「ASIMO」に代表される人の二足歩行の研究をもとにスタートしたようですね。ただ、一般の方はHondaがなぜロボットなのかという素朴な疑問もあるようですが。
広瀬 Hondaはずっとモビリティのリーディグカンパニーを目指してきました。バイクやクルマだけでなく、移動体の技術に特化して、社会に貢献するのが目標でした。私が入社したての頃、いくつかの開発テーマの1つとしてロボットが選ばれました。キーワードは、“どこにでも行ける”というものでした。地球上の7割くらいはいまでも荒地です。クルマやバイクが通れる道はごく一部にすぎません。そこを自在に歩く・走る・登るとなると、手と足を使う“人間の姿”こそが理想だという結論になりました。
広瀬 主席研究員
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Q:当時、広瀬さんにはどのような指示がありましたか。
広瀬 Hondaの指示命令は常にシンプルです。「鉄腕アトムをつくろう」という一言だけでした。当時、人間型のロボットは大学などでも研究されていましたが、電子制御、素材の軽量化、電装技術などで大きな壁に突き当たっていました。たしか入社3日目だったと思いますが、そんな指示を聞いて「できるわけがない」と思ったものです(笑)。ただ、会社にも狙いがありました。人間型のロボットが実現できれば人々の生活の役に立つだろうということは当然ですが、万一、それが外れてもロボットの研究をとおして電子制御、素材の軽量化、電装技術などの技術の蓄積が進むと考えていたのです。
まず、人間を知ることから
Q:「ASIMO」の研究は1980年代の半ばからと聞いています。いちばん大変だったのはどんなところでしょうか。
広瀬 二本足で歩く”ということにつきます。“歩き”のメカニズムを調べるため、人間の歩行だけでなく動物の歩行の研究・解析も行いました。動物園に出かけて動物たちの歩き方を一日中観察しました。また、自ら義足やギブスをつけて歩いたり、目隠しをして歩いたりもしました。人間の平衡感覚は、いくつものセンサーの働きで成り立っています。それと同じことをロボットで実現するのはかなり高いハードルでした。実験の末にたどりついた1つの結論は、「人間と全く同じ歩き方でなくてもよい」ということ。姿勢を保つ機械構造をシンプルにし、職人技の制御プログラミングでなんとかメドを立てました。「ASIMO」がベタ足気味なのにはそんな理由もあるのです。
Q:歩行アシスト試作機の開発のきっかけは、いつごろ、どのようなきっかけで始まったのでしょうか。
広瀬 「ASIMO」の開発にメドが経った1999年頃、将来をにらんだ次のシーズを検討しようということになりました。次の10年を見据えたテーマとして「エネルギー」「環境」と並んで「高齢化社会」というテーマが掲げられました。実は、80年代の半ばから国の機関でも高齢化社会をにらんだ、さまざまな取り組みがスタートしており、Hondaでも「ASIMO」で蓄えた技術を使って、歩行が不自由な方の杖代わりになるモータ付きの機器のアイデアを検討したことがあります。ただ当時は、よりHondaらしいのはスポーツギアなのではないかということで、そちらに関心が向いていました。“速く歩く”ないしは“速く走る”を手助けする機械です。私自身も、まだロボットが歩けもしないときから、カール・ルイス(米国の短距離走者でオリンピックの金メダリスト)より速く走るロボットができないかと考えていたこともありました。
Q:歩行アシストの研究は順調に進んでいったのでしょうか。
広瀬 高齢者の方々から「移動する喜び」を遠ざける歩行機能の低下や歩行障害への対応は、Hondaにとっても挑戦するに値するテーマでした。しかし、1999年からスタートした歩行アシストの基礎研究プロジェクトは、自立して歩くロボットの研究とは異なり、人間の歩行をアシストするのが目的だったので、ASIMOの研究とは考え方も方向性も全く異なるものでした。翌年、人間の足の四つの関節をモータの力でアシストするアシスト機の原型ができましたが、全身装備型の大掛かりなもので、無理やり機械に歩かされているという感覚でした。いろいろな試行錯誤はありましたが、内部では当初から「歩幅と歩行」のリズムを調整して歩行を手助けする「リズム歩行アシスト」*と、「体重を支える力」を補助することによって負担を軽減する「体重支持型歩行アシスト」*の研究が進められていました。
*「リズム歩行アシスト」は加齢などで脚力が低下した人の補助機器。「体重支持型歩行アシスト」は歩行や階段昇降、中腰などの負担軽減を図る機器として開発。