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Home > 識者に聞く > 公益財団法人 旭硝子財団  安田哲朗 事務局長

日本にとって実は身近な生物多様性の問題


Q.まだ先進国のABSの問題に対する関心度にも差があるようですね。
欧米には大手製薬企業が多く、エイズ治療薬など薬の源泉に関する権利問題に関心が高いこともありますが、特に西欧諸国は“機を見るに敏”、環境問題をはじめ“これからの世界で重要となるキーは何か”への見極めと政治も含めた行動が非常に速いです。と同時に(世界から逸脱して行動するのではなく)きちんと国際法を遵守して行動したいという意識が強いと感じます。

一方、途上国も遺伝資源に対する権利をきちんと法律で守って欲しいという意識が強いです。ABSの問題では当然ながら(BRICSなど)新興国も途上国(アフリカ、アジアその他、中南米)と同様に権利保護を要求する立場に立っています。結果、現在はこれら途上国と西欧諸国を中心とする先進国間で、具体的な利益配分というテーマで、激しい議論が行われています。

同じ先進国でも、北米そして日本は---具体的に途上国の主張に基づく国際法の制定など議論が具体化すれば当然議論に積極参加すると思いますが--- まだABSを切実な問題としてとらえていない---冒頭に申し上げたとおり、北米などでも気候変動問題に比べて、生物多様性を専門とする科学者が少ないのが現状です----のかもしれません。


Q.周囲を海に囲まれた日本にとっても遺伝資源の問題は重要と伺いました。
日本の近海には全世界に生息する生物種のうち約15%が生息していると言われています。15%というのは世界でも非常に高い割合ですし、日本は大変な資源を有しているということです。調査結果では日本ではこれらの資源に対する権利意識が薄く、ABSの議論に日本はあまり関係ないと思っているような印象がありますが、実はそうではありません。


Q.今年に入ってからも尖閣諸島や竹島など、中国や韓国との漁業海域の問題がマスコミで日常的に扱われるようになりましたが、実は生物多様性の問題は環境問題であると同時に、それらの問題とも密接に結びついているということですね?
そのとおりです。中国は現在のところ海における漁業や軍事の他に鉱物資源を強く意識していると言われていますが、将来的は生物資源に対する権利獲得を重視してくるでしょう。 科学技術の分野では、実際に生物を遺伝子で管理する技術開発が進んでいます。将来はツンドラのような巨大な天然の冷蔵庫で遺伝子を管理する国が大変な(経済的)資源を持つ可能性があります。

生物多様性に重要な生物資源が日本の海域に非常に高い割合で含まれていることを日本人ももっと意識すべきだと思います。
もちろん一方で、本来の環境問題としてとらえた場合、日本の海域は問題地域---化学肥料が川から海に流れ込み、窒素とかリンが非常に多く含まれている地域---でもあります。
海の権益とは別に、本来の環境問題としても海に囲まれた日本が生物多様性をもっと意識すべき問題でもあります。なによりこの点を、日本に強く意識して頂きたいと考えています。

本来、生物多様性は環境問題、“生物多様性を保全する”という姿勢が正しいあり方のはずです。しかし、世界各国の議論の現場は、決して聖人君子の集まりではありません。何を遺伝資源としてとらえるか、権利を守ると同時に具体的な利益の配分にどう結び付けるか---途上国としては遺伝資源の権利問題を切り札に先進国からの経済協力を引き出したい---経済問題とリンクしながら国の利害がせめぎあう戦いの場となっています。 各国が火花を散らしている現実を知った上で、日本が生物多様性の問題にどのように向き合うか考えるべきだと思います。


Q. 冒頭で有識者にも生物多様性のポイントが見えにくいというお話を伺いました。気候変動問題ではCS2排出削減目標数値が一つのキーワードとして世間一般への問題意識の浸透に役立ちました。生物多様性でも定量的な目標数値はあるのですか?
生物多様性の基本は、生物が互いに助け合いもたれあって生存している、つまり一部が欠落すると、その種だけでなく連鎖反応で他の種が倒れてしまうということです。
専門家の間では、非常に数多くの生物種が生存する地域をホットスポットと呼んで集中的に保全する議論が進んでおり、陸地、海洋面積の15%パーセントを守るというような具体的な数値目標をCOP10事務局が提示しています。そのほかにも劣化した森林の少なくとも15%を保護するなどの目標も存在します。

しかしながら、確かに生物多様性の問題は非常に分かりにくい、われわれも事務局から提示される書類や情報を読んでも、それが意味するところを正確に把握することが難しいこともしばしばあります。

ただ一般の方々でも、最近の日本ではマグロが獲れにくいというニュースを聞いたことがあると思います。申し上げたように、生物多様性の本質は互いに頼りあって生きていることです。
魚の生態系の中でマグロだけが単純に減っているはずがなく、マグロ以外の魚---マグロが餌として食べている魚、マグロを餌としている魚---にも多大な影響を与えている(極端に減る、または増える)可能性があるということを意識しないといけないわけです。

われわれが意識しないうちに、どんどん生物の環境が変わっています。 私の自宅の周辺では、近年、野生のインコが大量発生しています。誰かが捨てたインコが野生化し、日本の寒い冬を生き伸びないはずが地球温暖化で増殖してしまったのでしょう。
一般の皆さんには、そうした身近な環境の変化から、一人ひとりが生物多様性の問題を考えるきっかけにしていただければと思います。

2010年9月取材


○受賞者による記念講演会を開催
第19回「ブループラネット賞」受賞式典は2010年10月26日(火)に東京會舘(東京都千代田区)で行われ、翌10月27日(水)に受賞者による記念講演会が国際連合大学(東京都渋谷区)で開催されます。
お問い合わせ: 公益財団法人 旭硝子財団   http://www.af-info.or.jp
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