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海外CSR情報
景気減速をよそにCSRへの信念を曲げないアジア企業
フィル・カイン(Phil Cain)著



長引く世界的な金融危機という点から見ると、アジアの企業はその社会的責任プログラムをあきらめてしまう可能性があると考えられていたが、業界関係者によれば、今回の危機はアジア企業の社会的責任(CSR)の取り組みにおいて、むしろプラスの効果をもたらしているという。一方で、環境ビジネスを専門とする投資マネージャーたちは「この分野の開拓に向けて継続的な動きが存在する」と口を揃える。

マレーシアおよびシンガポールで事業を展開するCSR関連のコンサルティング会社であるOWWコンサルティングの最高経営責任者、ジェフリー・ウィリアムズ(Geoffrey Williams)氏は次のように語っている。「金融危機の影響は産業によって異なりますが、大まかに言えばアジア地域において、今回の危機はCSRにプラスの影響をもたらしています。
不可抗力と言える要因が原因であるため、いずれにせよ経済的には悪い結果がもたらされることになると多くの企業は腹を据えています。だからこそ、こうした企業は自らの基本的なビジネスモデルが健全であることを証明するために、財務以外の業績に関する情報を有効に提供することができるのです。具体的に言えば、とりわけ金融セクターの企業などはリスクにうまく対処していることを示すために、自社のコーポレートガバナンス(企業統治)に関する業績を力説しています。」

「他のセクターの企業は、よりコスト効率の高い環境管理方法の導入によってもたらされた温暖化効果ガスの排出量の削減を示したり、『グリーン・アジェンダ』に則った新製品の開発などを示したりするために、それぞれの環境に対する確かな実績を強調しています」とウィリアムズ氏は述べている。「弊社がサービスを提供する市場ではリストラはそれほど行われていませんから、多くの企業は自社のスタッフが苦労をしていないという事実を示すために従業員ポリシーを強調しています・・・弊社が事業を展開している市場で唯一人員削減が行われているのは、多国籍企業の需要低下と人員削減を原因とする自動車産業です。」

CSR関連のアドバイザーによってはCSR活動の測定尺度の予測不可能な変化について心配する者もある。しかしながら、それでもやはり「最終的には金融危機がもたらす長期的な影響はプラスのものになる」という評価には彼らもまた同意している。コンサルティング会社であるCSRアジア(CSR Asia)のエリン・ライアン(Erin Lyon)氏はこう指摘している。「一例として作成されるCSR報告書の本数を挙げることができます。CSR報告書の数はこの分野における活動の有力な指標の一つとされていますが、この数は今年も増加しているのです。」

たしかにアジア地域ではCSR担当マネージャーの人数は減少しており、CSRをテーマとした会議の数は1ヶ月につきほぼ1件からこの分野の有力ブランドが集まった小規模な核となるグループが開催する会議へと劇的に減ってしまっているが、「CSRに対するメディアの関心は一般に拡大しています」とライアン氏は語っている。

コミュニティーへの投資プロジェクトもまた継続的な取り組みの証拠である(ただし従業員のボランティア・プログラムはしばしば現金による慈善寄付金に代わるものであるが)。金融危機は長期的なサステナビリティーの問題をはっきりと理解してもらうために必要なショックをもたらしたのだとライアン氏は信じて疑わない。

観察者によっては全体像を語ることに関しては慎重な態度を崩さない者もある。カンボジア、ラオス、タイ、そしてベトナムで持続可能な開発の促進に取り組む非営利組織であるケナン・インスティチュート・アジア(Kenan Institute Asia)の代表者であるポール・ウェデル(Paul Wedel)氏はこう述べている。「CSRのイニシアチブの状況の評価はいつでも容易くありません。と言うのも、こうしたイニシアチブは社内だけで通用する企業特有の存在だからです。」しかしながら、「それでも、ケナン・インスティチュートの顧客との取引経験をもとにしてより一般的に何が起こっているのかを推測する余地はあります」とウェデル氏は語っている。

「私たちの組織と取引のある大半の国際企業では継続的にCSR活動に取り組んでいます。そして、現金による寄付よりも企業ボランティアや会社の能力といったその他の資産へとプログラムの重点を移すことに新たな興味を示す傾向もあるようです」とウェデル氏は語る。「さらに、省エネやある程度地球温暖化と関連した活動に対する企業の関心も高まっているようです。しかしながら、たしかにこうしたイニシアチブはしばしばコスト削減をもたらしますが、これは金融危機がもたらした直接の結果とは思われません。」

アジア地域のCSRの分野において全体的に何が起こっているにせよ、ある一連の極めて重要な利害関係者(ステークホルダー)は多くのアジア企業のガバナンスを憂慮し続けている――それは投資家たちである。投資家の多くにとっては、優れたガバナンスを証明して見せることは彼らの環境的および社会的懸念に応える重要な手段であり、また一部の投資家にとっては、環境、社会、ガバナンス(ESG)関連の包括的基準に左右される自分たちの投資戦略とこの問題は切っても切れない関係にあるものだからだ。

環境問題への著しい傾倒を見せながら事業展開する企業への投資を専門とする資産運用会社であるインパックス(Impax)の投資マネージャーであるリー・クレメンツ(Lee Clements)氏は「アジアにはいまだにガバナンスに関する問題があります。とりわけアジアには特定の個人あるいは政府が大株主を務める企業が存在することがその原因です」と語っている。

しかしながら彼はこう続けて述べている。「より広範な環境問題、CSR、そして人権と従業員の権利という観点から言えば、我々が投資する企業のいずれにも何らの問題も存在しません。」ただし彼はすぐに指摘することを忘れない。「インパックスのファンドはCSRに関するパフォーマンスを基準に具体的に選ばれたり、あるいは除外されたりすることはありません。」

クレメンツ氏いわく、「それでもなお、自社株を欧米の株式市場に上場しようとするアジア企業に広がる動きが、増加する責任ある投資家の一群にハッピーなままでいてもらう手段として、こうした企業にCSRの問題により多くの注意を払うよう促し始めているのかもしれません。」欧州および米国市場では現時点ではお粗末な利益しか上げられていないが、大打撃を被った欧米の年金基金の多くはもう一つの選択しうる財務的な利益源として新興市場に関心を寄せている――とりわけアジアは彼らのお気に入りの投資先だ。

「こうした欧米の投資家たちはCSRの分野で優れた企業に焦点を当てる傾向があり、とりわけ『優れたCSR』イコール『その企業が違法な行為を犯しておらず、あるいは一切のスキャンダルとは無縁である』ということを意味するのであれば、この傾向は一層強まります」とウィリアムズ氏は語っている。たとえば、3,000億ドル規模のノルウェーの年金基金はそのアジアのポートフォリオを対象に――とりわけ中国を重点的に――新たな倫理的審査プロセスを定めた。「(しかしながら)これがどれほど効果的なものとなりうるかについては現時点では不明であるとしか言えません」とウィリアムズ氏は付け加えている。

国内株式市場に目を向けてみると、2008年にCSRアジアが実施した前回の情報公開に関する調査では、レポーティング(報告)の分野においては香港市場に上場する企業がアジアの他のどの国に上場する企業も凌いで断トツ第1位にランクした。香港上場企業はこの調査で40%超の得点を挙げた。ちなみに第2位はマレーシアで、同市場上場企業の平均は29%、第3位は僅差でタイ上場企業で25%、そして第4位はシンガポール上場企業で24%という結果であった。しかしながらこの調査では次の点が指摘されている。「香港市場に上場する企業はアジア他国に上場する企業よりも優れた結果を出しているが、各国に上場する企業の大多数は情報開示について改善の余地が多いにある。」

アジア地域の金融市場は、より責任ある企業を特定するための新たで相対的に容易な方法を投資家に提供するのに忙しい――今年6月にはインドネシア証券取引所がアジアの新興市場を対象とした初の公式なCSR指標を立ち上げたばかりである。

「こうした展開はアジア地域全体の企業の関心を本当の意味で高める結果となっています。と言うのも、企業は責任ある投資と関連してCSRを理解し、このような展開がより高いレベルの株式市場活動を通じて企業のプログラムが利益につながることを示唆しているからです」とウィリアムズ氏は語っている。彼が最高経営責任者を務めるコンサルティング会社はこの指標の考案に助力している。責任ある投資家を対象としたアジアに焦点を当てたファンドも続々と登場している。たとえば、昨年11月に立ち上げられたボントベル・アジア・exジャパン・サステナビリティー・ファンド(Vontobel Asia ex-Japan Sustainability Fund)などがその一例である。