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特集: COP15をいかに見るべきか?


192カ国・地域が参加して行われた国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)。先進国と途上国の複雑な利害が交錯する中、「合意に留意する」というあいまいな決着に終わった。地球レベルの気候変動対策は待ったなし。COP15をいかに総括し、次につなぐべきか、識者たちに聞いた。


“時間を無駄にする余裕はない” 個人の意識が不可欠



公益財団法人 旭硝子財団 
安田哲朗 事務局長

利害の対立で三極化したCOP15

Q:環境NGOとしてCOP15に参加されましたが、率直なご感想は?
安田 現地で強く感じたのが参加国・地域が三極化してしまったことです。国連決議に則って行動していきたい欧州勢---このグループに日本も含まれるかもしれません---と、京都議定書に拘束されずかつ多量のCO2を排出量する米国、ブラジルなど、そして温暖化で自国が水没の危機に瀕しているツバルなど島嶼国islands nationsの3グループに分裂し、islands nationsの“今すぐ現実的に何とかして欲しい”という叫びが他グループに届きにくかった。結果的に(ポスト京都議定書として2013年以降の具体策が期待されていましたが)京都議定書の目標数値を継続する/辞めるという話が全く出なかった、その点にも大きな未達感を感じました。

Q:最終日の全体会合では主要26ヶ国・機関の協議による「コペンハーゲン合意」に“留意する”という玉虫色の結論でした。
安田 確かに地球全体のことより、国・地域間のエゴが出てしまった感はあります。現地の新聞では“茶番劇”と評する厳しい見方もありました。
もちろん“地球の気温上昇を2℃以内に抑える”という大目標を掲げるなど前進した点もありますが、問題は具体的な削減目標の数値化が先延ばしされたことです。先進国には(自国が掲げる削減目標の達成に対して)査察を受ける義務がありますが、途上国には必ずしもありません。本当に“2℃以内”が達成されるのか、これからの道筋が非常にわかりにくいのが現状です。

Q:合意事項には、先進国から途上国へ2020年までに1000億ドルを提供するなどの温暖化対策支援も含みます。
安田 途上国も支援金による削減事業については国際的なverification(検証)を受けるという枠組みを作ったことは評価できます。しかし、過去の開発援助を振り返ると、必ずしも資金が本当に必要な末端に届いていなかったという現実があります。その点は、今回の環境対策支援においても留意すべき点です。具体的な検証方法も--- 一説には“現地に入らずとも衛星による観察で各地域のCO2排出量が検証できる”という話もありますが---現実的にどうするのか、現在のところはっきりしていません。

“全会一致”に翻弄された今回の決議

Q:192もの多くの国・地域が参加する締約国会議の仕組みそのものに限界があるという意見もあります。
安田 現地でも“COP15が泥沼化した要因は、議決に際して全会一致を原則とする仕組みにある”という批判は随分耳にしました。各国の利害が対立する現実と地球と人類の存続を考えたときに、“全会一致”が本当に正しいのかという議論ですが、その結論は出ていません。

国連主導を求めるEUなどは本当に悩んでいて、彼らは欧州排出量取引市場を活発化させるためにも(削減目標の)“合意”を強くめざしましたがCOPの“全会一致”原則に阻まれたわけです。一方仕組みを改善したいが大国が大枠を決定する仕組みには---今回のように米国と中国が連携するといった---大きな危険もあります。これから仕組みについては各国によるせめぎ合いがあると思いますが、では日本政府がどのような方向性を示すかは見えにくい状況です。

Q:各国の利害の対立は、結局のところ“経済成長”か“環境”か、優先順位の違いなのでしょうか?
安田 どの国も“環境と経済成長のバランスをとりながら、国際的な要求を満たすことに留意したい”と考えています。一方で国によって“差し迫った危機感”は異なります。
今回COP15における最大の危機は、アフリカ諸国が“自分たちが同意できない、間違った結論であるならば決めないほうが良い”と主張した時でした。アフリカ諸国は大規模なCO2削減を実現したい、しかし一律の削減率ではなく米国、中国、日本、欧州などに大きな削減を求め、それに経済成長がメインテーマである中国が反論し、アフリカ諸国がさらに反発する結果となりました。

どの国も気候問題の重要性は分かる、しかし目の前にさし迫った問題が“貧困や経済”か、水没する危険が迫るislands nationsのように“環境”か、各国の危機感が交差し、結果的に環境危機対応の具体的処置が先送りされたのが今回のCOP15の結果であったと感じます。

まだまだ“のりしろ”がある日本の環境対策

Q:日本政府は1990年比で25%削減を表明しましたが、COP15の結果を踏まえて、今後どのように対応していくべきでしょうか?
安田 国内的な削減努力に加え、対外的取り組みも重要です。現状の日本のCO2排出量は4〜5%ですが、限界削減費用は日本が群を抜いて高く、その削減費用を世界の他地域の温暖化対処に使用することで、地球全体では大きなCO2削減を実現することも可能です。
一つ申し上げたいのが、日本国内では“税金を上げれば経済がさらに悪化してダメになる”という論調が主流です。しかし、それではスウェーデンやノルウエーなど環境税が高い国々でGDPが上昇しているのは何故でしょうか。コストをかけて環境問題に取り組みながら経済成長も実現したそれらの国々と日本との違いが何なのか、勉強する点はたくさんあると思います。

CO2の25%削減はさまざまな国内研究機関が言うように“技術的には可能”だと思います。いつの時点でどのぐらい可能か明確にシミュレーションできていませんが、企業経営と同じく見えない部分にトライしながら見極めていくしかありません。日本の技術は素晴らしい、しかし個々の技術をもとに全体の大きなスキームを構築する力が不足しています。この点は行政の問題にも関わってきます。

Q:CO2削減の具体的数値目標には、産業界から経済成長との兼ね合いを懸念する声が常に挙がります。
安田 個々の企業には体力差もあり、一律に25%削減を求めることは難しいという意見は尤もです。だからこそ、経済産業界と民生部門がどのような割合で排出削減をめざすのか、早く行政が全体の目標数値とその達成に向けたさらに個別の具体的な目標を提示する必要があります。

一方で、時代とともに産業構造は常に変化してきました。鉄鋼業の繁栄と衰退を経て、いま自動車産業が新たな時代を迎えています。未来の産業構造は明確ではありませんが、今後も大きく変化し、環境技術が一つの重要なキーワードとなることは間違いありません。例えばIT技術を駆使した電力系統の構築で電力の需要と供給を効率・安定化するスマートグリッドも、産業構造を大きく変化させうる新しいキーワードの一つです。将来を見据える企業は(自らの成長のためにも)“環境”に向かってアクションせざるを得ません。

Q:環境先進国である北欧との違いは、国民一人ひとりの意識の差も大きいと感じていらっしゃると伺いました。

安田 今回スウェーデンの小さな街に立ち寄りましたが、環境モデル地区を設けて道路の脇にコンポストを設けて廃棄した食糧でバイオ燃料作る、太陽熱を夏の間にヒートシンクで地面に貯めるなどの取り組みが行われていました。
日本人も(分別ゴミなど)地道ですが環境への取り組みをとことんまでやっているとは言えません。多くの場合“コストがかかる”がネックとなります。
行政が目標を掲げ、インセンテイブを提示することも必要かもしれません。

ゼロエミッションを達成するためには2つのこと、“行政による社会システムの整備”と同時に“個人の意識の向上と行動”が不可欠です。北欧諸国では行政が社会制度を決め、それに高い環境意識を持った市民が追随しました。個人の意識を高めるために、われわれNGOの役割も非常に重要であると認識しています。
当財団の2009年度ブループラネット賞受賞者の一人、ニコラス・スターン卿---最新の科学と経済学を駆使した温暖化対策ポリシーを世界に提示した---は「国際的な行動を今すぐ起こせるならば、気候変動の最悪な影響を回避する時間はまだ残っている」そして「事態は切迫しており、時間を無駄にする余裕はない」と語っています。このことをわれわれ一人ひとりが自覚しなければなりません。


財団法人旭硝子財団「ブループラネット賞」
http://www.af-info.or.jp/blog/b-info/  
財団法人旭硝子財団の地球環境国際賞「ブループラネット賞」は、地球環境問題の解決に関して社会科学、自然科学/技術、応用の面で著しい貢献をされた個人、または組織の業績を称えるべく、1992年(平成4年)に創設された。受賞者(団体)は世界各国から選出され、18回目となる2009年度は、日本学士院会員/東京大学名誉教授宇沢 弘文教授(日本からの受賞者としては2人目)と、英国からロンドン・スクール・オブ・エコノミクス教授 ニコラス・スターン卿が選出されている。