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シネマ&ブックレビュー
長坂寿久の映画考現学

長坂寿久の映画考現学-6
『ようこそ、アムステルダム国立美術館へ』
(ウケ・ホーヘンダイク監、2008年、オランダ映画)


都市建築はトータルスケープの時代

建築とは制約の中で作り上げる芸術である、と私は思っている。
敷地の制約、使用目的の制約、気候・風土・土地構造の制約、環境・交通・アクセスの制約、等々。
その中で未来をみすえてつくる壮大な芸術である。建築を見ていると未来がみえるとすら感じる。
だから私は建築に興味をもっている。

2000年の日蘭400年祭の年にオランダの建築博物館(ロッテルダムにある世界最大の建築専門博物館)主催で、日本の建築展を行った。オランダ在住の建築家吉良森子らが中心となって企画したもので、私もいささか参画させていただき、オープニングセミナーではスピーカーの一人でもあった。その開催コンセプトは、『トータルスケープ』(注1)であった。

トータルスケープとは、私のコンセプトでは、環境との関係を見る「エコスケープ」、地理・風景から見る「ランドスケープ」、街・町の音などから見る「サウンドスケープ」、インラフ網との関係でみる「ロジスティッグスケープ」などがあり、さらに山河−里山−山里−町−街−都市の自然から人工的なものへの連続性の中に建築はある。これら多様なスケープの中で都市と建築を捉え直すという考え方である。
日本の建築は、建築雑誌をみるとよく分かるが、建築家が建てた建物だけを写真に写してそのすごさを紹介する。その建築物を一歩引いて、周囲のランドスケープや環境との関係やアクセスとの関係や、都市の連続性の中では一切紹介されない。オランダにいると都市の連続性が都市の美しさを形成していることが分かる。

同時にオランダの建築はこうしたトータルなスケープを問題意識とし、都市の連続性を大切にすることを前提にしてつくられていることを知る。日本の有名な建築家の建造物をその建物だけを紹介するのではなく、トータルなスケープの中でその建築を紹介し直してみようという展示コンセプトであった。

オランダの建築家にいわせると、日本は建築家の天国だという。何も規制がないからである。
だからいい建築家が出ているのだろうという。だから逆に個々の建築家の独特の建築のすばらしさはあっても、都市の美しさとは無関係ないのである。こうしたトールタな視点で建築を捉えるという観点は、当時はまだ新しかったかもしれないが、今や常識となっているであろう。
オランダでは都市計画と建築をトータルなスケープで捉えてきたことが、同時に「3者の合意アプローチ」としてのオランダモデルを作り上げてきたともいえよう。

注1:『Japan. Towards Totalscape』,edited by Moriko Kira and Mariko Terada,NAi Publishers,2000

プロセスマネジャーの役割と能力――オランダモデルを機能させる仕組み

2つめの問題は、この映画には2人のプロセスマネジャー(映画ではプロジェクトリーダーと訳されている)が任命されているが、彼らの役割と能力の問題である。
オランダでは都市計画や公共建築においては、このプロセスマネジャーが重要な役割を果たしていて、彼らがリーダーシップをもって進めていくのである。

このプロジェクトを実施するために新しい強力なリーダーシップをもつ館長が任命されている。 ドナルド・デ・レーウ館長は、冒頭のシーンで、「市民のみなさまに愛される美術館をつくりたい」と話しながら解体中の館内を案内してくれる。
しかし、実際は改修は美術館だけの問題であって、地域住民には関係ないと思っていたようであり、そのためサイクリスト協会や地区委員会とも緊密な交流を図ってこなかった様子が映画から分かる。
彼は工事開始の段階において初めて地域住民(NGO)や地区委員会に対し情報開示を行ったのであろう。工事段階になったら周囲にも知らせねばと思っていた程度だったのに違いない。

こうした場合、本来なら、プロセスマネジャーが館長に対してやり方を強く正し、ステークホルダーの意見を聞き、話し合うことからはじめるはずである。
この館長の個性が強烈で、彼に引きずられて2人のプロセスマネジャーがイニシアチブを発揮できなかったのかもしれない。あるいはそもそも機能・能力的に任命されたプロセスマネジャーに問題があったのかもしれない。

確かに、最近は「プロジェクトマネジメント」の問題は、国立美術館だけでなく、地下鉄工事のケースなどいろいろなところで露呈しているという声を聞く。
友人のオランダの建築家に聞いてみると、“この映画のケースとしてではなく、一般的に指摘されている点としては”と断りながら、「自治体やコントラクターのマネジャーたちが、彼らがそれぞれの関係者のやるべきことの内容を把握し、適切に統合する力と責任があればまだ良いのだが、統合していない情報をただ受け渡す程度の力しかもたない人が多くなっている」のが問題だと指摘している。

その原因は、「プロセスマネジメントの仕組み(筆者のいうオランダモデル方式)が生まれた当初は、現場経験を経てからプロセスマネジメントに移行した人が多く、彼らは有能な世代として(オランダモデルを)成功させてきたが、今では大学でプロセスマネジメントだけを学んできている世代がそのままその職務についているのが問題」だという。

これら適切な能力のないプロセスマネジャーにプロセスを移行していくと、その行く末には、最初から最後まで内容を把握して責任をもとうとはせず、分節された責任者に責任を負わせようとする形になっていき、その結果いかにそれぞれの分節した責任以外を負わないというリスク回避に集中し、調整が一層悪くなり、作り上げる力を失って行くことになる。

自治体でもデベロッパーでもゼネコンでも、90年代後半から21世紀に入った頃の好景気の時にこの手の本来のプロセスマネジメントの能力を欠いた中途半端なマネジャーたちを大量に雇用した。しかしその後の経済危機によって人材的に飽和状態になっており、ゼネコン以外はなかなか人員整理もできず、彼らから危機以降の新しいビジョンが生まれるはずもないと、友人である建築家の意見は手厳しい。


シビックプライド---「I amsterdam」キャンペーン

最後にもう3点付記しておきたいことがある。
1つは、2004 年から始まったアムステルダムの都市プロモーション・キャンペーン「I amsterdam」である。「I am ・・・」とAmsterdamをかけた絶妙のキャッチコピーだと思う。

誰かが創ったアムステルダム像のイメージの宣伝コピーではなく、アムステルダム市民たる「私」は、「私」としてアムステダムをこう考えるという、市民の自主性、自負、主張、誇り、参加を呼び掛けるコピーである。アムステルダム市民の市民性の自負と誇りを呼び覚ます、「自治意識」喚起のキャンペーンなのである。都市の差別化の鍵は自治意識、「シビックプライド」にあるという本(注2)の中でこのキャンペーンについて紹介されている。

注2:『シビックプライド――都市のコミュニケーションをデザインする』、読売広告社都市生活研究局著、宣伝会議Business Books

もう1つは、この映画の中で改修工事の混乱に乗じて国会議員も口を挟んでくるシーンがある。 アムステルダム市の権限の縮小について語っていたと思う。

オランダの中央政府・国会は、2つの方向から引き裂かれてきた。1つはEU(欧州連合)である。EUという上位の地域統合組織ヘ向かって国家の権限が縮小されてきたこと、もう1つはアムステルダムとロッテルダムという2つの巨大都市に対しては権限移譲が進み、巨大都市の自治権が大きくなってきたことである。
このため国家・国会の権限が両方向から剥奪され、国家とは何かという問題が提起されてきていた。政府は単に国政をやっている演技をしているに過ぎないのではないかという揶揄もされてきた。このシーンをみると、国権の復活を求める国会議員が蠢き始めているのだろうと感じた。

第3点は、この映画を見ていて、美術館などの公共の建物について、モニュメンタルな歴史的建物を建てるべきだという野心の時代が終わろうとしているのかもしれないと感じた。

オランダはいつも時代のペースセッターとなってきた。オランダで起きることがその後次第にヨーロッパへ波及していき世界へ波及していく。アメリカのカリフォルニア州のような存在である。
この映画で起こっているような、歴史的遺産となるような建築物を作りたいという人間の権力欲的欲望と、人々の生活感覚を踏まえた市民性とが衝突する出来事が今後世界のミュージアム(美術館・博物館)の改修問題の中で起こってくる、その端緒を記録した歴史的映画なのかもしれないとも感じた。

企業のCSR担当者への一言:マルチステークホルダーの意味を再認識する
この映画がCSR的に問いかけている問題は、実はとても重要なものがあると思います。
日本でもこうした都市開発プロジェクト(工場建設でも)などにおいて、これまでのやり方からオランダモデル型へ移行していくことが、当然ながら、今後の本質的動向として課題となってくると思います。
山口県の田ノ浦の原子力発電所の建設問題などで、すでに新しい形の運動が起こってきています。
CSR論の一つの論拠は「マルチステークホルダー」です。この映画は、自社のマルチステークホルダーとは何かをしっかりと再考し、捉え直すべきことを問いかけていると思います。



長坂 寿久(ながさか としひさ)
拓殖大学国際学部教授(国際関係論)。現日本貿易振興機構(ジェトロ)にてシドニー、ニューヨーク、アムステルダム駐在を経て1999年より現職。2009年に長年にわたるオランダ研究と日蘭交流への貢献により、オランダ ライデン大学等より『蘭日賞』を受賞。主要著書として「オランダモデル-制度疲労なき成熟社会」(日本経済新聞社、2000)「オランダを知るための60章」(2007)「NPO発、『市民社会力』−新しい世界モデルへ」(2007)「日本のフェアトレード」(2008)「世界と日本のフェアトレード市場」(2009、いずれも明石書店)等に加えて、映画評論としては「映画で読む21世紀」(明石書店、2002)「映画で読むアメリカ」(朝日文庫、1995)「映画、見てますか〈part1-2〉−スクリーンから読む異文化理解」(文藝春秋、1996)、など。