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Home > 識者に聞く > NPO法人日本水フォーラム事務局長 竹村公太郎

日本人の寿命と水の関係

さて、次は日本人の寿命の話をしましょう。いま日本人は世界で一番長生きをしています。それは昔からかというと、つい最近の話なのです。


この図の赤い線は、日本人の寿命の変化をグラフにしたものです。いま日本人の平均寿命は80歳以上です。ところが80年前は42歳でした。いまのエチオピアがそのあたりです。

日本はこの80年間で平均寿命をぐんと延ばしました。なぜでしょうか。
私はずっと水に関係してきたので、「水」じゃないかと思っていました。事実、水道の普及と同時に平均寿命も確かに延びています。ただ、水道の普及によるものだと断定することはなかなか難しいのです。
実は明治16年に横浜で水道がひかれるようになりました。この後、東京や神戸にも広がります。ところが、大正10年ころまではむしろ平均寿命は下がっていたのです。水道が普及していたにもかかわらず平均寿命が下がりました。最近、この理由が分かりました。この間、水道が赤ちゃんの命を奪っていたのです。

大正10年から赤ちゃんの死亡率が急激に減って、平均寿命は一気に延びました。赤ちゃんが死ななくなれば、平均寿命は延びるのです。

実は、大正10年から東京都で水道水の塩素滅菌を始めました。それまでは川から取ってきた水をそのまま配っていたのです。これは毒水を配っていたのと同じです。でも、日本人にも水の中にばい菌がいることを知っていた人がいました。ドイツに留学したことのある当時の東京市長の後藤新平です。後藤は、水の塩素滅菌を進めました。

水道というのはただ水を配るというのではなく、きれいな水を配らないといけません。殺菌して配るのです。だから安心して水が飲めるようになります。外から家に帰ってきた子どもたちが水道水をがぶがぶ飲んでも大丈夫になったのです。


命を支える水

次は世界の話にいきましょう。夜、宇宙から地球を見ると、日本やヨーロッパやアメリカは光の束です。海には漁火、漁船が灯す光が見えます。アフリカとかアジアの一部にあやしい光が見えます。それは野焼きです。森林がどんどん焼かれています。どうして森林を燃やすのか。焼畑農業です。森林を燃やして畑にしています。なぜかというと人口がどんどん増えているからです。

山を畑にすると、土地がやせているため毎年は作物ができません。1年おきに休ませ、きちんと手入れをしないと、すぐに砂漠化します。アフリカではお母さんが薪を拾い、木の根をほじくっています。学校に行く年頃の子どもたちが毎日何時間も水汲みをさせられています。なぜ、お母さんが薪を拾うのか。なぜ、子どもたちが水を汲むのか。

薪と水は生活に欠かせません。水を飲めるようにするには、薪を燃やして水を温め、煮沸消毒をしなければなりません。その水で食事もつくらないといけません。砂漠化による旱魃が人々を追い込んでいます。


消滅する巨大な湖

アラル海という湖をご存知ですか。カザフスタンとウズベキスタンにまたがる塩湖ですが、かつて中央アジアで2番目に大きい湖でした。その湖がごらんのように干上がっています。周辺はソビエト時代から綿花の産地として知られていましたが、ソ連解体後はさらに綿花畑が広がり、湖に注ぐ水がご覧のようになりました。綿花はたくさんの水を必要とする植物です。コットンの原料です。コットンは先進国の衣料品メーカーが安くて良質のコットンを求めています。アラル海の周辺に住む人たちだけのせいだけではなかったのです。


世界の水を輸出するということ

ハンバーグを2個食べるとお風呂10杯分の水を消費するのと同じだと知っていましたか。ハンバーグの原料となる牛肉はとうもろこしなどの肥料で育てます。とうもろこしには大量の水が必要です。またパンやその原料となる小麦粉にも水が必要です。私たちがハンバーグを食べるということは世界の水を飲んでいるのと同じことなのです。一杯の牛丼にもお風呂10杯分の水を消費しています。

いま世界のあちこちで水の闘いが起きています。作家の曽野綾子さんは「アフリカの部族間の戦いにはすべて水が絡んでいる」と語っています。

Rival(ライバル=好敵手)という言葉はRiver(リバー=川)から来ています。昔、ライバルの意味は「同じ川の沿岸に住む人」という意味でしたが、そのうち川の水の利用や漁獲をめぐって争ったことから「競争相手」の意味になったのです。世界の人々が川や水でどれほど苦労をしてきたか分かるでしょう。