韓国現地レポート:小さなグローバル企業。韓国中小企業の強さの秘密とは

第7回:「歯を削らない革新的な歯科技術“ヒューマンブリッジ”」

取材・原稿:申 美花(シン ミファ)氏

4.さらに革新的治療法を追求する

「歯科の歴史を新たに創る覚悟で研究所を設立し、大規模な投資を行い、新しい技術開発に邁進します。」と權氏は今後について目を輝かせながら語った。

「現在最も力を入れているのが歯を最小限に削ることを誘導する‘コンピュータ開発システム’です。これは本当にすごいことで、システムが実現すれば、患者は施術前に自分の補綴(ほてつ)をコンピュータ画面で見ながら歯科医と相談することができます。この革新的な技術が完成することを考えるととてもわくわくして眠れません」

ヒューマンブリッジの施術費用はインプラントよりは安価であるが、まだまだ患者にとっては負担を感じる金額だ。治療費の問題を今後どのように解決するかを伺ってみた。「ヒューマンブリッジ自体は価格的には既存の補綴法と変わりません。しかしヒューマンブリッジを施術する際には多くの医療関係者が関わるのでどうしても人件費が高くかかります。最近新しく特許を申請したものがありますが、この技術が価格問題を解決するかもしれません。もう少し待ってください」とのことだった。

歯科医師、病院経営トップ、発明家など様々な肩書がある中で、權氏はどのように評価されたいですか?と聞くと次のような答えが返ってきた。

「発明家という肩書が最も気に入っています。なぜならば、最も世界の人々に貢献できる立場だからです。私が発明した技術を利用して医療の質を上げ、患者の不便さ、苦痛を和らげることが私の使命だと考えています。」

最後に、韓国では昔から歯は五福の一つとしてあげられるが、普段どのように歯を管理すれば良いかを伺った。「食事の後は必ず歯を磨くこと。インスタント料理より果物、野菜などの繊維が豊富な食品を取ることが歯の健康には一番です。また酸性食品である肉類よりビタミンCとアリカリ性の食品を多く取ることをお勧めします。」と教えてくれた。

エピローグ:貧しい子どもたちに学ぶ機会を与えたい

權氏は「お金を沢山儲けたい、溢れるぐらいに儲けたい」という。その理由は幼い時の原体験にある。

權氏が小学校1年生のときに、5歳と2歳の二人の弟と三人で田舎のとても小さな部屋で暮らしたことがある。父親はどこか遠いところに行ってしまい行方がわからない。母親が親戚の家の近くに部屋を借り、三人兄弟を残して都会へ出稼ぎに行ったからである。

親戚の家で朝ご飯を食べ終わると、柱に長いひもで弟達を縛り、小学校へ向かう。幼い弟達が勝手に外へ飛び出し、川とかに落ちたら大変なので、小学一年生が自分なりに考えた対策だった。貧しかったのでお昼はもちろんなし。朝早く起きて、弟たちのために親戚の畑で芋をほり、良く洗って生のままで部屋に置いていく。学校から帰ると、二人の弟はおしっこやウンコまみれで泣き疲れてぐったりしている。無我夢中で片づけたり、世話をしたりしたという。

小学一年生に課せられた重大な責務は、彼に生きるための術(すべ)を探し続けるエネルギーと、やればできるという自信を身につけさせた。

当時、蛙を捕まえて養鶏場にもっていくと、ニワトリの餌としてお金をもらえた。友達が単に小川で蛙を一匹ずつ捕まえるのに対して、權氏は学校へ行く前に蛙の好物であるトンボなどを捕まえて小川に糸でつるしておく、学校帰りには沢山の蛙を捕まえて養鶏場に行き、そこで得たお金で弟達に食べ物を買った。

「生きていくうえで最も重要なことは方法論です。しかし私は誰からも方法論を教えてもらっていません。全て自分の力で方法論を考えなければなりませんでした。出来ないことがあれば‘なぜ?’と考える、どうすればできるかを考え抜いて出来るようにすることが私の信条です。最善を尽くすときにこそ、カリスマ(特別な能力)が出てくると思います。」

「今まで生きてきてお金ではとても苦労しましたが一度も落ち込んだことはありません。前向きな考え方を持ってお金を儲けるために一生懸命工夫すれば必ず道は開かれると確信してきました。人間は“ポジティブな思考”を失った時が人生に失敗する時だと思います」と權氏は強い目で主張する。

權氏はその後、母親と一緒に暮らせるようになっても貧しい生活が続き、法律を勉強して判事になる夢を、弟たちを勉強させるためにあきらめる。

しかし貧しい原体験があるからこそ、沢山のお金を儲けて「勉強したくても貧しさで勉強が続けられない子供を救いたい」という大きな夢をもっている。

直近の50年間に経済が急成長し全速で走ってきた韓国だが、日本より貧富の差が大きいため、お金がなくて進学をあきらめる子供が今も少なくない。

“勉強したい子供に勉強ができる環境を作ってあげる!”ことが夢。

そんな權氏は、とても神聖な使命を実践しようとしているのだと感じた。

申 美花(シン ミファ)氏

1986年文科省奨学生として来日。慶應義塾大学商学博士。立正大学経営学部非常勤講師、立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科非常勤講師、SBI大学院大学准教授などを歴任。著書は共著として『Live from Seoul』、『日本企業の経営革新―事業再構築のマネジメント』など。日本と韓国企業における経営全般でのコンサルティング事業にも長年の経験を有する。2011年4月から茨城キリスト教大学経営学部教授に就任。

Email: shinmeehwa@gmail.com

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