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特集: COP15をいかに見るべきか?


192カ国・地域が参加して行われた国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)。先進国と途上国の複雑な利害が交錯する中、「合意に留意する」というあいまいな決着に終わった。地球レベルの気候変動対策は待ったなし。COP15をいかに総括し、次につなぐべきか、識者たちに聞いた。


科学技術を新たな外交資源に



慶応大学法学部 薬師寺泰蔵 教授
(独立行政法人科学技術振興機構地球規模課題対応国際科学技術協力事業推進委員会運営総括)

 2009年12月7日、COP15のサイドイベントの一つとして、独立行政法人科学技術振興機構(JST)と独立行政法人国際協力機構(JICA)の共催で国際シンポジウム「Towards Green Growth & Green Innovation」がコペンハーゲンで開催された(注)。シンポジウムではIPCC議長のラージェーンドラ・クマール・パチャウリー氏の基調講演をはじめ「グリーン成長のための戦略と取り組み」や「グリーン・イノベーションのための環境分野における国際研究開発協力」をテーマとする討論が行われた。こうしたサイドイベントは重要な情報源として高い関心が寄せられている。
慶応大学法学部教授の薬師寺泰蔵氏は、前・内閣府総合科学技術会議常勤議員であり、科学技術振興機構地球規模課題対応国際科学技術協力事業推進委員会運営総括を務める。このシンポジウムの主催者としてコペンハーゲンに赴いた。

COP15の合意についての評価

Q:法的拘束力のある決議や具体的な削減目標の取り決めが行われなかったことで、内外で否定的な報道もあります。この会議をどのように評価されますか?
薬師寺 ポスト京都議定書、つまり2013年以降の枠組みをどうするかを、190余りの国々が集まって結論を出すというのは無理があります。開発途上国は常に、先進国が温暖化を引き起こしたのだと主張し続けているのですから。今回、結論が出ないことに対する危機感が働き、首脳会合が開かれ、日米欧に中国、インド、ブラジル、南アフリカなどの新興国と途上国を加えた26カ国によるコペンハーゲン協定になったわけです。日米欧といったパワフル国家が決定しないことには、道筋が立たなかった。例えば、近年のG8サミットもそういう役割で動いている訳で、結果的にはG8サミット的な決定プロセスが、COPという国連の大きな枠組み中に拡大・移植されたわけです。法的拘束力のある合意や削減実績の透明性ある国際的検証など、COP15には問題は残りますが、私は決定プロセスの進化をかなり高く評価しています。

Q:COP15では国際政治の観点からアメリカと中国の動向にも注目が集まりました。この二国の動きをどうご覧になりましたか?
薬師寺 各国首脳クラスが集まりポスト京都議定書をどうするか議論することは外交交渉そのものです。世界全体で排出される二酸化炭素273億トン(2006年)の約40%をアメリカと中国が排出していますから、その二国が中心となって前に進まない限り何も解決しない。彼らにとってみれば自分たちが決めれば流れが変わると思っていますよね。その排出量がいわば彼らの外交資材になったわけです。核抑止力ではないが、環境抑止力の問題で、彼らは変な話だけど強力な武器を持っていると考えることもできる。日本は4.5%ですからね、外交資材にはならないですね。

Q:COP15では、2020年までに先進国による1,000億ドルの開発途上国支援が打ち出されましたが、これによって中国やインドをはじめとする途上国での取り組みが進むでしょうか?
薬師寺 中国やインドが求めているのは資金的支援より技術。日本の技術を必要としているのです。技術移転はある種の対価をベースに渡すということが前提ですが、問題は、そのメニューが無いということ。
日本は技術移転に非常に警戒感を持っているわけで、また交渉となれば、「技術は提供するけれど、日本は外交で何を取るのか?」。日本は対価だけを得ても意味はなく、日本標準を世界標準にするぐらいでなければいけないわけです。しかし現実はソーラーパネルでドイツと中国に負けています。一方、中国は風力で一番になりつつある。日本は何で勝つのか、と。それは日本が強みを持つ、より高度分野、例えば石炭ガス化、原子力技術ということです。

Q:どのような視点で日本の強さを発揮させればいいとお考えですか?
薬師寺 まず環境エネルギー革新技術を日本で奮い立たさなければいけない。日本は、ハイブリッドやプラグインハイブリッドなどの自動車、石炭ガス化のガスタービン、原子力発電の軽水炉などで圧倒的に強いわけです。
日本の体力が上がることは、日本の国益になるのです。体力を上げてからやるというのではなく、同時にやらなければいけません。
日本は経済国家だから、技術が国益にどう関係するかと見る傾向が強い。科学技術は国力で国益そのものです。ひとつは経済力になるし、もう一つは世界が必要とする知力になってゆく。日本は長期的視点から科学技術が国力伸張にどのような意味を持つかをしっかり考える必要がある。日本もかつては開発途上国で経済的成果ばかりを考えていました。いわば“坂の上の雲”を目指した訳です。それは悪いことではないけれども、経済成長を果たしたら雲がなかった。それじゃ、経済力を一体何に使うのか、と。中国が追いつけず、日本はアメリカに続いて世界第二の経済大国なら問題ないけど、もう経済力で中国が追いついてきている訳ですからね。


今後のテーマについて

Q:今後、先進国は具体的な削減目標を提示することとなりますが、日本は引き続き「2020年までに1990年比で25%削減」を提示すべきでしょうか?
薬師寺 日本は国連で「25%削減」という目標を示したのだから、この数値を下げるべきではありません。ただこの数値は“他の国が参加する”という前提に立っており、ある種の条件闘争になっています。しかし現実はその前提に耳を貸さないまま、「結構じゃないか、日本は25%削減を是非やってくれ」という受け止め方になっています。

Q:それでも「25%」と言い続けた方が良いとお考えですか?
薬師寺 そうです。引っ込めれば鳩山政権にとって打撃になりますからね。私は25%削減は科学技術以外にないと思っています。内閣府総合科学技術会議で私たちが作った「環境エネルギー技術革新計画(*1)」には46のメニューがあります。「これを前倒しでやる」とはっきり言うべきだと思っています。「25%」に対して産業界は臆病になっているから、経済政策で支援するのです。補正予算だとか二次補正だとかではなくて、進路を明示して予算を出すか出さないか、環境のためにやるのだというぐらいのつもりでやらないといけません。 国連で「25%」を表明すると同時に、どう実現するのか、具体策をもって一気に交渉できる体制が必要でした。その点、詰めが甘かったと言わざるを得ませんね。

*1:  http://www8.cao.go.jp/cstp/gaiyo/honkaigi/75index.html
http://www8.cao.go.jp/cstp/siryo/haihu75/siryo2-1.pdf

Q:今回のCOP15は世界192カ国もの国々が参加したことが「まとまりにくい」要因であるという見方もあります。世界各国で実効性のあるCO2削減を実現するためには、今後新たな枠組みが必要でしょうか? 日本の対応はどうあるべきでしょうか?
薬師寺 前に述べましたが、参加国が一度に議論して話をまとめるのは無理です。一国一票の国連がやる以上、無理なのです。国連の投票行動などを見れば分かるとおり、昔から小さなグループに大国が加わる構図があります。温暖化問題では、中国が開発途上国の味方になっています。中国は世界で20%の二酸化炭素を排出し、エネルギー消費では世界第二位ですが、パーキャピタ(国民1人当たりの生産高)は先進国に比べれば低い水準です。これが上がると排出量も増えますから、重要視されなければならないのですが、独自のロジックを展開しながら途上国側についています。
こうした状況を突破してゆくには、コペンハーゲンの26カ国+αのような枠組みで事前に詰める必要があるでしょう。COPは国連総会のような場になっています。国連は安全保障会議があって国連総会がある、結局、その方式ですね。 日本が取るべき道は科学技術外交を推し進めることです。すべての開発途上国に対して、科学技術で環境分野をまとめて支援するということです。資金的な支援も重要だけれども、やはり科学技術がより重要です。

Q:薬師寺教授は20年前から「国は技術で興り、滅びる」と科学技術とその活かし方の重要性を訴えてこられました。日本の産業界が経済性と環境問題を両立して、再浮上するカギはどこにあるとお考えですか。
薬師寺 『テクノヘゲモニー』に示した「国は技術で興り、滅びる」という副題のとおり、日本は滅びつつあるといえるでしょう。技術はやはり滅ぶのです。技術を伸ばすだけでは駄目で技術を国力に転化しなければなりません。だから滅ばないそのためには、科学技術外交が必要だということです。日本は経済的に強くなることはできたけれども、それを維持して、さらに強くして行くことを忘れてしまったのですね。中国をはじめとする新興国なども強くなってきています。そうすると日本は一体どこまで強くするのか、目が“キラキラしているか”、といった問題になる。結局、それがないから滅んで行くことになるのです。
日本が輝くのは科学技術力。日本は自然災害や環境分野に長けているし、高効率で安全な原子力発電技術をもっているわけです。こうした科学技術を海外に出すことによって日本の高い科学技術が世界の標準になっていくのです。
ミクロから見れば、構造パワーの問題。日本を強くした制度や仕組みを外国が学んだことが日本の構造パワーの強さの証明になった。しかし今は逆で、例えばソーラーパネルに関してドイツが電力買取を進めて日本が真似をしている。ドイツの構造パワーの方が強い、それが政策パワーになるわけです。技術やモノより、むしろ技術をどうやって動かすかという政策があって、それが科学技術外交になる。それが日本再浮上のカギになるでしょう。
だから日本の科学技術を外に出さずに中に閉じ込めてしまったら、技術は強くなるけれど国力は弱くなる、絶対に日本は凋落してしまうでしょうね。

(2009年12月21日取材)

注:COP15サイドイベントシンポジウム:「Towards Green Growth & Green Innovation」(JST/JICA共催、2009/12/07開催)でのポイント
COP15 Side-event Symposium: Towards Green Growth & Green Innovation‾ Environmental Sciences and Technology Cooperation between Developed and Developing Countries‾

1.  排出量削減目標の設定は、社会的コストではなく、グリーン成長のためのまたとない機会として捉えるべきである。
2.  先進国と途上国の科学技術協力は、共通の関心と相互利益に基づいていることが重要である。こうした協力を通じて研究成果が共有され、双方の人材育成が促進されることが期待される。
3.  途上国間の科学技術協力(南南協力)から生み出されるグリーン・イノベーションは先進国にとっても有益であり、これを可能とする新たなトライアングル協力(先進国を含む新たな南南協力)の構築が望まれる。
出典:http://www.jst.go.jp/global/sympo091207/j/index.html