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[短期シリーズ:いま改めて、CSRを考える]
2010年新年 特別対談:
21世紀は企業とNGOとの“相克と協働”の時代へ [後半]


拓殖大学国際学部:
長坂 寿久 教授
社団法人アムネスティ
インターナショナル日本:
寺中 誠 事務局長



BOPビジネスに潜む危険性


長坂:企業がNGOを巻きこむ動きの一つに経済産業省が推進するBOPビジネス(注)がありますが、これについてはどんな風に感じていらっしゃいますか?

寺中:直感的には危ないと感じますね。ビジネスという以上は収益がなければならない、(CSRと称していますが)下手をしたら貧困層の市場でどうやって儲けるかという話になってしまいます。例えば水の民営化の話もそうですが、水を有償にすると現金を持たない人が水を利用できなくなります。先ほどの長坂先生の話ではないですが、BOPビジネスはかなり慎重にモニタリングしないと、トンデモナイことになるのではという懸念を持っています。

長坂:実は私も日本がやろうとするBOPビジネスには懸念を持っています。確かにCSRを概念化したトリプルボトム論では、企業も社会のステークホルダーの一つであるという考えのもとに、「経済、環境、社会」の3つを基盤に社会システムを変えていく新しい経営を目指しています。貧困層を対象としたBOPビジネスも社会を直接的により良くしていくために、企業が取り組むべきことの一つとしてCSRの一環であるという考え方は理論的にはありうるでしょう。

一方でこれまでのBOPビジネスの成功事例をみると、必ずNGOが非常に重要な役割を果たしています。BOPビジネスとは、企業とNGOとの協働によるCSRへの取組みが結果としてビジネスにもなったということなのです。しかし、日本におけるBOPビジネスの危うさは、従来パターンの企業の思考によって、企業側が貧困層のニーズなるものを勝手に決めつけてしまうことです。貧困層のニーズ、地域社会のニーズの最先端で活動しているのがNGOであり、NGOがそうしたニーズを把握しているのです。つまり、企業はNGOと組むことで貧困層のニーズをベースにコミュニテイ全体を開発する、あくまでもコミュニテイのニーズに企業が応えることがBOPビジネスの大前提であるはずです。

ところが日本では、経済産業省の委員会等でも必ずしも企業とNGOが一緒に取り組む必要性、CSRの本質が理解されていません。要するに先進国の経済成長が伸び悩むなか、欧米諸国がBOPビジネスに積極的なので日本も遅れてはいけないという議論に終始しています。一方で経済産業省の動きに対してNGO側のスタンスがまだ明確ではないことも懸念する理由の一つです。

寺中:BOPビジネスがビジネスである限り、収益を挙げることが前提となります。考えるべき点は2つあり、まずBOPビジネスに参入する企業のリスクとして、貧困を抱える国の公共事業には腐敗の温床が生まれやすく、市民セクターとして企業に近づく組織が本当に現地で正当に機能できるのか慎重にチェックしなければいけない。2つ目にBOPビジネスにおいて企業はあくまでも貧困層の人たち自身の権利を守るスタンスを持たなければならない、そうでないと日本企業が単に現地の公共事業に関わる利権ビジネスに相乗りする結果になりかねません。長坂先生も仰るように、本当に現地の貧困層の環境改善に役立っているかを検証することが非常に重要となります。

長坂:経済発展は貧困をなくすわけで、NGOも経済発展が悪とは言っていません。問題は現状の経済発展が大きな格差をもたらす仕組みを内包しているということです。BOPビジネスに日本企業が殺到しようとしていますが、本来のBOPビジネスとは、現地のコミュニテイのニーズに応え、そのコミュニティの人々とパートナーシップを組むというビジネスモデルなのです。必ずしも儲けること、企業側が勝手に儲けるタネを貧困層のニーズだといって探すことではありません。NGOではPRA(参加型農村開発調査法)など農村の英知を引き出す手法を使って現地ニーズを把握しつつ活動を行っています。企業がNGOと協働し、NGOの要請に従って対応していく、その結果としてビジネス的に成り立つようになる。それがBOPビジネスです。間違ったアプローチでさらに格差を拡大しコミュテイを破壊することは絶対に避けねばなりません。

寺中:CSRは言い換えれば「企業が注意すること」、今まで企業が考えていなかったリスクを明確に意識することではないか。企業はビジネスを展開する存在で、収益を考えることはあたりまえです。しかし収益の観点だけで考えていると実はとんでもないリスクがあることに気づく、それがCSRの領域だと思います。自社は充分に社会環境に留意してきたと思っている企業も、社会の変化で新しいリスクが生じていると気付いてほしい。BOPビジネスにも大きなリスクが存在すると申し上げたいですね。


経済産業省が推進するBOPビジネスとは?
BOPとは「Base of the Pyramid」または「Bottom of the Pyramid」の略で、所得別人口構成のピラミッドの底辺層を指す。世界人口の約7割に相当する約40億人が年間所得3,000ドル未満の収入で生活しており、その市場規模は5兆ドルにのぼると言われる。BOPビジネスとは、企業が途上国においてBOP層を対象にビジネスを行いながら、生活改善を達成する取り組みのことである。慈善事業ではなく、持続可能性のある本業のビジネスとして行う点において、CSR活動をさらに発展させたものと言える。(経済産業省ホームページより抜粋)