山との対話①

“植える、育てる、伐る、使う”いまこそ循環型林業をめざすために今、森林の現場で何が起きているのか? [前半]

高知県香美(かみ)森林組合 野島常稔代表理事組合長と三谷幸寛参事に聞く

日本の山が危ない。と言われてもピーンと来る人は少ないだろう。山里では林業従事者が激減し、このままでは広大な緑がいつ荒廃するかわからない危機と隣り合わせだ。日本の森林問題を考える新シリーズ“山との対話”第1回。まずは森林の現場で何が起きているのか、高知県の香美(かみ)森林組合における山を守る格闘の模様から始めよう。

Part 2:日本の林業に必要なグランドデザインとは何ですか?はコチラ

高知県香美(かみ)森林組合 野島常稔代表理事組合長(左)と三谷幸寛参事

Part 1:森林組合の仕事と使命って何ですか?

日本の森林の約7割は小規模な個人所有

編集部:香美森林組合は、日本の“民有林の問題”を解決する方策として1996年に山林の“団地化”構想を最初に実践したとのことですが、そもそも“団地化”とは何ですか?また、なぜ日本では“団地化”が必要なのですか?

野島:私ども民間の森林組合が複数の山林所有者から委託を受けて、まとまりある面積で民有林を施業することを“団地化”と言います。集約化施業とも呼ばれるものです。

“団地化”に至る背景ですが、まず日本は海外と比較して民有林の割合が高い、国土の約7割が森林で、その約7割が個人所有の私有林です。また個人所有者数が多い割に一人ひとりの所有面積が小さく、あちこちに点在しがちという特徴があります。

一方、日本では、60年代半ばから始まった自由化により、70年代・80年代と外材輸入量が大きく増加し、それに伴い国産木材価格の低迷が続きました。現在の木材価格は、小規模の山林所有者が自前で山を手入れして採算がとれるような金額ではありません。最近ではそれに加えて山林所有者の高齢化という深刻な課題を抱えています。

ところが戦後に植林された山林の多くは50年を迎え、そろそろ伐採時期を迎えつつあります。しかし、伐採するにも荒廃した山には道もない、まずは大掛かりな路網整備が必要ですし、大型機械や技術者も必要です。伐採しても大した金額にならず森林組合への委託費用どころか赤字になってしまう、結果的に小規模の山林所有者は手をこまねいて放置しているのが実態です。

こうした民有林が放置されている厳しい状況を克服し、山を蘇らせる最良の方法として考えたのが“団地化”構想です。森林組合が、複数の山林所有者からの委託を受けまとまった面積を国の補助金を活用し、施業する“団地化”を1996年に森林組合の総代会へ提案し、同年から管内で着手しました。最初に手掛けたのが1997~1998年に高知県香美市赤塚山地域の911haです。

当組合では「作業道を作る(路網の整備)」「機械化(高性能林業機械の活用)」「人づくり」を3本柱に山の整備を進めています。その後、“団地化”構想は高知県の「森の工場」(県が推進する森林集約化プロジェクト)へと発展し、また香美森林組合としてはこれまでに管内全体で10,746ha(平成25年3月現在)の“団地化”を進めました。

編集部:当初は“団地化”に踏み切る森林組合は少なく、その大きな理由が“非常に手間がかかる”だったそうですが、具体的にどのようなことをされるのですか?

三谷:通常の“団地化”では、まず地元の希望等により大まかな区域を定め、所有者を調べることから始まります。地元の山林等に詳しい人の協力を得て字切り図や大図、森林簿等を照合し名簿を作ります。

森林組合は森林所有者が組合員となる組織ですが、近年は所有者でも組合員でない方も増えており、また組合員の方でも相続や移転等の届がない場合は、組合でも住所を把握することが困難ですし、調査にも時間がかかります。

所有者が確認できましたら、現地見学と説明会を同日に設定し、まずは既に“団地化”した場所を見ていただきます。路網の規模や高性能林業機械での間伐状況、間伐後の状況等をご理解いただき、ご自分の所有林のこれからをイメージしていただいてから説明会です。団地化のメリットや行政の施策等を説明し、ご理解いただければ計画に参加する同意書をいただきます。

この時に地元の山林に詳しい方を中心に推進協議会を立ち上げ、年度ごとの作業道の開設場所や作業区域の決定、組合職員と共に所有者に対する施業や作業道の開設等の同意の働きかけ、不在村所有者の所在確認や呼び掛け等を行っていただいています。一方で、地元に住んでいないなど説明会に参加できない所有者には、個別に説明を行います。

編集部:ここまでのステップ、所有者の確認や同意をいただくまでが時間がかかり、労力的にも大変な部分ですね。

三谷:所有者の皆さんから“団地化”の同意が集まれば、全体を網羅する路網や間伐の計画を作成して県の認可を受けます。地籍調査が終わっていない場所は、県の森林簿等で大まかな事業計画を作成し、次年度以降、国の補助事業等で、境界明確化を行います。

所有者には実際に山に足を踏み入れたことがない、または土地の境界線を正確にご存じない方も多くいらっしゃいます。県の森林簿がありますが、航空写真で樹種等の違いを確認して境界線を示したもので、正確ではありません。実際に所有者同士に山に来ていただき、双方納得いただいて初めて境界を明確化します。境界・樹種等の森林資源情報をGIS(Geographic Information System:地理情報システム)にデジタルデータで取り込むと随時情報確認が可能となり、所有者の代が変わっても安心できると、皆さん本当にホッとされます。

“団地化”が1年で完了したケースもありますが、境界明確化を終えるまでに数年かかるケースもあります。作業工程はケースバイケースで、搬出間伐や作業道の開設は各々の場所のみの測量等で対応しますので、県から“団地化”の認可が下り次第作業に取りかかる場合もありますし、また既存の“団地化”地域の周辺で作業の要望が出た場合は、計画を変更して区域を拡大して対応しています。

大変な作業ですが、所有者の皆さんは境界が明確化して安心され、道が出来て、さらに森がキレイになって喜んでくださる。間伐後の山林を見た別の所有者から「うちもやってよ」と仰っていただくこともあり、私たちも本当に嬉しいです。

(注)間伐(かんばつ):健全に成長するよう木々の一部を伐採して“間引き”すること。成長が悪い木々を切り捨てる切捨間伐、木材として利用する利用間伐(収入間伐)などがある。

編集部:2012年度には“限界集落”での“団地化”施業も行ったそうですね。

野島:香南市の200ha、人工林率80%の地域ですが急速な過疎化で、かつての人口500人が現在は7名、山林所有者77名は2名しか地元におられません。通常の“団地化”では団地推進協議会を設けて地域の代表者を通じて所有者に働きかけますが、香南市の場合はご高齢の2名だけですので、組合が直接に77名の所有者とやりとりしました。所有者は高知県内や近隣県外だけでなく、大阪や神奈川など遠方にもおられ、多大な作業量と費用がかかりました。

このケースでは国の助成金が及ばない範囲に農林中央金庫の森林再生基金(FRONT80)の助成を活用させて戴きました。もちろん、わが国でも国や地方自治体が森林の社会的な役割に着目し、健康な山づくりに向けて補助金なども出るようになりました。しかし、現実的に“限界集落の団地化”は国や地方自治体の補助金だけでは対応しきれないのが現状です。かつては里山を守る住民がいらした、しかし地方での過疎化が急速に進むなか、どうしていくか。非常に深刻な問題です。

また、かつて森林組合は市町村レベルの地域単位で存在しましたが経済原理を取り入れて統合し、次第に広域化しています。かつてのようにかゆいところに手がとどくような小回りはききません。当組合は全国レベルでは“団地化”で先行していると評価いただいていますが、15年間で団地化できているのは管内の民有林31,075haのうち10,746ha、約3分の1です。

●森林が果たす公益機能 森林には空から降る雨水を貯留し、河川へ流れ込む水量を平準化して洪水を緩和する機能や、森林土壌の濾過により水質を浄化するといった役割もあります。最近では地球温暖化の原因となっているCO2の吸収・蓄積や、酸素の供給、蒸発散作用により、地球環境を調節する機能が高く評価されています。さらに地域ではキャンプや山登り、ハイキングなど、家族連れや子どもたちの休養・レクリエーションの場としても役立っています。

■理想と現実のはざまで

編集部:改めて“団地化”の大変さが分ってきました。“団地化”に着手するには、単に「助成金がもらえるから」だけでない、森林組合として大きな決断が必要だったということですね。

野島:私が1990年に組合長に就任して考えたのは「どうやって組合職員及び技術員を食べさせていくのか」、同時に「森林組合が何のために存在しているのか」です。両方の答えとして民有林の問題に取り組む“団地化”構想が生まれました。

1990年当時、木材価格が下落するなか、従来の森林組合運営では職員を養っていくことが難しくなるという危機感が既にありました。率直に言うと、現在の我々の事業の多くは主に民有林に関連する国の補助金政策で動くものと、公的機関からの請負事業です。森林組合は地方において重要な雇用の場でもあります。国からの補助金を活用し、安定雇用の場を守りたい、組合経営を健全化したいという強い気持ちが“団地化”に取り組んだ一つの理由であるのは確かです。

しかし、それだけでなく、もう片方の理由が“森林組合の存在意義”でした。経営面だけなら国有林の仕事をすれば良い、事実、“団地化”を提案した当初には一部からそのような声もありました。確かに“団地化”は手間暇がかかる、助成金で賄う範囲にも限りがある、今の日本では“植えて、育て、伐る、使う”、本来あるべきビジネスモデル、循環型林業の実現が困難な状況であるのも事実です。それでも、森林組合が次世代のために少しでも“あるべき姿”につながる挑戦をしなければ何のためにあるのか、また、そうした自分たちの理念がしっかりしていなければ、(組合員以外の方も含めて)山林所有者の皆さんに“団地化”をご理解いただくことも難しいと思いました。

●森林組合とは?:森林組合法によって設立され、森林所有者が組合員(出資・運営参加、事業利用)として組織されている協同組合。

http://www.zenmori.org/kumiai/index.shtml

編集部:森林や里山がもつ公益性については人々も気づき始めていると思います。ただ、その森林が個人の努力に委ねられている点までは理解が及びません。失礼な言い方ですが「山で儲からずとも、助成金で手入れができるならば良いではないか?」という見方さえあると思います。

三谷:一つご理解いただきたいのが、基本的な仕組みとして“団地化”の際に搬出間伐が可能であった場合は、補助金にプラスして木材を販売して得た材代で所有者にお金を返すことができますが、切り捨て間伐では補助金を超えて所有者の負担金が発生します。

以前にある所有者から「確かに、今回の“団地化”では助成金プラス利用間伐で山林所有者にいくらかのお金も返ってくるし、森林組合の仕事にもなる。しかし植林からの全コストを考えると赤字だ。自分自身で利用間伐をしようにも機械等も無くできない。今の“団地化”を含む山の手入れは、森林組合にとっては仕事になるが、所有者にあまりメリットがないのではないか。」と。

野島:しかし、多くのご高齢の皆さんは『地域の山を守るためなら協力しましょう』とおっしゃる方が多い。多くの日本人は国土の7割を占める森林の多くが個人所有者の山への思いで支えられている事実を知りません。

日本の森林は、終戦後に木材が少なく、国も補助金を出して支援しながら、多くの個人が、木炭を生産した跡地等に植林して山を創り上げました。私の近所の方が「山に樹を植えるのは農協の共済保険だよ」と、労力はかかるが安全・安心な保険のようなものだったわけです。

三谷:海外から来日した森林官(フォレスター)も、飛行機から日本の広大な森林を眺めて「一大事業だ、凄いエネルギーだ」と話していました。

編集部:残念ながら、今の市場環境は、そうした個人の思いが報われる状況ではないわけですが、古くからの所有者には理念をもって先祖からの山を守ろうとする方もいると。

野島:当管内でも会社の利益の一部を山の手当てに入れてくださる方もいます。しかし、そうした方が減りつつあり、「山はもう駄目だ」と山林所有者自身が山への関心を失いつつあります。同時に危機感を感じるのが、森林組合自身もまた長年にわたる厳しい経営環境に翻弄されて、山への使命感が弱ってしまうことです。

それくらい林業は理念や哲学がないとできない仕事です。あえて例えると農業や漁業は今日または1年後には生産品として結果が出ます。しかし植林した苗は50~100年後にようやく木材として使えるようになる。今日の仕事は常に50年先、100年先のためを目指してやるわけですから。だからこそ、国の林業政策やシステムが長期的視野にたって変わらないという大前提が必要なのですが。

日本の森林問題を解決するために森林組合が出来ることは限られています。しかし実践部隊として出来ることはしっかりやる。助成金に対して様々な意見がありますが、国が予算化した制度をしっかり活用し、遅れている間伐を進めて山を守る。少しでも利用間伐を増やして山林所有者に還元し、所有者自身にもう一度山に目を向けてもらう。次の世代のために、日々、目の前の細かいことを実践する、またそこに誇りを持って頑張る、それが森林組合だと思っています。(2013年8月)

[PART 2では現場が感じる林業政策への不安、また欧州のフォレスター制度など日本との違いについて伺います]

Part 2:日本の林業に必要なグランドデザインとは何ですか?はコチラ

●香美森林組合

http://kami-shinrin.jp/
高知県の中央部の中山間地に位置し、香美市(物部町を除く)、香南市、南国市、土佐町(一部)を管内とする。
[概要(平成25年3月現在)]
森林面積 33,470 ha(うち92%が民有林)/組合員数(含准組合員)3,508名/
役職員数 常勤理事1名、非常勤理事11名、監事3名、職員12名

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