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シネマ&ブックレビュー
長坂寿久の映画考現学


長坂寿久の映画考現学-2
『ハート・ロッカー』
(キャスリン・ビグロー監督、2008年、アメリカ映画)


小型武器との闘いは、現代市民社会の責任

小型武器は紛争を簡単に起こすことができ、暴力を誘発させ、紛争を長引かせ、悪化させ、地域の治安を不安定にする。救助活動を拒み、和平努力を無に帰させる。テロの実行武器となり、その取引は、麻薬や貴金属の密輸(ダイヤモンド鉱山をめぐる内紛等)や、人身売買、資金洗浄などの非合法な国際取引のネットワークの形成をもたらすことになった。

小型武器の氾濫によって、犯罪の増加や治安の悪化が起き、社会は不安定に陥り、貧困が一層蔓延していくことになる。小型武器によって、貧困と紛争の悪循環が起こる。

小型武器の戦争時代となって起こったもう一つの悲惨な現実は、子どもたちが兵士として強制徴用され、戦闘道具として訓練され、前線に出されるようになったことである。軽量化されたことによって、子どもも兵器を担ぎ、扱うことができるにようになった。子どもは洗脳し易く、強制的な指導によって言うことを聴くので、拉致され駆り出され、特別に過酷な非人間的な訓練を受けることになる。肉体的に傷付けられたり、薬物中毒にさせられたりして、条件反射的に命令に従うロボットに造り替えられる。国連報告では、現在世界の子ども兵士は30万人、子どもを兵隊として強制的に徴用している国は30カ国にものぼるという。

冷戦後、米ソ超大国による武器管理が緩和されると、小型武器は過剰生産され、経済のグローバル化と共に世界の紛争地帯に流出し、地域紛争を一層煽っている。核兵器や化学・生物兵器のような大量破壊兵器と異なり、小型武器であるが故に国際的な規制がないまま放置されてきた。
冷戦期には大量破壊兵器問題の影に隠れていた小型武器と対人地雷(とクラスター爆弾)問題に、世界のNGOも取り組み始める。

小型武器問題については、1995年にガーリ国連事務総長(当時)が提唱をし、1996年にオスカー・アリアスやダライ・ラマなどのノーベル平和賞受賞者からも声が上がり、アリアス財団、アムネスティ・インターナショナルなどのNGOが賛意を表し始め、次第に国際NGOたちはネットワークを形成していくことになる。
小型武器問題は、2000年のミレニアム国連総会で採択された『ミレニアム宣言』の中にも盛り込まれることになった。2001年に国連は第1回の小型武器会議を開催さし、行動計画も採択された。その後も2年に1回ごとにこの会議が開催され、その間に中間報告会議なども開催されてきた。こうした会議を通じて、小型武器への対応は「DDR」、つまりDisarmament(武装解除)、Demobilization(動員解除)、Reintegration(再統合)という対処(紛争予防)の考え方が導入されてきた。こうした通常兵器の軍縮問題は「ミクロ軍縮」と呼ばれている。

NGOたちは、1997年に対人地雷全面禁止条約の成立に成功し、小型武器問題では、武器取引(移転)を規制する「国際武器貿易条約」の締結を目指すことになり、2003年に「国際小型武器行動ネットワーク(IANSA)」(International Action Network on Small Arms)というNGOの国際ネットワークが形成された(本部はロンドン)。IANSAへの参加(メンバー)は、現在(2010年3月)120カ国、800団体に達している。日本もJANSAが国内に結成され、受け皿ができている。対人地雷全面禁止条約が、ICBL(対人地雷禁止国際キャンペーン)というNGOの国際ネットワークのイニシアチブによって成立できたように、小型武器の問題も市民社会の力で実効的な条約が締結できる可能性があり、それに向けて進む必要があるだろう。

2003年以降、「IANSA」は武器貿易条約(=ATT)を求める国際キャンペーン「コントロール・アームズ」(Control Arms)を展開している。 このキャンペーンに対して、2005年に欧州理事会は支持を表明した。対人地雷全面禁止条約は、使用・貯蔵・生産・移譲を即時、抜け穴なく、全面的に禁止し、破棄することを目的とするものだが、ATTはこうした包括的かつ全面的な禁止条約ではなく、人道的な配慮に基づき移転を規制し、国際的な法的拘束力を明確に取り決めようとするものである。国連小型武器会議では、NGOもすべての会議にオブザーバー参加できるようになっており、本会議ではNGOセッションも組み込まれるようになっている。
しかし、小型武器が問題化され、NGOたちが活動を開始して10年近くがたっても、未だ国際条約の成立はみられていない。今後の動きとしては、今年2010年に隔年の第4回国連小型武器会議が開催され、2012年に再検討会議が開催されることになっている。


現代の戦争とは:「傭兵/戦争の民営化」「開戦権限」「軍事力の限界」

映画の中で、主人公たちは砂漠で5〜6人のアメリカ人に出会い、狙撃弾に晒されているのを助ける。彼らはアメリカ軍の傭兵である。前回の『アバター』の解説で、次回はこの「傭兵/戦争の民営化」の問題について触れると書いたが、もうすでに相当の長さになったので、この問題はまたの機会に繰り延べたいと思う。

さらに、いくつかの考えるべきテーマを指摘しておこう。イラク戦争を通じて「戦争を始める権限」について、国際的潮流が変わる可能性がある。国連安全保障理事会が従来よりも実効的に機能できるという希望を含んだ可能性である。

もう一つ。イラク戦争後、「軍事力」の意味が根底から問い直されていることを考えておきたい。世界で唯一超最先端の兵器と最強の軍隊をもつ米国の軍事力をもってすら、イラクという中核的な国家の、バクダッドというそれほど大きくない中核的都市を制圧することができないという紛れもない現実を、私たちは共有した。最先端の兵器では、たった一つの爆弾処理もできないのである。このことが意味するものを考えることは、とても重要である。それは、日本国憲法「9条」が21世紀の新しい平和運動に大きく貢献する可能性ともつながるだろう。
これらのテーマについても、できるだけ早い内に詳細に述べる機会を持ちたいと思う。


企業のCSR担当者への一言:小型武器とIANSA
CSR活動とは、具体的には世界のNGOが行っている活動に対して企業が協働して取り組むことです。とくに日本企業のCSR活動には、国際的なテーマへの取り組みに欠ける部分があります。その点で、このレポートで紹介した「小型武器」問題に取り組む国際NGO「IANSA」およびその日本のカンウターバートである「JANSA」の活動を支援することは、企業の国際認識を高める上で非常に有効だろうと思います。対人地雷禁止国際キャンペーン(ICBL、日本の受け皿はJCBL)への参加なども同様です。



長坂 寿久(ながさか としひさ)
拓殖大学国際学部教授(国際関係論)。現日本貿易振興機構(ジェトロ)にてシドニー、ニューヨーク、アムステルダム駐在を経て1999年より現職。2009年に長年にわたるオランダ研究と日蘭交流への貢献により、オランダ ライデン大学等より『蘭日賞』を受賞。主要著書として「オランダモデル-制度疲労なき成熟社会」(日本経済新聞社、2000)「オランダを知るための60章」(2007)「NPO発、『市民社会力』−新しい世界モデルへ」(2007)「日本のフェアトレード」(2008)「世界と日本のフェアトレード市場」(2009、いずれも明石書店)等に加えて、映画評論としては「映画で読む21世紀」(明石書店、2002)「映画で読むアメリカ」(朝日文庫、1995)「映画、見てますか〈part1-2〉−スクリーンから読む異文化理解」(文藝春秋、1996)、など。