« CSRマガジントップへ
シネマ&ブックレビュー
長坂寿久の映画考現学

長坂寿久の映画考現学-4
イラク戦争の大量破壊兵器捏造問題に迫る先端性と隠された欺瞞性
――イラク戦争から7年、私たち日本人が知るべき今のイラクの実態

『グリーン・ゾーン』
(ポール・グリーングラス監督、2010年、米国映画)


2003年3月17日、大量破壊兵器(WMD)の保有を理由にアメリカ軍の先制攻撃で開始された多国籍軍によるイラク侵攻はまたたく間に成功し(!)、ブッシュ大統領は5月1日に一方的に「戦闘終結宣言」を行った。映画はそんな2003年3月〜5月の間を描いている。


アメリカに捏造されたイラク侵略の大義名分

在日アメリカ大使館のホームページに、「イラクの大量破壊兵器計画」という2002年6月発表のCIA報告書(翻訳版)が掲載されている(注1)
「イラクは、大量破壊兵器開発の多くを隠匿している。湾岸戦争後、イラクの広範な隠ぺい工作が明らかになった。イラクは、1998年に査察が中止されて以降も化学兵器開発を継続し、ミサイル計画を促進し、生物兵器開発に大規模な投資をしている。多くの専門家は、イラクが核兵器計画を再構築していると分析している。」と報告している。この報告書がイラク戦争の口実として使われた。
(注1)http://tokyo.usembassy.gov/j/p/tpj-j20030320d2.html

この報告書について、2004年、米上院情報特別委員会は、「情報の過大評価か根拠のない判断」と結論し、CIAもそれを認めた。米議会が「大量破壊兵器の存在は捏造」と結論付けたのである。CIA長官のジョージ・テネットはこれによって辞任するが、自著で、「政権内での真剣な討議なしに戦争は始められた」と書いているという。

でっち上げられた嘘の「事実」によって、アメリカはイラクに侵攻し戦争を始めたのである。

[ストーリー]

ロイ・ミラー陸軍上級准尉(マッド・デイモン)を隊長とする部隊は、フセインが隠している大量破壊兵器(WMD)の行方を追う---サダム・フセインの巨悪とアメリカの正義が実証するための---極秘任務についている。しかし、上層部が指示する場所に大量破壊兵器は存在しない。ミラーは徐々に国防総省情報局の高官クラーク・パウンドストーン(グレッグ・キニア)の動きに不審を抱き、CIAのマーティン・ブラウン(ブレンダン・グリーソン)、イラク人通訳フレディと協力し、部隊を離れて調査を開始し執拗な妨害工作と戦いながら謎の核心に迫っていく。
一方で、ウォールストリート・ジャーナル誌の記者ローリー(エイミー・ライアン)もパウンドストーンからの情報の不確かさに気づいていく・・・・


臨場感あふれるヒーロー映画だが…結局暴かれない大量破壊兵器の謎

「114分間あなたは最前線に送り込まれる」という宣伝コピーどおり、手振れ映像の臨場感と正義のヒーロー---大量破壊兵器の捏造を追求するミラー隊長---の活躍に脳も身体もフラフラになるほどの陶酔感を味わい、興奮する。しかし、観終わってから冷静に考えると、むしろこの映画にある種の欺瞞性を感じ、危険性に気がつく。逆にこの映画に騙されるなといいたくなってくるのだ。

この映画は3つの戦争を描き出している。
(1)イラクとアメリカとの間のまさにイラク戦争の前線、(2)アメリカ内部での(政治的)争いの現場、そして(3)イラク内部でのイラク人同士の(宗派的)争いである。
映画は大量破壊兵器捏造の秘密をあばくミラーを主人公(ヒーロー)に、(2)を主題として展開する。さらに嘘の情報を高官からの情報だからと無節操にも検証せず記事にして戦争に手を貸したマスメディアの問題にも目を向けている。問題意識は申し分ない、最先端の映画であると評価したくなる。

事実、公式サイトには著名人から称賛の言葉が羅列されている(以下、氏名は割愛)。
「イラク戦争の真相がわかる見事な活劇」「大量破壊兵器。その捏造された大義に対してメディアは何を果たしたのか。それすら忘れかけているように思える。」「今明かされるイラク戦争の真実。大量破壊兵器の存在をめぐる、米国内部の暗闘がリアルな映像でくり広げられる。」

一方、アメリカではこの映画への評価は賛否が真っ二つに分かれたらしい。「恐ろしく反米」「反戦」映画だというものと、マイケル・ムーアの「ハリウッドで作られたイラク戦争映画では最もまっとう」というものまで。

グリーングラス監督はイギリス人だが、ブレア首相がアメリカに追随してイラク派兵を決定した時、監督自身も大量破壊兵器の存在を信じ、戦争を支持していたという。一国の首相の言葉が嘘だった。その衝撃がこの映画を作る動機の一つになったと語っている。

タイトルの「グリーン・ゾーン」とは、チグリス川沿いに位置するイラク統治のための駐留米軍管轄エリア、接収したフセイン宮殿やイラク人の豪邸を含む周囲10平方キロに設定された安全地帯のことである。その中でアメリカ大使館はバチカン市国ほども占め、リゾート地のように大きな屋外プールやショッピングモールやフィットネスクラブなども完備する「グリーン・ゾーン」は1日平均3件ほどの迫撃砲の攻撃がある以外は、イラク国内の喧騒の届かない全くの別世界である。

映画は、ミラーの部隊が出動する冒頭場面を通じて、侵攻後のイラクの街を映していく。瓦礫を掻き分けて進む米軍車両に、ポリタンクを手にした多くのイラク人が集まる。彼らは水が欲しいと叫んでいる。「グリーン・ゾーン」のプールに溢れる水とイラクの人々の水不足とのあまりにも大きな格差を表す。

確かに、多くのイラク戦争映画の中で『グリーン・ゾーン』には先端性がある。大量破壊兵器が存在しないことをアメリカ兵自身が暴くというシナリオは、オバマ政権となったアメリカがここまで前進したとも解釈できる。しかし、“大量破壊兵器の嘘”はすでに自明のことであり(前述のように米国議会でも嘘であることを決議)、その描かれ方が問題である。

私たち日本人と日本にはどんな意味がこの映画にはあるのだろうか。ミラーの行動からミラー(鏡)の中に映る私たち自身のあるべき視点について考えてみる必要がある。そう考えるときに、この映画の欺瞞性について、映画そのものに力があるが故に書かねばならないと思う。