« CSRマガジントップへ
Home > 識者に聞く > 拓殖大学国際学部 長坂 寿久 教授
オランダでは通常3種類の雇用形態から選べ、パートタイム労働も常勤雇用契約
1「フルタイム雇用」
2「パートタイム労働」(週35時間未満の労働)
- 週約32時間(30~35時間)で週休3日=定着型パートタイム
- 週約20時間程度(15~29時間)=ハーフタイム
- 週12時間未満=短時間パートタイム
雇用契約は週3時間以上と規定、パートタイム労働者も社会保険(年金)に加入できる
3 人材派遣会社からの「フレキシブル労働」=一時的な雇用

出典:「オランダモデル~制度疲労なき成熟社会」(長坂 寿久著、日本経済新聞社)より
世界の流れに逆行する日本

 

Q:労働時間による差別の撤廃は世界的な動きと聞いていますが。
長坂 世界史を振り返ると、戦後、世界の先進国は、雇用差別の問題として、まず人種による雇用差別、障害者の雇用差別の問題に取り組んできました。次が男女の雇用差別問題に取り組んできました。そして、90年代後半以降、残っていた労働時間差による差別の問題に取り組むことになったわけです。

 オランダは1996年に労働時間差による差別を禁止する法律を作りましたが、このオランダのシステムはEUの議会でも可決されてEU指令という形で各国への導入が推進されています。さらにILO (International Labour Organization: 国際労働機関)でも決議され、労働時間差による差別をやめようというのが、21世紀に入って世界の大きな流れになっています。

Q:一方、日本では2000年代に派遣雇用が自由化しました。
長坂 1986年に中曽根内閣が派遣雇用法を導入して特定の職種に派遣労働を導入、1996年には製造業と建築、医療分野以外では原則自由化となりました。奇しくも1996年にオランダでは労働時間差による差別撤廃が行われた年に、日本ではこれと逆行した法律が施行されたわけです。さらに2004年には小泉政権によってついに製造業への派遣も自由化されました。

 強調したいのは、2004年が日本の歴史の中で戦後の経済成長をもたらした日本のセーフティネットが根本的に破壊された年だということです。別の言い方をすれば、日本の戦後の経済発展をもたらしたいわゆる「日本的経営」が完全に、そして法的にも放棄された年となったということです。製造業まで派遣雇用システムが採用されたことで、現 在は全体の38%が非正規社員や派遣労働者となっています。

 それまでの日本は、年功序列/終身雇用/福利厚生制度/新卒採用など、いわゆる日本的な経営システムによって―正社員、男性中心の雇用システムではあったものの―企業自身がセーフティネットを担ってきました。景気が悪くなっても雇用確保には努力する、すぐにクビは切らない、そこに日本企業の強みがあったわけです。

 しかし、1990年代後半から21世紀に入って、世界は労働時間差差別をなくす方向に動いてきたにもかかわらず、日本はそれとは全く逆行する形で、雇用差別を強化してきました。企業が雇用のセーフティネットを放棄することを政府が許可した時、政府はこれにかわって雇用のセーフティネットを本格的に導入すべきであったのに、全くそれをしません でした。世界はこの頃、同様にセーフティネットを完備し誰もが再チャレンジできる社会の仕組みをつくってきたのです。このことは、世界の潮流を日本は全く 理解できなかったことを意味しています。

 本来は派遣労働を許可する時に、政府は産業界と協力して日本型セーフティネットをつくるべきでした。今の日本は世界でも稀にみるセーフティネットがほとんどない国になっています。世界の本質の流れといかに乖離しているかをまず認識しなければ、本質的な問題は何も解決しません。

システムを変えれば、“社会の当たりまえ”も変わる。

Q:日本では緊急避難型のワークシェアリングが議論されています。
長坂 ワークシェアリング (worksharing) は“対等な立場で仕事を分かち合う”ということ。もともとの意味のshareは、 対等に分かち合うという意味をもっています。今の日本の議論は、失業率も高い、社会的に批判されないような形で労働コストをカットさせてくれという目先の問題を解決するためだけにワークシェアリングといっているにすぎません。今の日本で『オランダモデル』、あるいは『オランダ型ワークシェアリング』を主張しても誰の(政府や企業の)心に響きません。それどころか、オランダ型からさらに遠いものになってしまっています。

 そもそも4割近い労働者が差別された状態にあるのに、何もその人たちを守るシステムがない、その大きな問題点に政府も企業もメディアさえも注視してきませんでした。長年この問題に取り組んできた一人として、何か滑稽さというか馬鹿馬鹿しささえ感じるほどです。

 ヨーロッパでも経済か福祉かという時代もありましたが、今は両方のバランスをとり、雇用には手厚いセーフティネットをつくり、失業者が再チャレンジして経 済に貢献できる仕組みを社会に作り上げました。例えば、オランダでは病気の場合に疾病保険(手当て)や長期の失業保険や、さらに充実した生活保護制度でカ バーされています。デンマークやスウェーデンでは失業保険は7年間、それも給与の80%近い金額を受給できます。オランダもそんな感じです。日本では派遣社員は失業保険に入っていない人(加入には1年以上の雇用が必要)が多くおり、生活保護さえすぐには受けられません。労働時間による差別をなくし、失業したら失業手当、さらに必要ならば生活保護も受けられるのが世界の先進国のシステムなのです。