国内企業最前線

ITという社会インフラを止めてはいけない!次の災害と感染流行に備える

日本IBMに聞く「災害・パンデミック発生時の対応について」

9月1日は「防災の日」。90年前に関東大震災が起きた日でもあります。「災害への備えを怠らないように」との戒めが、いまも私たちに問いかけてきます。次の大震災やパンデミック*(強毒性の新型鳥インフルエンザなど)に備える日本IBMのリスク回避策について担当者お二人に聞きました。

[パンデミック]英文のpandemic は“世界流行”の意味。ここでは伝染病など感染症の世界的な感染爆発を指す。アジアでは強毒性の新型鳥インフルエンザの「人から人」への感染と世界的な流行が憂慮される。

災害対策本部に常時備え付けられた非常用グッズ

最悪を想定した避難訓練

ピッ、ピッ、ピッ。けたたましい警告音が突然鳴り響きます。「ただいま4階の食堂から出火しました。4階、5階、6階の皆さんはただちに避難してください」という放送が社内を駆け巡ります。

ここは東京・日本橋箱崎にある日本IBMの本社。地上25階建ての高層オフィスには、日中でもおよそ5,000人が働いています。

実は、この日は日本IBM本社が年1回行う全社避難訓練の日。この日は4階の食堂から出火したという想定で避難訓練が始まりました。食堂には防火扉やスプリンクラーの備えもありますが、突然の大地震でこうした設備も動かないという最悪の事態を想定して訓練が行われます。

こちらは最上階に近い24階のフロア。社内放送を聞いても、だれ一人非常階段に殺到する者はいません。なぜでしょうか。その秘密は、各階ごとに時間差をもうけて避難する『順次避難』という方法が取られているからです。

「火災が起きた次の階を優先的に避難させます。今回の場合は4階、5階、6階ですね。その次は煙が充満しやすい、その上の7階から上の階の皆さんが避難します。続いて、最上階など高層階の人たちの順となっています」訓練に立ち会うセキュリティ担当の今石俊さんが語ってくれました。

セキュリティ担当の今石俊さん

フロアによって避難の間隔を空ける『順次避難』は、非常階段の混雑を避ける狙いがあります。さあ、いよいよ24階の避難が始まりました。

日本IBMが共同研究をしている外部の専門家によれば、これまでの訓練で時間差避難はほとんど行われてこなかったが、避難途中のパニックや混乱を未然に防ぐ方法として検討され、フロアごとに分けて避難をすることにしたもの。この『順次避難』によって、最上階の皆さんも途中の階でほとんど滞ることなく、この日は14分で1階に降りることができました。この日の訓練に参加した3,300人がビルの外に出るまでに擁した時間は30分でした。

一昨年の経験から生まれた「順次避難」

都内では高層ビルはそれほど珍しいものではありません。ところがこうした高層ビルで全員避難を想定した訓練はほとんど行われていないのが実情です。高層ビルの耐震性能が厳しく決められているからかもしれませんが、それにも関わらず日本IBMは万一を想定して専門家の意見を取り入れ、5年前から訓練を行ってきました。

「順次避難」は、一昨年の訓練の模様を避難階段の真上からビデオで撮影した結果、上の階の避難が終わる前に、中ほどの避難が始まってしまい、途中で人がもみ合うほどの混雑が発生したため取り入れられることになりました。

また、そうした反省もあって、今回は一昨年の混雑の要因となった13階から20階までの人たちの避難を火災発生から10分後としました。

上層階の皆さんが避難階段を降りる姿を映像で比較しますと、一昨年は混雑で立ち止まる姿が多く見られましたが、今回は比較的スムーズに動いているのが分かります。

ただ、この訓練で別の課題も見えてきました。今回の参加者は3,300人と一昨年の1.5倍に増えたこともあり、中ごろの階で一部ですが新たな混雑も発生しました。

営業職が多い箱崎事業所では、社内で固定のデスクを設けず、「必要なときに、必要な人や情報にアクセスできる、相談できる」オフィス環境を整えています。しかし、いつどのような時間に災害が発生するかは予測できません。そのため5,000人が避難することを想定し、各階ごとに避難のタイミングや時間の配分をさらに詳細に検討しなければならないとしています。

外部の専門家は、今回の訓練の模様を評価する一方で、さらに避難訓練の対象を全国の事業拠点に広げる必要があると述べています。

昨年10月10日に行われた箱崎本社における避難訓練の模様

発生した脅威を最小限にくいとどめる

日本IBMでは、予測されるリスクに対応するため、2006年に「全社災害対策本部」「情報セキュリティ対策本部」や「組織別緊急対応体制」が設置されています。

自由闊達なIBMの企業風土もあって、日常的な課題にはチームで対応しますが、事業および経営資源に大きな影響を与えるハイリスク事案には危機対策本部が対応策を検討します。

2011年3月11日に発生した東日本大震災では、地震発生から4分後に製品保守サービス部門の対策本部が立ち上がり、最新のIT機器を使った遠隔会議で1時間後には各地の情報把握が進み、それを受けて全社災害対策本部が設置されました。それに伴って危機対策本部から全社災害対策本部への権限移譲が行わるとともに、仙台をはじめ東北地方のお客様に対する迅速な支援が始まりました。

震災当日の対応に追われる保守サービス部門災害対策本部

保守部門は、翌12日に日本海周りで仙台市に到達するルートを確保。新潟に中継拠点を置いて、レンタカーなどで生活物資や保守部品を供給する体制を整えました。

被災地ではサーバーごと流されたお客様も多く、ただちに全復旧とはいかなかったものの、15日時点までにシステムの再起動や装置の修復など100件もの対応を完了しました。

緊急時は全社災害対策本部が全権を

ボーダレスで事業を展開するIBMグループでは、毎年優先的に取り組むべきリスクを選定します。2012年秋の会議では、世界的な強毒性の新型鳥インフルエンザなど「パンデミック」に加えて、日本における首都直下型や南海トラフを含む「大地震」がリスクに入りました。

日本IBMに聞くと、日本におけるBCP(Business Continuity Planning:事業継続計画)は、⓵社員の職場における安全確保/社員・家族の安否確認 ⓶お客様への影響の最小化 ⓷社会への支援の最大化の3点を基本に、災害時に必要となる対策の多くは「全社災害対策本部」が担うことになっています。ただし、本部長には副社長を据え、決済の権限も自動的に社長から対策本部に移譲されていきます。

その理由は、東京で大地震が起きても、世界は動いており、経営トップには米国拠点など他の海外拠点との連携など経営課題に専念させるという狙いがあるようです。

経営トップである社長は予想を超える過密スケジュールの中にあります。東日本大震災の当日、当時の橋本孝之社長(現会長)は福井県に出張中で、地震の知らせを受けた後、金沢市に移動して社内のネットワークを使った遠隔会議に参加し、その後小松空港から飛行機便で東京に向かおうとしました。しかし、飛行機便は満席が続き、ようやく動いた新幹線で陸路東京に向かったものの本社への到着は翌12日昼すぎとなりました。

その間、副社長を対策本部長とする全社災害対策本部が立ち上がり、被災地への対策をはじめ、来訪者への対応、社員・家族への安否確認などが粛々と進められました。当日は都内でも交通機関がストップし、約200名の来訪者が2階の会議室で一晩待機を余儀なくされ、おにぎりの炊き出しなども行われました。

日本IBM本社に設置された全社災害対策本部

緊急時も社長を対策本部のトップに据えるのは日本企業なら当たり前かもしれません。ただ、あえて社長を対策本部のトップに据えないという日本IBMのような対応策も今後は検討に値すると思いました。

強毒性新型鳥インフルエンザに向けて

IBMは世界で40万人を超える社員が働いています。人の往来もボーダレスが常識だけに、日本IBMも海外に出張中または駐在中の社員も珍しくありません。従って強毒性の新型鳥インフルエンザなどのパンデミックには2006年から対策を進めてきました。

2009年5〜6月に豚インフルエンザ由来のH1N1新型インフルエンザが世界的な猛威をふるい始めたときや2013年4〜7月のH7N9新型インフルエンザの発症時には、大勢の社員が中国をはじめ東南アジア方面に出張中で、国内への浸透をいかにくいとめるかなどBCPの徹底が求められました。

海外で発生した新型インフルエンザは、通常、約2週間で国内に持ち込まれ、最初の国内発生から4日前後で他の地域にも感染が広まると想定されています。この2週間や4日間をいかに有効に使い、BCP対策に基づく確認作業や試行を兼ねた訓練・対策を実施できるかが被害をくいとめるポイントです。

日本IBMのお客様には、病院、銀行、鉄道、物流など社会活動に欠かせぬ企業も数多く、災害やパンデミックでもITが社会基盤を支えるインフラとして機能することが求められています。社会インフラとしてのITを止めないことが、IBMに課せられた使命ともいえます。

社員が自宅で業務を継続できる在宅勤務「e-ワーク制度」はそうした緊急時の対策を兼ねたもの。災害やパンデミックから社員を守りつつ、同時に社会の機能を確保するという役割があります。もちろん、e-ワークを機能させるためには社員の安否確認が大前提となります。

「日本IBMのBCP対応は各部門に委ねられています。災害やパンデミックの発生時にはラインマネジャーが社員・家族の安否確認にいかに機敏に動けるかが問われています。日本IBMは2か月に1回、安否確認システムの訓練を続け、ここ一番のスムーズな運用を心掛けています」
社会貢献チームでプロジェクト・マネジャーを務める藤井恵子さんが語ってくれました。

社会貢献担当の藤井恵子プロジェクト・マネジャー

この8月13日にも訓練を兼ねた安否確認が行われました。帰省など夏休み中にも関わらず朝7時に安否確認を入れたところ、午前10時には6割以上の社員の安否が確認されていました。なにげない訓練の積み重ねが、社員の意識とモラルの向上につながっているようです。

「日本でのリスクは、テロより自然災害が一番大きいと思います。自然災害とパンデミックに備え、ITインフラを守れる体制を目指します」セキュリティ担当の今石俊さんが答えてくれました。

安否確認などの手順を記した「緊急連絡先カード」。日本語のほか、英語、中国語版が用意されています

※この記事は、7月11日に行われた「民間防災および被災地支援ネットワーク」の会合における日本IBM㈱法務・知的財産・セキュリティ担当の今石俊さんと同社マーケティングコミュニケーションズ社会貢献担当の藤井恵子さんのお話をベースにCSRマガジン編集部が再構成しました。文責は当編集部にあります。

●日本IBM (CSRサイト)
http://www-06.ibm.com/ibm/jp/about/responsibility/

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