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シネマ&ブックレビュー
長坂寿久の映画考現学

長坂寿久の映画考現学-6
ようこそ、オランダモデルへ
〜21世紀型合意モデルの失敗か軽視か試練か 〜

『ようこそ、アムステルダム国立美術館へ』
(ウケ・ホーヘンダイク監、2008年、オランダ映画)





写真右は、美術館の代表作 レンブラントの『夜警』の前で打ち合わせする人々。写真左ポスターのヘルメットをかぶった女の子は、ヨハネス・コルネリス・フェルスプロンク作の『青い服の娘』。彼女もいまではすっかり黄色い工事作業衣に身を包んでいる。

未だ改装工事が終わらない国立美術館の騒動を描いたドキュメンタリー

アムステルダムのライクスミュージアム(国立美術館)は、レンブラントの傑作「夜警」、世界に35点しかないフェルメールのうち4点(『牛乳を注ぐ女』『手紙を読む青衣の女』『恋文』『小路』)をはじめ、オランダ17世紀のゴールデンエイジ(黄金時代)の絵画を中心に、彫刻、工芸、歴史資料、東洋美術など、フランスのルーブル美術館と並び称されるヨーロッパ屈指の大美術館であり、オランダの観光名所となっている。

その美術館が、2004年に2008年完成を目指して改修工事を開始以来、未だ終わらず、閉鎖のままとなっている。(実は、この美術館の閉館のおかげで、私たちは2007年に東京・六本木の国立新美術館でフェルメールの『牛乳を注ぐ女』に出会うことができた(「牛乳を注ぐ女とオランダ風俗絵画展」)。絵の前は長蛇の列だった。)

もちろんレンブラントやフェルメールなどのマスターピースのうちわずか400点弱が隣接のフィリップス棟で集中展示されており、一応はごく一部だが楽しむことはできる。
改修中の本館の再開は、少なくとも2012年末か2013年頃まではないらしい。
改修工事に何が起こったのか、そのてんやわんやの顛末がドキュメンタリー映画になった。

この映画の面白さは、工事の遅れの問題のみならず、美術館の奥深い迷宮へ案内してくれると同時に、美術館を運営するキュレーター(学芸員)や修復家や守衛など、美術館に関わる人々の美術館への思いも描いており、めったにみられない貴重なドキュメンタリー映画になっている。


[ストーリー]
オランダの国立美術館であるライクスミュージアムは、1885年に建設された。
19世紀の建築家ペトルス・H・J・カイパース(アムステルダム駅の設計でも知られ、日本の東京駅もカイパースの影響を受けている)によるこの美しい美術館を改装することになった。

新しい美術館の建築設計コンペに勝ったのはスペイン人建築家のクルスとオルティス。
彼らはカイパースの建築思想に敬意を表しつつ、革新的なミュゼオロジー思想を導入して、新設計図を作製したという確信があった。しかし、サイクリスト(自転車)協会など様々な美術館のステークホルダーとの意見交換により、建築家の設計図は修正を余儀なくされ、工事は中断され、美術館は廃墟のような様相をみせていく。

建築家は「これは民主主義の悪用だ」と毒づき、モチベーションを下げていくが、内部では学芸員間で展示アイディアについて容赦ない議論が続き、異見の衝突や批判で傷つく学芸員もいれば、「40年後に孫を連れてきて、おじいちゃんがこの展示室をつくったんだと言いたい」と、日本の金剛力士像をついに手にいれて目を輝かせる東洋美術担当の学芸員もいる。
装飾家や修復家は必死に復元に熱中し、警備員は美術館のすみずみの壁のひびまで覚えるほどの愛着を表明する。さらに膨大な絵画は隣の州(30キロ離れたレリスタット)の巨大な収蔵庫の中で眠っており、学芸員たちが訪れてはそれを引き出して展示イメージについて議論を交わす。

しかし肝心の改装はようやく設計に妥協案ができたかと思うと入札価格が高くて無効となり・・・。
ともかく世界最高の芸術品の前で繰り広げられる多様な登場人物の面白さや美術館の舞台裏。威厳に満ちた美術館の建物の内部には、生き身の人間の思いが蠢く生々しい人間らしい空間であることを知る。ともかくお勧めしたい面白い映画である。

ウケ・ホーヘンダイク監督は美術館から依頼されて改修の経過を撮り始めたが、4年を経て美術館の開館が遠のいたことから、当初の企画を変更し、新しい視点で見事なドキュメンター映画を編集した。監督はその後も美術館の改装の記録をとり続けているようで、現在2013年に予定される開館の時には完成するであろう。続編の行方にも興味をそそられる。

2009年に山形国際ドキュメンタリー映画祭で上映、2010年モントリオール国際芸術映画祭審査委員賞受賞。 2010年8月21日から東京ユーロスペース等で順次公開。