「科学技術は環境(エコ)の基本」シリーズ
[最終回]倫理観を基盤に、科学技術を社会に役立てる技術士
日本技術士会 事務局長 高木譲一専務理事に聞く「科学技術は環境(エコ)の基本」シリーズでは、科学技術エコリーダーの養成にも取り組む(公社)日本技術士会「登録持続可能な社会推進センター」の皆さんとの協働で、科学技術の面白さと重要性、現代の私たちが知るべき知識のポイントを多面的にお伝えしてきました。シリーズのまとめとして、(公社)日本技術士会 事務局長 高木譲一専務理事に、技術者の社会的役割と使命について改めて伺いました。
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Q.改めて日本技術士会と技術士制度について教えてください。
高木:日本技術士会は国家資格である技術士制度の普及、啓発を図る目的で1951年に設立されました。対象となる技術は、金属、情報工学、環境、農業など21の技術部門で、医学や薬学等を除く産業経済の科学技術に関するほぼ全分野をカバーしています。最終的な資格取得には実務経験が必要となり、国内の技術士登録数は延べ9万人、 1人で複数の資格を取得される方もいますので、実際は、7.5万人、うち日本技術士会の正会員数は14,125名(2012年3月現在)です。
日本の技術士(Professional Engineer)制度は、第2次世界大戦後に「国の復興に尽力し、世界平和に貢献するため、社会的責任をもって活動できる技術者」が必要との認識のもと、米国のコンサルティングエンジニアリング制度を参考に創設されました。欧米でも技術士は非常に高度な専門資格で、米国では技術士(Professional Engineer)が約40万人おり、政府に提出する設計図には技術士のサインが不可欠です。英国にも公認技術士(Chartered Engineer)が約20万人います。
Q. 本来、技術士は産業界と技術をつなぐ役割ですね?
高木:最近ある識者とお話した際に「日本経済を支える重要な資格の一つが技術士である」と言っていただきましたが、技術士という資格を知らない方もいらっしゃいます。日本技術士会の認可は、旧通産省から頂きました。その後、文部科学省の所管となりましたが、近年、産業界との連携を改めて重視しています。建設部門では、建設関連の入札では技術士の有無が要件とされますが、他の産業分野では技術士の資格が要件となっていないため、直接的なメリットがありません。そうなると忙しい社員に資格取得を促しにくい、難しいところです。
Q.一方で、日本における技術者の育成は国家テーマとされています。
高木:環境、エネルギー、食料、感染症など地球規模の問題解決、グローバル市場での競争力強化、さらには2011年の東日本大震災からの復興に向けて政府は科学技術政策が社会及び公共のための主要な政策の一つであると打ち出しました。2011年8月に閣議決定された「科学技術基本計画」では科学技術分野の人材育成について具体的に、技術士制度の活用を指摘し、“産業界による技術士の積極的評価と活用促進”に言及しています。
前述のとおり、技術士制度における技術分野は建設、機械、金属はもちろん、原子力関連など21部門に及びます。技術士会では東日本大震災の折に地崩れのあった地域の調査や原子力災害の復旧のための専門家の派遣を行っています。様々な分野の科学技術の知識を持った人間が迅速に集まり、網羅的に調査する体制を整備できるのは技術士会の特長だと思います。
注:「第4期 科学技術基本計画」
http://www8.cao.go.jp/cstp/kihonkeikaku/4honbun.pdf
Q.2008年には技術士会の中に「持続可能な社会推進センター」を設立し、東京商工会議所が主催する<科学技術>エコリーダーの養成にも取り組んでいます。
高木:エコリーダーとは、“環境マインドをもって物事を見ることができる人”だと思います。多くの方が、環境を含む科学技術に関する断片的な知識はお持ちでも、グローバルスタンダードまでの知識を持っている方は少ない。しかし今は国際標準で物事を見ることが必要だと思います。今の時代は、地域や企業において、環境問題を網羅的に把握してバランスよく人々を導くことができる人材が必要であり、それがエコリーダーではないかと認識しています。
かつて経済産業省におりまして、国内で1996年に制定された環境管理システム(EMS) ISO14001に直接かかわりました。当時の産業界ではEMSが十分に理解されておらず「日本企業の製品の環境管理には自信がある」のに、なぜISO14001が必要なのかという意見もあったほどです。EMSというのは“組織の透明性を確保する仕組み”です。つまりは、危機管理システムであり、ISO14001を取得することは、企業のサプライチェーンにトラブルが発生した際、自社のどの組織(部門)の責任かを明確にし、透明性ある情報開示をすることができます。逆に言えばすべて開示される覚悟が必要です。つまりISO14001は環境管理における法人の行動規範です。17世紀の時代から西インド会社など法人が存在していた欧米と比較して、日本では法人という存在の文化が浅く、法人の行動規範という概念が当初は理解いただきにくかったようです。
一方で、旧科学技術庁時代には、日本初のエルニーニョ現象の調査にもかかわりました。松野太郎博士(現 海洋研究開発機構 上席研究員、2013年旭硝子財団ブループラネット賞受賞者)がリーダーでした。この研究には後に世界最速といわれたスーパーコンピューターである地球シミュレータが活用されました。これらの経験を通じて痛感したことは、環境問題において“最先端の科学技術を駆使して事実を調査分析し把握すること”が基本であり、武器であるということですね。地域や会社で環境問題に取り組む際にも、科学技術に一定の知識を持った人がコーディネーターとして必要だと思います。
Q.科学技術を担う技術士に求められる大きな要素が“倫理観”とのことですが。
高木:「技術士倫理綱領」というものがありまして、「社会の持続可能性の確保」や「秘密の保持」など業務の遂行に際して技術士が遵守すべき10のテーマが掲げられています。それぞれが大事ですが、私が特に特徴的だと感じるのは、最初と最後に掲げられた以下の2つのテーマです。
「公衆の利益の優先:技術士は、公衆の安全、健康及び福利を最優先に考慮する。」
「継続研鑚:技術士は、常に専門技術の力量並びに技術と社会が接する領域の知識を高めるとともに、 人材育成に努める。」
技術士は職務において何よりも公益つまり倫理を優先し、自己研鑽=CPD(Continuing Professional Development)を継続しなければならない、こうした義務が課せられているのは技術士の特徴ではないかと思います。
Q.改めて、これから技術士をめざす若い世代に期待されることは?
高木:冒頭で申し上げましたように、技術士は非常に専門的かつ高度な資格ですが、一方で資格要件とされている分野は限られているのが現状です。そのため、会社の仕事で特に必要ないという方もいらっしゃるかもしれません。日本では復興のみならず発展に向けて科学技術が重要なカギとなります。様々な分野で科学技術と普通の方を結ぶコーディネーターが求められます。その際、技術士の活躍が期待されているのも、その根幹にCPDの支えと“倫理観”があるからこそです。
ただし、間違えないでいただきたいのは、技術士の取得は最終ゴールではなく、自分自身が社会に利益をもたらすためのスタートだということです。人間は社会的な動物です。会社に留まらず社会に認められたいという若い方に、ぜひ世界で通用するプロフェショナルな資格として技術士をめざしていただきたいですね。(2013年7月)
●公益社団法人 日本技術士会
●「科学技術は環境(エコ)の基本」シリーズ
【はじめに】時代が必要とする科学技術エコリーダーとは?
【第1回】東日本大震災と科学技術 ~科学の目で今を選択することが、未来を変える~
【第2回】ニュースの中の環境問題と科学技術~何かしなければの想いを実践につなげる~
【第3回】科学技術を学ぼう①「地球環境の現状と科学技術」「環境問題とその側面」「地球環境問題への対策技術」
【第4回】科学技術を学ぼう②「生活と科学技術」「エネルギー開発と対策技術」「地球規模の環境問題と対策技術」
【第5回】科学技術を学ぼう③「IT技術の仕組みと活用」「自然災害から国土をまもる環境保全対策」
【第6回】科学技術を学ぼう④「環境リスクとリスクマネジメント」「技術者のモラル」「環境と経済」
【第7回】科学技術を学ぼう⑤「国際化」「人材育成人材活用を急ごう」「社会環境への気配り」
【第8回】行動力とリ-ダ-シップが社会を変える
【第9回】eco検定合格者のさらなるステップアップに向けて