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CSRの素朴な疑問


Q10. 国連責任投資原則ってなんですか?

国連主導で大手機関投資家自身が策定した責任投資原則


国連の責任投資原則(PRI: Principles for Responsible Investment)とは、2006年4月にコフィー・アナン元国連事務総長がニューヨーク証券取引所で金融機関に対して公表した、環境、社会、企業統治に関する課題を投資の意思決定プロセスに反映させるための6原則(および各原則における実施例としての35の行動)である。

6つの責任投資原則

  1. 私たちは投資分析と意志決定のプロセスにESGの課題を組み込みます。
  2. 私たちは活動的*な(株式)所有者になり、(株式の)所有方針と(株式の)所有慣習にESG問題を組み入れます。
    (*編集部注:株主責任を意識した責任ある投資家として活動的という意味)
  3. 私たちは、投資対象の主体に対してESGの課題について適切な開示を求めます。
  4. 私たちは、資産運用業界において本原則が受け入れられ、実行に移されるように働きかけを行います。
  5. 私たちは、本原則を実行する際の効果を高めるために、協働します。
  6. 私たちは、本原則の実行に関する活動状況や進捗状況に関して報告します。


上記の原則はアナン元事務総長の招集により、世界の大手機関投資家21社から役員を中心に策定されたもので、原則冒頭文にあるように「機関投資家には、受益者のために長期的視点に立ち最大限の利益を最大限追求する義務がある」との観点から、「受託者としての役割を果たす」ために、「環境上の問題、社会の問題および企業統治の問題(ESG)が運用ポートフォリオのパフォーマンスに影響を及ぼす」ことをふまえて策定された。

つまり、実際に資金を持つ投資家(大手年金基金など=受益者)から運用を委託されている機関投資家(アセットマネジメント会社、ファンドマネージャー等)は(企業の株式・債券等を含む)投資活動において、最大限の収益をあげて受益者に還元することが義務だが、現実的には企業が会計上および広範囲な社会的問題において不祥事を生じることで、問題を生じた企業の株価下落はもちろん市場全体での混乱が生じる可能性があり、結果的に投資パフォーマンスが劣化し、受益者への利益が損なわれる。従って機関投資家はESG(環境・社会・企業統治)の観点から社会的責任をきちんと果たしている企業・団体に投資すると同時に、企業・団体に対してESGの観点からの行動改善を求めていく“責任ある投資活動”を行っていく必要があり、そのための6原則となる。

例えば、原則に付された35の実施例には以下のようなものが含まれる。 「長期的視点に立ったESGに配慮した株主決議案を提起する」(編集部注:A)
「(直接あるいは外部委託を通してのいずれかの)エンゲージメント の能力を促進する」(編集部注:B)

企業は重要な経営施策の変更時---近年では、外資系ファンド等からの “敵対的買収”に対する防衛策、新役員の任命や任期の改定、役員の報酬改定など---には株主総会で議案を提出し、議決権を持つ株主(単元株以上の株を持つ株主)によって賛成・反対を問わなければならない。逆に言えば、投資家サイドは議決権の行使によって(上記A)、または直接対話など株主として積極的に企業への活動に関与することによって(上記B)、企業の活動を(投資パフォーマンスを劣化させないような)社会的に認められる方向に是正させることができるとの認識に立っている。


機関投資家の間で責任投資原則が急速に浸透したのか

2006年に責任投資原則が公表されて以降、世界の有力機関投資家が相次いで署名を行い、2010年6月現在で世界700社・団体の機関投資家が原則に署名している。

この背景には、以下のような動きがある。2000年に入って不正会計・取引による大手米国企業のエンロンの破綻(エンロンショック)など現実的に企業の不祥事によって市場の混乱(相場の下落)を経験したこと、企業価値が有形資産ではなく無形資産(ブランド価値といった目に見えないもの)によって評価が大きく変わる(例えば世論で不買運動が起きるなどの結果、企業収益は現在から将来に向けても減少する)時代となったこと、インターネット時代において企業への悪い評判が一部地域にとどまらず世界に広まり易いこと、地球温暖化問題は世界の全地域に一律に影響し将来の消費活動=ビジネス活動に影響する(結果的に投資家の利益が損なわれる)などである。

近年はおおもとの資金提供者である大手年金基金自身が、企業の役員報酬や役員選任に関して“肯定的な判断ができないケース”などを具体的に示した株主議決権行使基準を策定いており、それによって運用の委託先である機関投資家が“責任ある投資”へ後押しされている部分もある。さらには、いわば市場が世界情勢を左右する現状に世論が“パワーオブマネー”を持つ投資家への批判を高め、機関投資家への責任ある行動を要請しているという背景もある。

一方で、国連責任投資原則が公表された2年後、2008年秋にいわゆるリーマンショックに端を発する世界的な金融危機は発生した。
一企業の破綻を契機とした市場の混乱とその後の世界的不況は、まさに責任投資原則がいうところの、企業のリスク管理、ガバナンスの欠如から生じたものである。しかし、さらにリーマンショックをひも解くと、サブプライムローンという商品が過度に信用リスクを甘く見積られてブローカーから市場に投入されるようになり、さらには複雑な金融技術を駆使して二次的/三次的に売買されることで複層的な関係者たちが利益獲得をめざし、多くの関係者たちが短期的な利益追求のために根底にあるリスクをいわば“見てみないふり”をした、金融業界全体での“倫理観の欠如”が根底にある。

そもそも責任投資原則が企業の責任ある行動を求めるという意味では、環境問題、人権問題などさまざまな問題が含まれ、実際に食品偽装問題で企業が消滅する、環境ビジネスに優れた企業銘柄の株価が上昇する、などESGにかかわる行動で個別企業への市場の評価が上下することは間違いない。しかし、例えば労働問題は非常に大きな社会問題であるが短期的に極端な株価への影響は起きにくいなど、結局のところ市場全体の混乱、世界不況といった大きなインパクトをもたらすのは“会計の不祥事”や“投資”にかかわる問題であったのも2000年以降の現実であった。

金融危機は“責任ある投資”の必要性を改めて認識させ、欧米では機関投資家による社会的責任投資が金融危機以降も主流となった。しかし、金融危機がその根底に“経済的な利益”の追求から生じたことを考えるとき、責任投資原則が“受益者の利益を守る”観点―――だからこそ現場の機関投資家を巻き込む実効的な原則が生まれた----だけでよいのか、今後どのように進化するべきなのか、金融業界関係者のみならず、あらゆる生活者に関係するテーマとして注視すべき問題となる。

(2010年6月)