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シネマ&ブックレビュー
長坂寿久の映画考現学

長坂寿久の映画考現学-3
――拝金主義からステイタス主義の時代へ
――ネット時代の人間のコミュニケーション
――世代観の違い/家族、人、そのつながりの意味
そして日本の雇用の現状について考える――多様に楽しめる風刺映画

『マイレージ・マイライフ(原題UP IN THE AIR)』
(ジェイソン・ライトマン監督、2009年)


人とのつながりの大切さ――人生の真の重さは何で量るのだろう]

[自由気儘なライフスタイルを最高と考え、人や家族とのつながりに価値を認めない生き方を続けてきた主人公が、やがて大切なものに目覚める・・・ひとことでいえば、そういった常套的シナリオのアメリカ映画である。
しかし、リーマンショック以降の未曾有の不況下における厳しい経営・雇用問題を下敷きに、解雇宣告を仕事とするビジネスマンを主人公にしたこの映画は、インターネット時代の首切り宣告システムの登場や世代間の考え方の違いなどを背景に、時代感覚にあふれた、様々な考える材料を提供してくれる、価値ある作品になっている。

日本で簡単に首切り対象となっている派遣などの人たちにとっては、日本の非人間的な解雇通告との違いに戸惑い、差別的な雇用制度の実態を改めて考えさせられることになるだろう。

アカデミー賞の6部門にノミネート。作品賞、監督賞、主演男優賞(ジョージ・クルーニー)、助演女優賞(ヴェラ・ファーミガとアナ・ケイドリックのダブルノミネート)、脚色賞の各部門で期待されたが無冠に終わった。しかし、とても楽しめる映画である。監督は、『サンキュー・スモーキング』『JUNO/ジュノ』で話題となった新進気鋭のジェイソン・ライトマン、主演は今や世界のダンディ、ジョージ・クルーニー。彼の代表作の一つになるかもしれない。

[ストーリー]
主人公ライアン・ビンガム(ジョージ・クルーニー)は、企業の「発注」をもとに対象者に解雇を告げるプロの解雇宣告人。巧みな話術で解雇を納得させ、希望を与える---つまり再出発のための再雇用研修セミナーに勧誘するのが彼の仕事だ。
アメリカ中を飛び回り、年間322日も出張している根無し草のビジネスマンだが、機内持ち込み用小型スーツケースに人生の全てを詰め込む気軽な生き方に満足している。彼のマイレージは、全米で7人目の1000万マイル達成目前。航空会社から自分専属担当者のついた最高のサービスを受けられる1000万マイルは、常人には達することのできないステイタスのシンボルとなる。
2人の女性が登場し、やがて彼を変えていく。自分と同じ生き方をして空を飛び回るキャリアウーマンのアレックス(ヴェラ・ファーミガ)とは「大人のつきあい」のセックスフレンドになる。そして社長が雇った超新人のナタリー(アナ・ケイドリック)。彼女の新提案が実行に移されれば、ライアンの1000万マイル達成も危うくなる・・・。


[リストラ宣告人の仕事と夢]

●主人公の宙に浮いた(UP IN THE AIR)人生を描く
アメリカの会社は、すでに部下に直接の解雇宣告をできないほど臆病になっており、こうしたリストラ請負人を雇う状況になっている。映画が示すこの現実に、まず愕然とさせられる。

リストラ請負人を「発注」する目的は、不当解雇であるという提訴をくい止めることにあるらしい。恐らく企業は提訴のリスクを請負会社に負わせようとしているのであろう。
リストラ「需要」のおかげで、請負会社は宣告経費を利益として受け取リ、加えて、被解雇者が自社主催の研修プログラムに参加すれば、さらに利益をあげることができる。

不景気の今、ライアンの仕事は最盛期を迎えている。全米各地の空を飛び、解雇宣告をして回る。アトランタのアパートには生活のにおいは全くない。しがらみのない独身生活の素晴らしさ。アメリカではそんな生活スタイルへの関心が高まっているのか、彼は出張の合間に各地で身軽な人生の過ごし方について講演している。もちろん、特定の恋人などは持たず、家族とも疎遠である。
ライアンは罪悪感をもったり悩んだりはしない。ショックを受ける相手への感情移入も全くない。マイレージが貯まっていくことが彼の喜びであり、生きる目的でさえある。

筆者は昔、ある日本企業の人から、「自分の仕事は社員の首を切ることだが、最後は私に感謝して会社を去っていく」と自慢話を聞かされ、何ともいなや気分に陥ったことがある。
ライアンも言葉を駆使して---心にもないことを言ってクビを納得させ、感謝までさせるテクニックには、なるほどと思う部分もあるが---相手と対面する。相手のプライドをくすぐり、人生を俯瞰する視点をもたせることが基本らしい。ライアンはそんな説得テクニックやスキルに、自信とプライドを持っているようだ。

そのためか、この映画には各地上空からの俯瞰風景が登場する。それが、人生(生き方)の「宙ぶらりん」を意味するタイトルの『UP IN THE AIR』と合体して独特の味わいを作品世界に添えている。

スマートに仕事をこなし、おしゃれな旅を日常とし、高収入。
彼の生き方は、実は多くの人の憧れ、現代のファンタジーの一つの変形なのだろうか。
着こなしさわやかなスーツ姿で、特別客と分かるプレミアムカードを水戸黄門の印籠のごとく手にひらめかせ、マイレージの貯まる空港、ホテル、レンタカー会社、レストランを颯爽と使いこなしていく。くだらないエリート主義だと感じつつも、それをジョージ・クルーニーに見せられると、何だかかっこいい、今まで気づかなかったもう一つの理想的生き方だと感じてしまう人もいるに違いない。そうした生き方をクルーニーが軽快に自然に演じている。

この映画には自分もその一部だと思わせられる会話が各所にちりばめられている。
主人公が特別のマイレージカードでプレミアム待遇を受けて優越感に浸る姿を滑稽だと思いつつも、年会費の高いゴールドカードに優越感を感じている自分の中のライアンの存在に気づかされる。ポイントが貯まる方を優先して買物している自分。早く、そして「合理的」に動くために、素早く列の品定めをしている自分・・・。
そうしたミニ・ライアン的滑稽さに気づいて、いささか動揺したりもする。