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Home > 識者に聞く > 全日本金属産業労働組合協議会(金属労協/IMF-JC)  浅井 茂利 政策企画局次長

互いを知り、直接対話することが早期解決・未然防止の最善策


Q. 特にどのあたりの海外地域で労使紛争が多いのでしょうか。
IMF-JCがかかわった事例としてはフィリピン、タイ、インドネシアなど東南アジア諸国が中心です。シンガポールは労働組合が確立している国なのであまり問題ありません。
東南アジアの国々はそれぞれ古くから労働組合が存在しますが、組織率は低く、苦難の道を歩んできたといえます。
タイ、シンガポール、マレーシアには金属産業を束ねるIMF-JCに準じた組織があり、IMFにも加盟しています。フィリピンにも同様の組織がありましたが、いまはいくつかの組合がそれぞれ活動している状況です。

ご存じのように中国では今年に入って自動車部品工場でのストライキがありました。ただ、中国では労働争議そのものが合法でも非合法でもない状況です。われわれとしては、本当の意味での組合が存在しない状態であると思っていますが、中国が市場経済に移行するなかで、現実に労働組合が必要となってきている、そこで市場経済下における労働組合のあり方、労働争議のあり方を検討している段階であると認識しています。


Q. 労使紛争が起きないよう、未然防止にも取り組んでいるそうですね。
IMF-JCでは日本と現地の両方でセミナーを開催し、日本企業の海外拠点における健全な労使関係のあり方について、理解を深めてもらう活動を行っています。具体的な対象者は、日本企業、企業の労働組合、現地企業の経営者、現地の労働組合など関係者全てです。

日本企業の側にはグローバル経営の中で労使関係とはどうあるべきか、労働組合を設立する動きにどのように対応すべきかをお話ししています。
企業は労働組合を結成しなければ労使紛争が起きないと考えがちですが、実際には従業員の不満が蓄積されるだけで何も効果はありません。また、会社に都合の良い労働組合を立ち上げたいとも考えがちですが、結果的に社内で複数の労働組合が対立することになると、社内の混乱はますます大きくなります。

要は、企業として中核的労働基準を遵守し、従業員のみなさんが労働組合を結成するかどうか、加入するかどうかは、従業員のみなさんの判断に委ねること、会社の状況などについて率直に組合・従業員に情報提供すること、賃金・労働条件はもちろん、その他の問題についても可能な限り、事前に労使協議を行うこと、従業員を簡単に解雇しないこと、といったごく当たり前のことをしていく以外に方法はありません。

今日のお話では、どこでも労使紛争が起こっているような印象をお持ちになるかもしれませんが、そうしたところはごく一部であり、多くの企業では、こうした当たり前のことを実践し、健全な労使関係を築いているのです。ただし、健全な労使関係が、ひとつの人事異動で崩壊してしまうこともありますから、油断はできません。

また日本人経営者が、海外の労働組合は過激、というイメージを持っている場合もありますが、同じセミナーで産業別組合の指導者などと顔を突き合わせてみれば、話しの通じる人たちではないか、ということになると思います。

一方、現地社員の皆さんには日本での労使関係とはどういったものか、欧米の労使関係との違いなどを知っていただくことで、無益な紛争を減少させることができればと考えています。日本企業と欧米企業、労使関係のあり方には、それぞれよい点もありますし、弱点もあります。別に、海外の労働組合が日本の組合のように行動すべきということではなく、日本企業の思考パターン、行動パターンを踏まえた対応をすることが、労使双方に利益になると思います。


これからの日本の製造業とは?


Q. 今後も日本企業が海外に拠点を移す動きが加速化すると予測されますが。
海外の消費者の近くに生産拠点を移転するということは自然の流れです。ただ開発拠点も海外、日本国内向けも全て海外で生産ということになると、日本の製造業はどうしようもなくなってしまいます。一般論では成熟した社会で第二次産業が縮小傾向になるのは必然と言われますが、金属産業で働く人の比率は、日本は9%ですが、日本よりも賃金水準がはるかに高いドイツでは11%、イタリアも日本より高い比率です。賃金水準は、近い将来に韓国にも抜かれてしまうでしょう。ドイツでは出来ることがなぜ日本では出来ないのか考える必要があります。


Q. 円高だけでなく、派遣法の改正が企業の収益を圧迫し、結果的に海外移転を後押ししてしまうという意見もありますが。
リーマンショック前には多くの日本企業で最高益を計上していました。その際は派遣社員などの活用による人件費の抑制が貢献したことは間違いないでしょう。しかし、派遣法の改正で非正規社員を使わなくなるから収益を圧迫して海外移転が進むわけではない、逆は真ではないと思います。

製造業の現場の皆さんからは、正社員が少なくなり若い世代への技術・技能の継承・育成が困難になっている、生産現場の効率性が落ちたなど、非正規労働者の活用が製造業界の中長期的な成長にはどうであったかという反省を良く伺います。

もちろん非正規労働者の活用を全てやめるということは考えられません。しかし基本は正社員であり、非正規の場合も直接雇用で、かつ正社員への道も開けている、また派遣社員の方も派遣会社では正社員としてきちんと研修も行ってもらえる、それが普通のあり方ではないでしょうか。

Q. あえて伺いますが、企業の国際競争力を維持するには労働力を流動化するために派遣社員というシステムにたよらざるを得なかったのではないでしょうか。
景気や需要に弾力的に対応する“バッファー”として非正規労働者活用という側面があることは否定できません。しかし日本のシステムでは海外に比べて(残業時間など所定の労働時間以外の)所定外労働時間が非常に多く、人件費でも一時金(賞与)の比重が高いなど、そもそもバッファーの割合が大きいわけで、さらに非正規労働者の比率を高める必要があるのかという議論もあると思います。

結局は低賃金・低生産性でいくか、高賃金・高生産性でいくか、国民自身がどちらを選ぶかですが、日本が戦後70年間頑張ってきて、つい先日までは世界第2位の経済大国と言われた国で働く労働者の賃金がこんなに低いままでよいのか。ドイツのように賃金も適正に払いながら、みんなで賃金に見合った成果を挙げる努力をすることを望んでいるのではないでしょうか。本当の日本ブランドを戦略的に打ち出したいと思った時に、既に日本には生産拠点や技術の継承が全くなくなっていたということにならないようにしなければと思います。


2010年10月取材

◎IMF-JC金属産業労働組合協議会(金属労協)  http://www.imf-jc.or.jp/
現在IMF-JCでは海外労使紛争事例集をまとめています。
また2010年12月10日(金)には都内で海外労使紛争に関するセミナーを開催予定です。