山との対話①

“植える、育てる、伐る、使う”いまこそ循環型林業をめざすために今、森林の現場で何が起きているのか?[後半]

高知県香美(かみ)森林組合 野島常稔代表理事組合長と三谷幸寛参事に聞く

日本の山が危ない。と言われてもピーンと来る人は少ないだろう。山里では林業従事者が激減し、このままでは広大な緑がいつ荒廃するかわからない危機と隣り合わせだ。日本の森林問題を考える新シリーズ“山との対話”第1回。まずは森林の現場で何が起きているのか、高知県の香美(かみ)森林組合における山を守る格闘の模様から始めよう。

Part 1:森林組合の仕事と使命って何ですか?はコチラ

高知県香美(かみ)森林組合 野島常稔代表理事組合長(左)と三谷幸寛参事

Part 2:日本の林業に必要なグランドデザインとは何ですか?

出口戦略が見えにくい“国内自給率50%”目標

編集部:政府は現在25%にすぎない木材の国内自給率を10年後には50%にするという目標を掲げています。第一線で働く皆さんはこの計画をどのように見ていますか。

野島:平成23年に出た「森林林業再生プラン」ですね。ようやく循環型林業の入り口に立ったような気がしています。しかし、現場の立場としては、さらに一歩踏み込んだ具体的な方針が必要とも思います。

国内産の需要を25%から50%に増やす際、具体的には間伐材か、皆伐材の出荷を増やすのか、それによって森づくりの方針も変わってきます。申し上げたとおり、林業は50~100年計画で森林整備を行うので、しっかりした国の長期的な方針が必要です。

編集部:猫の目のように変わってきた林業政策をいま一度しっかりと位置づけ、林業関係者が安心して具体的施策を実行できるよう、信頼を取り戻す必要があると。

野島:国家としての仕組みと言いますか、全体の材木の流れ、年間にどれくらいを利用間伐すると、加工して木材がこれぐらい出る、国内の住宅産業にどれだけの波及効果が生まれる、そういう大きな流れというか戦略が見えにくいように思います。

山から25%多く木材を出した場合、増えた分の需要がどこにあるのか、出口戦略がないままでは供給が需要を上回り、短期的にさらに木材価格が下がるという懸念が先にたってしまいます。森林組合は公的機関ではなく所有者からの委託で施業するわけですから、出荷分を還元する責任もあります。

編集部:近年は国内住宅メーカーが国産材を使う動きもありますが、個々に点で努力するだけでなく、“植える、育てる、伐る、使う”が循環する全体プランが必要だということですね。

野島:森林組合の仕事は伐採して(利用間伐の場合は)丸太を出荷するまでですが、そこから地域の製材所、建築会社、住宅メーカー、さまざまな場所で雇用が生まれ、経済的な波及効果を生み出す、そのことをわれわれは目指しているし、林業の復活の目的として強調してきました。

例えばドイツは自動車産業で有名ですが、林業の方が産業のすそ野ははるかに広くて大きいと言われています。山に働く人は100人でも、木材を山から搬出して製材し、市場で建築会社や家具メーカー、建具メーカーが木材を利用する、枝葉や製材くずはペレットとして発電やストーブの燃料に利用する、そうした周辺産業を含む大きな雇用を創りだします。

*下刈りや除間伐が数回行われていても20数年放置されていれば、利用間伐ができない場合があります。また、植林して1度も手入れされていなければ、人工林として育ってはいないはずです。

欧州のフォレスター(森林官)制度とは?

編集部:今もお話がありましたが、三谷参事は海外先進地の視察経験もあると聞いています。特に日本にはないフォレスター(森林官)制度が非常に印象的だったと伺いました。

三谷:平成8年にドイツ、オーストリア、スウェーデン平成22年ドイツとオーストリアに研修に行かせてもらいました。欧州のフォレスターは、各国の法律に基づき、森林を管理する権限を持つ公務員です。約2,000haに1名配置することが義務付けられる、当組合管内ならば10数名のフォレスターが必要です。

もちろん山林所有者は別にいますが、森林整備に関する提言、具体的に作業道をどこにするか、(欧州の場合、森林組合のように森林整備を一括で受ける団体がなく)大小さまざまな業者をコーディネートするのもフォレスターです。山全体を管理する権限があり、地域で捕獲する鹿の頭数を決めることさえできます。

フォレスターの特徴は、法律的権限、専門知識、実践技術、全てを兼ね備えている点です。例えばフォレスターは山の安全管理でも権限を持ち、フォレスター自身がチェーンソーを使って伐木を指導します。木を伐るという行為は、簡単そうで実は大変な技能が求められます。私どもの作業員がまともに木を伐れるようになるまでに3年はかかります。フォレスター自身が技術を身につけているから、実践的な提言や外部業者等への指示・指導が可能となります。

●ドイツのフォレスター(森林官)制度: ドイツの森林法には、森林所有者に対する義務のほか、森林利用者の禁止事項なども明記されています。違反すれば民法や刑法と同様の警告や罰金などの法的措置が取られます。フォレスター(森林官)は森林学や林業に対する専門知識を持ち、公務員の位置づけがなされています。利害が交錯する中で、森のもつ効果や林業の成果を調和的に発展させるよう、専門性と権限が与えられています。

編集部:一貫した国の方針のもと、公務員として権限を持つフォレスターが山を管理できるわけですね。日本は、国、地方自治体、森林組合と役割が分かれています。例えば、林野庁のOBや地方自治体の専門官がフォレスターの役割を担うことは難しいでしょうか。

野島:日本では地方自治体の職員は3年に一度ほど定期異動されますので、農林水産業全般で専門的な知識を持つ職員が長くいらっしゃることが難しい現状があります。また市町村財政が厳しいなか、独自にフォレスターのような専門職を置くことも困難でしょう。

三谷:日本の専門官は山で木を伐採するご経験はないですし、そもそも技術を習得される機会がないと思います。ドイツやオーストリアにはデュアルシステムという林業従事者の育成システムが確立しています。林業を目指す子どもは中学卒業の段階で“親方(マイスター)”に付く、いわば森林組合に就職し、同時に日本の林学科の高校に相当する林業専門学校に入学します。現場で実践を積みながら学校で専門知識を学習するシステムとなっています。また、フォレスターを目指す大学でも2年目からは“親方”のもとで現場作業に従事する、このようにして大学卒業の時点では専門知識と実践技術を兼ね備えた即戦力が育つわけです。

香美森林組合管内も傾斜率が70%(35度)を超える地域が半分以上。複雑な地形が特徴の日本の山林で施業を効率化するには、高性能機械の導入と技術者の育成が不可欠だ。

編集部:地域の山を熟知し、実践部隊である森林組合こそが、日本のフォレスターだという意見もありますが。

野島:光栄ですが、仮に権限を与えていただいたとしても、現実には機能しにくいでしょう。森林組合は公的機関ではなく、競争原理の中で健全経営が求められます。地方自治体と同様に全国の森林組合もそれだけの専門職をかかえることは財源的に厳しく、また人材育成の点でも森林組合個々の努力で欧州のようなことはできません。ドイツのフォレスター制度は、国が森林に対するしっかりした理念のもと、公的資金を投入する(高度な専門職であるフォレスターに公務員という立場できちんと報酬を与える)仕組みを確立したからこそ機能していると思います。

編集部:欧州では、森林問題への国民の理解が深いからこそ、フォレスター制度など公的資金が投入できると感じます。

三谷:日本との最も大きな違いは、国民が林業の大切さを熟知している点かもしれません。例えば欧州では幼稚園から森で肥料になる有機物は良いが、有害なゴミは集めましょうなどと、森と環境のかかわりを教育します。

林業は生活環境を守るとの共通認識から社会的ステータスも高く、(日本では木の伐採は乱開発だと非難された時期もありましたが)循環型林業が確立している欧州では伐採も決して悪いことではない、国民の意識の中で環境と林業はひとつのサイクルの中で矛盾なく動いているわけです。

三谷参事は欧州視察の経験から子どもたちへの教育の重要性を認識し、地元小学校に紙芝居で森林の役割を伝える巡回活動を行った。

野島:欧州の環境先進国も初めからうまくいったわけではありません。失敗の経験を持っています。戦後の工業化の中でドイツが誇る黒い森が酸性雨で被害を出しました。水にも影響がでて、あらためて森の大切さが人々に再認識され、国として真剣に社会を変えていくようになったとフォレスター自身が話していました。

日本で、かつて木材価格が高く林業の良い時代があったと昔を振り返っていても変わりません。循環型林業を実現するには国民の皆さんの理解が必要です。山林と環境のかかわり、公益性を子どもたちにも分かりやすく伝えるなど、豊かな国土を守るために、多方面で地道な努力を続けていかなければなりません。(2013年8月)

[PART 1では、森林組合の使命と健全経営を両立させるために選択した“団地化”への取り組みと、背景となる日本の森林問題のポイントを伺っています]

●香美森林組合

http://kami-shinrin.jp/
高知県の中央部の中山間地に位置し、香美市(物部町を除く)、香南市、南国市、土佐町(一部)を管内とする。
[概要(平成25年3月現在)]
森林面積 33,470 ha(うち92%が民有林)/組合員数(含准組合員)3,508名/
役職員数 常勤理事1名、非常勤理事11名、監事3名、職員12名

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