企業とNGO/NPO

横浜市の「待機児童ゼロ」が残した課題

NPO法人シャーロックホームズ事務局長 東 恵子さんに聞く

5月20日、横浜市が保育所への待機児童数をゼロにしたと発表した。この報道が大きな波紋を呼び、「他の自治体もまねるべきだ」「予算が潤沢な横浜市だからできた」などさまざまな論議が飛び交った。あらためて保育所問題への関心の高さを知らせるものとなった。「待機児童ゼロ」問題でいち早く保護者などのアンケートを行った、横浜市のNPO法人シャーロックホームズ事務局長東恵子さんに待機児童ゼロ問題の深層を聞いてみた。

NPO法人シャーロックホームズ事務局長 東 恵子さん。(横浜市の補助事業である「シャ―ロックBABy(母と子のつどいの広場)」で)

待機児童ゼロ問題について横浜在住約380名の母親にアンケート

Q1 「シャーロックホームズ」はどのような組織で、どのような活動を行っている団体でしょうか?

東: 創立者である今井嘉江が自宅を開放して、地域の子どもたちがふらりと立ち寄るもよし、大人がサロンや勉強会の場として使うも良しというオープンな場を提供したのが始まりです。カウンセラーであった今井の人脈でさまざまな人々が集い、ひきこもりの子どもたちの支援や青少年支援の場として知られるようになりました。その後、子育て中の母親たちが子連れで集まるようになり、子育ての駆け込み寺的な役割も加わりました。

子育て支援の活動に加えて、放課後キッズクラブ(学校の空き教室を活用した放課後の居場所事業)も3カ所運営しています。メルマガや情報紙を使った子育て支援の情報発信も行っています。

Q2 「シャーロックホームズ」という名前の由来は?

東: 私たちの活動のキーワードは「探す」にあります。仲間であったり、相談相手であったり、この先の進路であったり……。それで名探偵シャーロックホームズの名前を借りたわけです。“自分探しの名探偵”といったところでしょうか。

2008年に「特定非営利活動法人シャーロックホームズ」となり、今井の自宅から現在の場所に拠点を移しました。今年、ちょうど創立15周年を迎えました。日々の暮らしの中で見つける、「生き方探検」の場とでもいったら一番ぴったりかもしれませんね。

シャーロックホームズは子育て中の母親と子どもたちが安心して集まる。

Q3 「シャーロックホームズ」と横浜市における待機児童問題とのかかわりはどのようなものだったのでしょうか?

東: 子育て中の母親たちにとって、子どもが保育所や幼稚園に入れるかどうかは大きな問題です。

今年の春、横浜市が「保育所待機児童ゼロを達成した」という報道が話題になりました。マスコミ報道によれば横浜市の取り組みを評価するものが圧倒的に多く、安倍首相も「横浜方式を全国に展開し、国レベルでも2017年までに待機児童ゼロを目指す」という方針を明らかにしました。

横浜市で子育て支援を行っている私たちもこの報道に注目し、保育所予算を増やすなど積極的な待機児童軽減に取り組んだ市の姿勢を評価する一方で、「待機児童ゼロ」という言葉だけが先行した報道に疑問を感じ、当事者である市内在住の子育て世代はどのように感じているのかを知りたいと考えました。

そこで当法人が運営するメルマガ会員で横浜市内在住の妊娠中もしくは中学生までの子どもを持つ母親たちにアンケートを行い、計380名の回答を得ました。


「待機児童ゼロ」の先にある子育て支援策のテーマとは?

Q4 調査結果はどのようなものでしたか?

東: ここ1年で保育所を探した人の約7割がいずれかの預け先が決まったと回答しました。預け先が見つからず、いまもなお保育所を探している人は約6%でした。

保育所を探した人のうち、「満足している」「ほぼ満足している」と回答した母親は44.8%。40.1%の母親が、「不満」「やや不満」と答えています。不満の理由は「遠い園に通っている」「入所の選考基準に疑問」「費用が高い」というもの。預け先の増加を実感している子育て世代が少なくないにもかかわらず、「待機児童ゼロ」という実感にはほど遠い印象があります。

マスコミの報道が「待機児童ゼロ」を大きく持ち上げただけに、ややイメージ先行の疑問や不満を感じている人も多いというのが私の実感です。

シャーロックホームズのコミュニケーションイベント「シネマdeおはなしえほん」の集い

Q5 横浜市の場合、横浜市独自の政策、いわゆる「横浜方式」を採用したわけですが、一般の方にはその理解とのギャップもあったのでしょうか?

東: 横浜市の公約は「認可保育所への待機児童ゼロ」というもの。ただし、親が育休中だと、保護者が休んでいるので、保育所に入れる要件を満たさず、待機児童に数えないのです。

3年前の横浜市の待機児童数は1,552人で全国最多でした。この3年間で約370億円の予算を計上して、いろいろ対策を取ったことは事実です。でも保護者が育児休業を延長した場合や主に自宅で求職活動をしている人などは「待機児童」とカウントされず、今年4月の時点で希望する認可保育所に入れなかった入所保留の児童は1,746人でした。

育休がちょうど3月くらいに終わる人は保育所の申し込みができますが、5月や6月ではほとんど保育所の空きがないのも事実です。仕方なく、育休を4月入所のタイミングに合わせて切り上げて職場復帰した方も多くいます。

私たちのアンケートでも、保育所を探した147名のうち、「認可保育所に入園」は39%、横浜市が独自に設けた「横浜保育室に入園」は19%、横浜保育室以外の「認可外保育室に入園」は4%、「事業所内保育所に入園」は2%、「私立幼稚園の預かり保育」は5%、「どこにも入れず探している(待機児童)」は6%でした。

実はこのほかに「保育はあきらめた」12%、「その他」13%があります。「その他」の13%の中には、親戚や親御さんの両親が面倒を見たり、年度途中の入所希望で審査待ちという人も含まれています。

Q6 保育コンシェルジュなどこれまで他の自治体では見られなかった取り組みも注目を集めましたが?

東: 各区に専門の保育コンシェルジェが配置されました。保育に特化した相談窓口だけに、「いまなら○○保育所の空きがある」といった情報が素早く手に入るなどサービスとして一歩前進したのは確かです。ただ、ホテルのコンシェルジュならなんでも叶えてくれるわけですが、保育コンシェルジュは横浜市の政策の枠内に収まることが基本ですので、おそらくコンシェルジュの現場では、相談した保護者も、相談に応じたコンシェルジュも、「もっとこうだったら良いのに…」とジレンマを感じることがあるのではと想像します。そのジレンマを今後どう吸い上げて政策に活かしていくかがカギになると思います。

「待機児童ゼロ」という言葉のインパクトが強すぎて、横浜市は今後どのようにして「待機児童ゼロ」を維持するのかに固執してしまいがちですが、子育て支援政策は待機児童の問題だけではありません。0~2歳を見てみると、横浜市では、保育所を利用しているよりはるかに在宅で子育てしている家庭が多いわけですし、また幼稚園入園競争は「少子化」とは無縁なほど激化している地区もあります。

私たちとしては、市の動きを見守ると同時に、今後の子育て支援政策全般の問題点を探って提言を続けていこうと考えています。(2013年7月)


お問い合わせ

特定非営利活動法人シャーロックホームズ

http://sherlock.jp/

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