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Home > 識者に聞く > 拓殖大学国際学部 長坂 寿久 教授

Q:CSRレポートで何を記述したら良いか分からない企業も多いのでは?
長坂 そもそも“貴社は非正規社員の人数を把握していますか?”と いうことです。多くの企業は正社員以外の派遣や請負契約の社員人数を実は把握していません。なぜなら派遣や請負契約の社員については現場の課長レベルの担 当者に調整権限があるからです。非正規社員にかかる費用は人事コストではなくて生産コストの一つに過ぎず、人事部長や社長の把握すべき範疇ではないと認識 されているのです。

 しかし、非正規社員もその企業の収益に必死になって貢献しています。その人たちを無視して、今や全体の半分程度の正社員だけを対象に“従業員への貢献”を書くだけでよいのかということです。まずは現状を把握すべきです。

 親企業の工場だけでなく、子会社や関連部品を製造する工場にも派遣社員はいるはずです。「調べたところ、わが社は正規社員と非正規社員の人数はこうです」と開示することから始めなければなりません。非正規社員がいることはネガティブ情報だとしても、開示することで信頼につながります。

 その次は、当然ながら貢献してくれた非正規社員に何ができるか、となります。仮にクビを切らなければならないのなら、空いている社員寮を出来る限り提供するとか、日本全体を考えて非正規社員が自社以外に再チャレンジするために教育や訓練などのプログラムに取り組み、当社に貢献してくれた方々を送り出します とか、または中長期的に全員を正社員にするなどの経営方針があれば明確に打ち出すということですね。

Q:CSRの1つとして、ワーク・ライフ・バランスの検討を始める企業も多いようです。
長坂 重要なことは、仕組みを必ず人間に焦点をおいてつくらなければならないということです。たとえば私が鬱病で働けない、再チャレンジしたくても職業訓練もでき ないとします。「働かない長坂が自分勝手」ではなくて、欝である自分のケアをちゃんとできる仕組みが重要なんです。単に教育訓練できるようにするというこ とだけでなく、もっとライフへも配慮した幅広いフレームワークによる取組みが必要なのです。働くことから一時はみ出さざるを得ない人たちへの仕組み、誰も はみ出さない仕組みをつくる議論が非常に重要であり、それも企業が考えるべきワーク・ライフ・バランスの問題です。

 私たちは人間同士がつながりを感じられない社会をどんどんつくってきました。つながりを持った人間同士は平気で搾取したりすることができなくなるものです。製造者と消費者、経営者と雇用者も含めた誰もが、つながりを取り戻せる仕組みをつくることが21世紀のテーマだと思います。

企業は社会のステークホルダー

Q:企業のCSR活動で忘れてはならないことは何でしょうか?
長坂 企業も、単なる社会貢献活動がCSRではなく、市民社会セクターであるNGO/NPOを自社の本業の中にどうやって組み入れることがテーマだということに、気づき始めていると思います。

1つ重要なことは、『企業は社会のステークホルダーの1つ』であることを理解することです。以前は、企業のステークホルダーの1つに社会があるという認識でした。そうではなくて、社会が存在し、そのステークホルダーの1つ、最も影響力があるステークホルダーとして企業であり、だから社会全体と関わる行動をしなければならないということです。ステークホルダーの一つであるから、企業は社会に対してコストを払うのは当然なことなのです。

日本の企業の多くの人は、“雇用によって社会貢献している”という言い方をします。雇用によって、企業は社会から利益を得ているのですから、それを社会貢献と思い違いをするのはおかしい。企業は社会から利益を得ているのですから、社会をケアする経営は当然なことなのです。

CSRにはサプライチェーンマネジメントやモニタリングなどさまざまな問題があり、さらにCSRを本業の中に組み入れているかどうか、そのためのNGO/NPOとの協働も重要なテーマです。「社会貢献活動」であれば本業にかかわる従業員自身が取り組んでいるのか、単なる会社からの寄付で終わっていないか。さまざまな「モニタリング」といわれるものも、NGO/NPOなどの第三者機関による客観的なものとなっているのかどうかなど…。

たとえば日本が重要視するアジア市場でも、アジア各国や欧米の企業はCSRの重要性を認識し、きちんとCSRへのコストをかけて取り組みを行っています。その結果、今後はCSRへの取組みという点で日本企業と日本以外の国の企業の差が出てくるでしょう。その差はそのまま経営リスクとなります。そうなる前に、労働コストと同じようにCSRのコストというものを経営システムに組み入れて、真剣にCSRに取り組む必要のある時代に来ていると思います。

2009年3月インタビュー