[東日本大地震:仙台在住、CSRマガジンスタッフからの現地レポート2]

2週間が過ぎて、今思うこと。「言葉の力~何度も何度も声をかけあおう」

仙台市に住む筆者は、震災の数日後、16年前に阪神淡路大震災を経験した神戸や宝塚、明石など関西方面の消防車、救急車が列をなして仙台市内に入ってくる光景を目の当たりにしました。ただただ有難く、そして頼もしく、「よろしく頼みます」と手を合わせました。あれから2週間。比較的被害の少なかった太白区から今の思いを綴ります。(2011年3月28日 藤森有紀)

◆仙台からのレポート1「日本人はまだ大丈夫、きっと、また立ち上がる」はコチラ↓
「日本人はまだ大丈夫、きっと、また立ち上がる」

こんなにも多くの人が・・・。
震災直後から友人、知人、仕事仲間など多くの方から安否確認や励ましを頂きました。久しく連絡が途絶えていた方が繋がらない電話に何度もかけてくれたり、一度だけ仕事をご一緒した方が、道路が寸断されている中、車中泊をしながら駆けつけてくれたりと、物心両面で思いがけない支援を頂き、人は自分が思っているより多くの人に気にかけられ、助けられているんだと改めて知ることができました。また、それだけこの被害の甚大さが被災地以外の人の心にも打撃を与えたのだと思い知らされます。

被災した方と連絡が取れた方には、是非お願いしたいと思います。
一度だけでなく、これから何度も言葉をかけてあげてください。気にかけているよ、と伝えることがどんなに励みになるか、それはあなたが想像する以上に心の支えになっているのです。

また、遠隔地にいて自分は何もできないと無力感を感じている方も、どうぞそんな風に思わないでください。あなたの一言でどんなに救われた、支えられたと思っている方がいるか、言葉の力は本当に大きいのです。

自分はまだ幸せ
「家族を亡くしたり、安否不明の方が大勢いる中、うちはこうして家族が同じ避難所に居られるだけ幸せだと思います。」津波で家を流され、家財道具をすべて失った女性がこのように語っていました。

今、歴史的なこの災害の中、多くの人が自分より酷い被害を受けた人々を思って、自分の不自由さや災難はまだまし、と仰います。家があるだけ幸せ、飲み物、食べ物を頂けるだけ幸せ、生きているだけ幸せ、お身内を亡くされた方の中には、遺体が見つかっただけ幸せと仰る方さえいるのです。今まで当たり前と思っていたことに感謝の念を抱き、「お蔭様」「ありがたい」という気持ちが今まで以上に強く人々の心に湧き上がってきているのを感じます。互いを深く思いやる日本人の優しさ、そして芯の強さを垣間見たような気がします。

復興後の生活
震災により停電、断水、モノ不足など生活が一変した東北、計画停電により混乱する首都圏。復旧に向けて大勢の方が尽力している一方で、多くの人が今までのライフスタイルに疑問や新たな価値観を持たなければいけないと思い始めているようです。

街じゅうそんなに煌々と明るくする必要があるのか? 便利だからと言って、そんなに有り余るほど生産し、消費する必要があるのか? あるものをあるだけ使う、というライフスタイルから、本当に必要なだけ使うスタイルに、そしてそれが不便だと感じない感覚を持つことが復興後の日本には必要ではないかと感じているのです。震災前のライフスタイルに戻るのではなく、新しい価値観を創造し、実行することも震災から学べることの一つだと思っています。

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