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Home > 識者に聞く > [短期シリーズ:いま改めて、CSRを考える] 21世紀は企業とNGOとの“相克と協働”の時代へ [前半]

企業の生殺与奪の権を握るNGO


なぜNGOが企業の活動に大きな影響を与えるようになったのでしょうか?


寺中:
企業の社会的責任を問うNGOの動きがより先鋭化したきっかけは、米国におけるエンロン社など一連の企業会計不祥事だと思います。豊富な資金で運用活動を行う欧米の機関投資家や年金基金などは、主に市民セクターとの関係で成り立っています。そこが一斉に問題企業への投資資金を引き上げ(=保有する株式等を売却)、結果的に市民セクターが企業にダイレクトな影響を与えることが出来ると分かった、企業の側もNGOが非常に大きなステークホルダーであると認識しました。

日本ではNGOはそれほど多額の資金を持っていませんし、日本独特の慣習である株式の持合いによって事業会社が互いを助けあうことができるため、欧米のように市民セクターが企業に直接的な影響力を行使する場面がありませんでした。CSRを日本企業が口にするようになったのも、バブル崩壊以降、株主持ち合いを含む日本企業の護送船団方式が崩れ始めたことと無縁ではなく、日本企業も遅ればせながらNGOの影響力に気づき始めています。

長坂:逆からいうと、ビジネスのグローバリゼーションにより、地球環境問題や一昨年の金融危機など企業の活動が世界に与えるインパクトが国境を越えて加速度的に大きくなり、政府さえもコントロールできなくなってしまった。だからこそ、NGOなど市民社会の側も危機感をもって企業に対応し、結果として企業もNGOを意識せざるをえなくなったということだと思います。 ある欧州企業の経営トップは、かつて企業は事業活動を行って良いというライセンスを政府から与えられていた、しかし“今や企業の事業の正当性についてのジャッジは市民社会が行っている”と言うほどです。


NGOの影響力が増すことで、社会にどのようなメリットがあるのでしょうか?

長坂:私はCSRの動向とは「企業」「政府」の2セクターモデルから「市民セクター」を加えた3セクターの合意によって社会システムを形成する時代へ移行すること、それが国際的なコンセンサスではないかと考えています。これには21世紀前半がかかる長期的な作業ですが。

現在までの民主主義社会では、立法の際にも官僚が経団連など企業側にヒアリングを重ねて原案を策定し議会で可決する、つまり「政府」「企業」2セクター間の合意で作られてきました。今でも市民セクターは他の2つに比較して小さいですが、1999年にNGOのキャンペーンにより対人地雷全面禁止条約の締結を実現したように社会を変える大きな力を有しています。民主主義の社会システムには欠陥もありますが、3セクターモデルを創り上げることでより良く機能させることができる、そのためにこそ企業と市民セクターが信頼関係を構築する、つまりはCSRが必要なのだと考えています。

寺中: そこでNGO側も自覚すべきは、NGOは市民社会の担い手と言われますが、実は必ずしも市民社会の代表者ではありません。NGOとは各々に“ある突出した意見”を形成し、あえて言えば、好き勝手に活動する存在です。どんなに努力しても、一つのNGO団体だけで市民社会全体を代表することは出来ない、一部の主張を代弁できても、silent majority(多くの沈黙する一般市民の意見)にはなり得ないのです。従って、各NGOは自分たちの主張の正当性を常に検証し確保する努力をしなければならないと思っています。

長坂:それは企業も同じではないでしょうか。確かに市民セクターの代表として登場するNGOは選挙で民主的に選ばれた存在ではない、(代表と位置づける)法的根拠は何かという議論はあります。異なる立場同士の話し合いは常にGive and Takeで譲歩しながら合意点を見出すものだとすれば、NGOは何を譲歩できるのか、それは無理だという意見もあります。しかし最近では、例えば企業が経団連を作って自らの利益のために政府に働きかけを行うように、NGOも代表者が集まる組織を作り、互いの相違点を認めながら話し合いを続けようと国境を越えた新しい動きも出始めています。段々と市民セクター自身も成熟することで3セクターモデルができあがると期待しています。