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Home > 識者に聞く > [短期シリーズ:いま改めて、CSRを考える] マーケティング・コンサルタント斉藤ひろ子

マーケティング活動に対する誤解、イコール儲けではない


Q:社会に貢献する仕組みとマーケティング活動が結びつくという点に、初めて聞くと、違和感を感じるのですが?
なぜか日本では“マーケティング=商売、儲ける”と、ネガティブなイメージを持たれる方が多いのですが、営利活動でなくとも---例えばソーシャル・マーケティングのように---マーケティングという言葉を使います。

言葉の定義も歴史的な変遷があるのですが、American Marketing Associationは1935年に “マーケティングとは生産から消費にいたる財とサービスの流れに関連する事業活動”であると定義し、そもそも儲けることとは言っていません。さらに最新の定義では、“マーケティングとは顧客、依頼人、パートナー、社会全体にとって価値のある提供物を創造・伝達・配達・交換するための活動であり、一連の制度、そしてプロセスである”と言われています。

ポイントは、マーケティングが“価値の交換”だということです。 経済活動=儲け、搾取的な考え方をしがちですが、モノを買う、消費するということは、購入する人の欲しいという気持ち、モノに対するニーズがあり、買う側にもメリットがあって初めて交換が成立します。

コーズ・マーケティングも、“企業”が一方的に儲かって得をする仕組みではなく、“消費者、一般市民”“NGO/NPO”を含む三者が各々に持つ価値を交換することで、初めて成り立ちます。その点を誤解するとうまくいきません。 コーズ・マーケティングの成功例では、消費者や一般市民も満足できる、非営利団体も単に企業から一方的にお金をもらうだけではなく、ノウハウを提供し、社会の課題が社会に広く知らしめる機会を創り出す、そういった互いの価値の交換が必ず出来ています。

Q:企業から非営利団体への寄付は社会貢献活動、つまりCSR部門の管轄ですが、マーケティング活動ということは、営業部門の管轄ということになるのですか?
先行する欧米企業の場合、マーケティング部門がリードしてコーズ・マーケティングの手法を販売戦略の中に組み込んできたのだと思います。その場合も、会社として長期的にコミットメント---企業として社会に対する責務を約束する---ケースがほとんどですので、単なる販売手法とはとらえられていません。

例えば、英国の小売業最大手のテスコは1992年から「Computers for Schools」プログラム(注)を地域に根ざした活動として実施しましたが、これも、しっかりした長期的なコミットメントをしたからこそです。


注: テスコ社の「Computers for Schools」プログラム
顧客はテスコで10ポンド買い物をするごとにバウチャー(商品引換券)を受け取り、自分が選択した学校に持ち寄り、集められたバウチャーによって学校のコンピューターの購入資金に充てられる仕組み。このプログラムにはNGO/NPOがかかわらず、テスコ社は各学校のPTAが積極的に関与する仕組みを独自に作った。


企業が社会における存在意義、ミッション(社会的使命)を追求するのは欧米企業に限りませんが、欧米企業の倫理感にはキリスト教に根ざした考え方が強く存在するように感じます。 コーズ(Cause)の語源も、「(行動などの)動機、(不平・喜びなどの)根拠[初出年代d1200]」とともに「(社会改良などの運動に関する)主張、主義(とくに共和政時代にはピューリタンの主義主張を意味した)[初出年代d1581]」(研究社 英語語源辞典より)とあります。

Q: 企業の社会的使命感で行う活動とはいえ、コーズ・マーケティングが営業費であるとすれば、何らかの目標数値、費用対効果を求めるのではないでしょうか?
製品を販売するなどの事業活動において売上目標を立てるのは当然で、コーズ・マーケティングの手法を導入する製品においても同様です。しかし、一般的に、コーズ・マーケティングのために販売促進費用を増やすといった傾向は見られません。

広告費用を余計にかけるということではなく、既存の費用の範囲で販売促進方法を変えてみるにすぎないという実務的な対応をされているということだと思います。(つまり、コーズ・マーケティングを導入するから、売上目標を上乗せするものではない) もちろん、コーズ・マーケティングによって売上面へのポジティブな手ごたえを感じ、費用を増額するとしても、それもまた通常の事業活動として当たり前のことだと思います。


日本におけるNGO/NPOの戸惑い


Q:国内ではコーズ・マーケティングで企業と協働することに、しばしばNGO/NPO側から「企業に取り込まれるのではないか?」という不安も耳にします。
NGO/NPO側からそういった発想や懸念が起きやすい要因の一つは、日本では企業とNGO/NPOを比べた場合、実際の規模や社会的存在の大きさで非常に差があるからだと思います。
欧米では規模がかなり大きいNGO/NPOも多く、企業はNGO/NPOとどうやって向き合っていくかがそもそも重要な経営テーマです。労使関係を例にとってもNGO/NPOとうまくやっていかなければ企業が存続できないという認識があります。

欧米では企業とNGO/NPOは(規模的にも立場的にも)対等ですので、パートナーシップを組む、互いのリソースを活用する取り組みが歴史的になされてきました。 また企業にとっては効率を追及する---自分たちの専門性がある部分は自前でやるけれども専門外の部分に外部機関を活用することは、自然な発想です。 企業間におけるM&Aやパートナーシップが盛んであるように、営利と非営利のパートナーシップも自然発生的に盛んに行われてきました。

Q:日本では規模や人員が少ないNGO/NPOも多いにもかかわらず、コーズ・マーケティングに興味を持つ企業からの問い合わせが集中し、悲鳴をあげている事務所も少なくないと聞きました。
企業から簡単に“何かボルヴィックのようなプロジェクトがやりたい”と言われても、現実に今の日本のNGO/.NPOの人員を考えると、やみくもに仕組みづくり---例えば企業は消費者にアピールするために “いくらの寄付で、井戸が一つ出来ました”というような事を明確に言いたいというケースも多いのですが、そのためには専門的に会計上の仕分けをすることも必要となります---を要求することは、負担が大きすぎるのも事実だと思います。

Q:どういうスキームを創りたいのか、企業側がよく考えてから、パートナーとなるNGO/NPOに具体的なアプローチすべきだということですね。
企業自身が自分たちの社会における存在価値が何かを踏まえて、その上で支援すべきコーズが何か、どのような分野におけるNGO/NPOとパートナーシップを組むかを決める必要があります。

例えばアサヒスーパードライの「うまい!を明日へ!プロジェクト」では、スーパードライ1本の売上ごとに1円が全国47都道府県ごとに異なる自然・環境保護保全団体に寄付されますが、アサヒビールが地域に根ざした事業活動を大切に考えておられるのだと思います。

また、ユニクロの「UT x UNHCR チャリティ Tシャツ」キャンペーンは、「未来・自由・夢」をキーワードに各界の著名人、難民、学生など8名がデザインしたTシャツを販売し、利益の全てを難民援助団体である国連UNHCR協会に寄付しています。これも、ユニクロ経営トップの「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」という思いが基盤にあるからこそ、活動が継続するのだと思います。