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シネマ&ブックレビュー
長坂寿久の映画考現学

長坂寿久の映画考現学-6
『ようこそ、アムステルダム国立美術館へ』
(ウケ・ホーヘンダイク監、2008年、オランダ映画)


工事に揺れるアムステルダムの現状

実は今、アムステルダムの公共工事は大きな混乱の中にある。
アムステルダム市民はいたるところで「工事中」の表示に疲れ果ててしまっているかのようだ。

アムステルダム国立美術館だけでなく、オランダが誇るアムステルダム海洋博物館、そして近代美術を集めた市立美術館も改築中でもう数年閉鎖状態にある。その上、地下鉄工事が始まり、これもトラブル続き。市内中央を貫く大工事で、砂上の楼閣のアムステルダムの地下工事は技術的にとても難しいに違いないが、工事により地下陥没や隣接住宅が傾いたりと、市民生活を脅かす程になっている。
その結果、経費が予算の2倍になり、この不景気にと、中止を訴える市民活動も起きている。

今年(2010年)のアムステルダム市議会選挙には「地下鉄工事を中止する党」が出きて、女優の方が当選した。7月には、大デパートのバイエンコルフの地下にトンネルを入れる工事があり、何が起こるかと市民はひやひやしていたが、無事通ったらしい。
工事の大幅遅れも、アムスっ子にはまたか〜という程度でもう話題にしたくない程だと友人からメールがきた。
そんなわけで、観光地アムスでは現在この3つのミュージアム(美術館・博物館)が同時閉館されており、この市の運営に批判も集中している。今、観光客を受けていれているのは、ゴッホ美術館とアンネ・フランクハウスで、この2つが稼ぎ頭となっている。


オランダモデルについて考える

この映画で描かれるライクスミュージアムの混乱について、私(筆者)としては、監督自身、館長、2人のプロセスマネジャー(映画ではプロジェクトリーダーと訳されている)、スペインの設計者などのこのプロジェクトへの姿勢について一つの決定的な不満がある。以下にお話するように、オランダが開発してきた21世紀型合意システム(筆者はこれをオランダモデルと呼んでいる)への理解が致命的に欠落しているかのように感じるからである。
それがこの映画を通して、オランダに対して重要な誤解(市民からの文句が多い国)を与えかねないと思うからである。

この映画の救いは、なぜ混乱に陥ったかに対する無理解とは別に、美術館で働く人々の美術館への愛情と、混乱に陥ってもお互いに敬意をはらいつつ自分の主張を述べ、他者の発言に耳を傾け議論を続ける、そのオランダ人たちの姿勢がみられることである。
この姿勢こそが先端的な21型合意システム(オランダモデル)を作り上げてきたその基盤となるオランダ文化であるといえる。

以下に、私たちが21世紀の新しい合意システムとして、今後世界で導入されていくことになるであろう「オランダモデル」型の都市開発・公共施設の改修などの「プロジェクトマネジメント」のあり方について、この映画を通して考えてみたい。
今回のタイトル『ようこそ、オランダモデルへ』はそういう意味である。


21世紀型合意モデルとしてのオランダモデル

都市開発や空港建設などの地域開発プロジェクトにおけるトラブルに対処するため、オランダは1つのモデルを開発してきた。
政府(自治体)と企業(開発業者等)の2者だけで案を作り、その後で念のため地域のNGO(非政府組織)などに提示し、理解を得る形をとるという伝統的なやり方ではなく、最初から地域の環境NGOなどを含むマルチステークホルダー(市民社会団体を含むすべての利害関係者)に参加してもらい立案していく手法である。「最初から」というところがポイントである。

この政府セクター・企業セクター・NGOセクターの3者の対等な話し合いによる合意形成システムを私は「オランダモデル」と呼んでいる。この方式は経済政策から社会政策、そして都市計画まで、オランダの社会経済システムに浸透している。この新しい合意形成モデルは、今後21世紀前半のうちに世界に広がっていくに違いないと考えている。

こういった公共プロジェクトには独裁者がいて、一方的に決定してしまえば一番早いかもしれない。しかし独裁政治はその後革命を起こしてすべて喪失したり、独裁者の私益が優先され国民(市民)には使えないものになったり、使い勝手の悪いものになったりする。そこで私たちは民主主義を開発してきた。民主主義は独裁に比べ意思決定が遅くなり、スピードから言えば時間がかかるのが問題である。しかし独裁政権によるよりは良いのもができるであろうことは経験的に言えるであろう。

その民主主義も次第に問題が起こり始める。
今の民主主義は政府と産業界とが相談して決定するシステムになっており、やはり市民(国民)の声が届かない。オランダに来る時に降りるスキポール空港を考えてみよう。スキポール空港は、ヨーロッパの中でも都心に最も近い利便性の高い空港として知られている。その空港に滑走路はすでに5本(民間小型機用滑走路がもう一つある)も作ってきた。

当初は当然ながら政府と企業(産業界)が話し合い、案を作成してきた。この2セクターだけで話し合うのだから、案は1年半ほどでできる。しかし、滑走路建設は騒音や交通の渋滞など市民の生活に大きな影響を与えるため、当然ながら政府と産業界で作り上げた案を市民の了解を得ようと説明する会を開くことになる。
提出された案に対して、市民(地域の市民団体・NGO)は問題点をあげ連ねて反対をすることになる。決着がつかず新滑走路案は数年頓挫することになる。そしてほとぼりが冷めた頃、再び政府と産業界の案が、市民の皆様のご意見をいれましたと、新案として提示される。ここでも再び市民団体は問題点を連ねて反対する。政府が強行しようとすると裁判に訴えられ、最初の案から10年たっても新滑走路はできるのかできないのか明らかでない状態となり、ビジネスにとっても不透明の不都合はますます高まる状態が続く。

そこでオランダが考えたのが最初からNGOを入れて相談を始めるやり方である。
もう一度書くが、「最初から」という点が最も重要なのである。
NGOは地域を代表して意見をいう。政府や産業界としては最初は未知な相手で、面倒なことになったと面白くないし、最初はお互いぎごちないが、何度も会談を進めるうちにお互いの個性を知るようになり、親しくなっていき信頼感が生まれてくる。

こうしてNGO側の意見を全部ではないにしても組み入れた案が作成される。
「合意」とはお互いの主張のギブ・アンド・テイクによって3者がウィン・ウィン状態をつくることである。NGOは全部ではないにしても主張が取り入れられることによってそのプロジェクトに責任を負うことになる。こうして3者が合意する案の作成には、政府と企業の2者による案の作成よりも時間がかかるであろう。しかし、案の完成時にはこのプロジェクトはゴーが決定するのである。しかも、2者方式より、オランダ型の3者方式の方が、実質的には最も早いだけでなく、より安く(コスト的に)、しかもより良いものができることを証明してきたのである。

こうしてオランダは「政府(自治体)・企業(産業界)・NGO(市民団体)」の3者による合意システム、つまり3者が対等なパートナーシップで話し合い、合意しつつ案を作り上げる仕組みは、今や経済政策、社会政策をはじめ、都市計画にも導入されてきているのである。

国際的にも、このオランダモデル方式は次第に常識になりつつある。
とくに国際イベントではすでに常識である。
2000年のシドニーオリンピックの環境対応がこの方式(最初からNGOが参加して取り組んでいく)で行われたが、以後国際オリンピック委員会はこのシドニー方式(「グリーンゲーム」と呼ばれている)をオリッピックの誘致条件にした。また愛知万博では、この方式に則っていなかったため、国際万博委員会はNGOが参加する形にやり直すことを要請し、この結果環境保護の観点から大鷹棲息地の会場予定地が縮小されたことは、恐らく知っている人は知っているだろう。