識者に聞く

新しい価値観で未来を創り直すために「裸足の大学」インドのベアフット・カレッジに学ぶこと

現代の価値観が若者の生き方を限定する

Q地域に根付く人=おばあちゃんたちですが、将来に向けた地域の活性化を考えた時に、支援すべきは若者か高齢者か議論があるようにも思います。ベアフット・カレッジの活動は若者たちにも結び付く循環になっているのでしようか。

ロイ:残念ながら若い人は、生来“落ち着きのない”ものであり、一カ所に留まりたがらない性癖を持っています。人生をもっと楽しみたいと思っているし、忍耐力もあまり強くない、すぐに成功したいと思うところがあります。

今の私たちは紙の上の資格証明や学位といったものに依存しすぎる社会に生きています。そのため、技術のトレーニングをすると若者はすぐに資格を欲しがり、資格証明書を持って都会で仕事を探すわけです。地域の共同体に留まって自分の技能を活かす、貧しい人たちの生活水準の向上に貢献したいなどとは全く思っていません。

一方、おばあちゃんたちは資格が欲しいわけではありません。彼女たちは、自分が何か村のために役に立てればと思っているし、村に留まりその技能を活かしたいという意識もあります。アフリカでの例ですが、最初、若者たちは“おばあちゃんたちは年を取って役に立たない”と考え「おばあちゃんから習うことなんてないよ」と見下していました。しかし、彼女たちがソーラーエンジニアリングのトレーニングを受けて村に戻り、太陽光発電設備が設置され、が行われ、実際に彼女たちが技術の模範を示すと、見方や意識が変わり、彼女たちを尊敬するようになりました。

こうした若者たちが大学に出て技能を身に付けるのではなく、おばあちゃんたちから知識を移転してもらうことが重要だと思っています。村に留まる事は自分たちにとって不利である、社会的に評価が低いと若者たちは思い込んでいますが、村に留まることに尊厳があるのだという意識を育成することが大事だと考えています。

どのように政策決定リーダーの意識を変革するか

Q 外部の人間が地域の共同体と協力するとき、一方で地方公共団体や村の有力者とのコミュニケーションが難しい場合もあるのではないでしょうか?何か、ノウハウはありますか。

ロイ:世界のあらゆる政府や自治体に言えることですが、自らイノベーションを起こす能力を持った政府はありません。彼らは既成概念の中で動くことが使命なのです。む

物事を起こす時に、最初から行政や自治体の協力支援を得ようとするのは間違いです。むしろ、NGOなどが新しいやり方を模索し、実際に実績を上げることで政府を説得する役割を担っています。最初から行政サイドを巻き込もうとすると、できない理由だけをあげつらう傾向がありますので、最初は政府を関わらさずに実績を上げる、成功例を実際に見せて行政を動かすというやり方がよいと思います。インド以外の国、アフリカ等でも私たちはそういうやり方をしてきました。

実際におばあちゃんたちをトレーニングして、ソーラー発電を村に導入した後に視察してもらうのです。シアラレオネ(西アフリカの西部 、大西洋岸に位置する共和制国家。イギリス連邦加盟国)では、そのようにして政府の方に実績を見てもらいましたが、大統領自らが援助をすると仰っていただき、シアラレオネにベアフットのトレーニングセンターを開設することができました。インドでトレーニングを受けたおばあちゃんたちがトレーナーとなり、約150人のおばあちゃんたちのトレーニングを行いました。このケースでも、もし最初から政府を巻き込もうとしていたら「馬鹿げている」と拒絶されたに違いありません。実例を見せたからこそ、援助してくれるようになったわけです。

Q 日本は東日本大震災以降、新しい価値観で社会を再構築する必要性を感じています。また、世界の多くの先進国も経済・環境さまざまな点で行き詰っています。ベアフット・カレッジの経験から、私たちに何かアドバイスをいただけないでしょうか。

ロイ:ベアフットのアプローチが先進国でも有効かどうかはわかりません。アメリカでも日本でも、おそらくベアフットのアプローチはうまくいかないでしょう。先進国では、あまりに人の価値を位や資格で決めすぎるからです。人間は学位や資格がないと社会に貢献できないと思ってしまっています。近代の教育制度がもたらした最も大きな弊害はその点だと思います。

本来の人の価値は資格では測れないもので、人間性や人柄とか、忍耐強さや感性、そういったもので決定されるはずです。これらは大学で教育されるものではなく、地域社会の中で学んでいくべきものです。ところが地域社会が隔絶され、資格だけで評価される社会で生きてしまいますと、豊かな発想や人間性、あまりにも多くのものを人は失ってしまうのだと思います。

ベアフットのアプローチは、学位や資格が意味をなさない貧しい農村の問題解決策なのです。そういった厳しい状況にある地域では人々の声を聞き入れ、取り込んでいかざるを得ない、良い大学を卒業した人が良い問題解決策を見いだせるわけではありません。

多くの海外援助が無駄になるのは、私た申し上げたような“人間を資格で判断する”価値観に基づく発想だからです。大学の専門家による問題解決策に基づいているからです。しかし、都会の問題解決策が農村でも有効かどうかはわかりません。外部の専門家ではなく、地元の人たちの考え方に基づいた問題解決策でなければならないということです。

今、最大の課題は政策決定者などリーダーたちの意識をどのように変えていくかだと思います。(2011年11月取材)

ベアフット・カレッジ(Barefoot College)(インド)
http://www.barefootcollege.org/
途上国農村地域の貧困や生活を支援する地道な教育活動を40年にも亘り継続し、諸問題を住民自らで解決するのを支援することで大きな成果を挙げてきた。インドのみならず同様の農村地域問題を抱える途上国において、地域の伝統的な知識を尊重し生かす一方、小規模なソーラー発電を利用するなど新しい知識を援用し、地域住民が自ら生活を改善することを学べる機会やシステムを提供する教育を実施してきた。こうして長期間にわたり各地で自然生態系に則した自立的かつ持続可能な農村コミュニティーの開発に成功してきた。

 

公益財団法人 旭硝子財団 2010ブループラネット賞
http://www.af-info.or.jp
1992年(平成4年)に創設された財団法人旭硝子財団の地球環境国際賞「ブループラネット賞」は、国内外23カ国約2,000名のノミネータを擁し、地球環境問題の解決に向けて著しく貢献した個人/組織を世界各国から選出している。20回目となる2011度は、上記のベアフット・カレッジ(インド)と、生物多様性を起点とした海洋生態学の開拓に大きく寄与し、また科学者の社会的責任の重要性を明瞭に世に示したジェーン・ルブチェンコ博士(米国商務省次官、米国海洋大気局(NOAA)局長)が受賞。
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