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事故の教訓といかに向きあうか。原子力発電所に“絶対安全”はない。

米国原子力規制委員会前委員長 グレゴリー・ヤツコさんに聞く

汚染水漏れなどで混乱が続く福島第一原子力発電所。この福島の事故を受けていち早く12の提言をまとめた米国原子力規制委員会(NRC)前委員長のグレゴリー・ヤツコさんが先頃来日した。日本とアメリカの対応の違いについて聞いた。

グレゴリー・ヤツコ氏

原子力の歴史をひも解くといくつかの事故と遭遇します。アメリカにおけるスリーマイル島の事故、ソビエトにおけるチェルノブイリの事故、日本におけるもんじゅの事故などがそれに当たります。こうした事故には共通点があります。事故が起きると、なぜ事故は起きたのかと大騒ぎをするのですが、それまで「事故は起こらない」と言っていたことと相反してしまうのです。

事故を前提に〈対策〉を講じてきたか

「原子力発電所では事故が起きるもの」だという前提で私たちは議論を進めなければなりません。そのような基本を認めなければオープンな議論はできません。いつ事故は起きるのか、どのくらいの規模で、どのくらい深刻なものになるか、は予測がつきません。けれども、どこかのある時点で事故は必ず起きるものだということです。

残念なことに原子力の業界では、原子力は技術的に安全なもの、決して事故は起きないとされてきました。原子力業界に携わる企業の行動は、事故は起きないという信仰の域に近いものがありました。

事故が起きると安全システムに対して何らかの修正・変更・改善を加えようという動きが出てきます。しかし、本来なすべきことは、原子力の安全性に対する根本概念を見直すことにあるのです。

スリーマイル島の事故が起きたのは1979年のことですが、そこからアメリカは多くの教訓を学んできました。事故は大変シンプルなものでした。ある機器が故障し、それを施設内の運転員が誤判断し、非常用炉心冷却装置を手動で停止させたのです。その結果、燃料が部分的に炉心溶融(メルトダウン)することになりました。

興味深いのは、この事故でも避難の計画が非常に脆弱だったということです。福島第一の事故を検証してみると、スリーマイル島の事故の教訓が十分に学ばれていなかったと痛感します。福島の事故後の避難は混乱を極めました。事前の計画が不十分だったのです。避難した場所の中には、(風向きなどから)放射能の汚染物質にさらされた場所もありました。

事故への防御が機能不全に

福島第一の事故が起きた当時、私はアメリカにいました。日本の東北地方で非常に大きな地震が発生し、津波によって甚大な被害が発生したと知りました。この事故で見えてきたのは、事故を防ぐためにあったシステムの機能不全、その後の機能不全に続く機能不全でした。

津波の高さは発電所が計画されたときの設計基準をはるかに上回るものでした。その後に起きた電源の喪失、水素爆発、こうした一連の流れは原子力発電所の事故の際の課題としては広く知られた事象でした。

たとえば、水素爆発にはそれが起きないようにするベントというシステムがあります。ただ、それもうまく機能しませんでした。停電が起きたときに、電源を供給するはずだったディーゼル発電機は津波によって破壊されました。地震や津波にも耐えられるように設計されていたはずのシステムが機能不全に陥ったわけです。

自然は大きな力を持っています。ところが、私たちはその自然をコントロールできるものだと錯覚していました。今、私たちが知るべきは、どうしてこの事故が起きたかということではなく、この事故で誰が一番被害を受けたのかということです。

家と家族から引き離されるみじめさ、悲しさ

福島第一発電所の事故では今も16万人の方々が自宅を離れ、避難生活を強いられています。去年の8月に避難民の方に話を聞く機会がありました。彼らの身の上に起こったことは全くもって受け入れがたいことでした。想像してみてください。自分の家からそれもかなり長期間にわたって去らなければならないのです。また、子どもたちや孫たちなど家族がばらばらにされています。これを想像してみてください。

実は、事故で起きた問題というのは、避難を強いられている16万人の方に留まるものではありません。日本の経済・社会にも大きな影響を与えました。現在、日本の原子力発電所はすべて停止しています。日本の経済・社会に大きな影響を与えています。日本経済に与える影響は、少なく見積もって50兆円と言われています。

深刻な地下水と汚染水の問題

現場での汚染水の問題も非常に深刻です。汚染水を貯めるタンクに問題があり、今も汚染水が漏れています。地下水をめぐる問題もあります。地下水が汚染され、それが海に漏れ出ているということで、漁業者の生活に深刻な影響を与えています。

この問題は、明日なくなる、来週なくなる、来月なくなるという単純な問題ではありません。何年も何十年も続く問題です。この発電所が完全に廃炉にされ、ある程度以前の状態に復旧されるまで続きます。

原子力への信頼が揺らいでいます。原子力は日本においては非常に重要な産業でしたが、それが苦境に立たされ、今後も苦しい状態に置かれるでしょう。

アメリカでも福島事故を教訓にタスクフォースが

今回の事故は、原子力を利用している世界の国々にも重要な教訓になります。どのような教訓として学び取るべきかお話ししましょう。

アメリカでは、私が責任者となって米国原子力規制委員会(NRC)のタスクフォースを立ち上げました。問題がないとされてきたシステムにも脆弱性が潜んでいなかったのか、洗い出す作業を始めました。2012年7月、このタスクフォースでは12の提言がなされ、安全性を高めるために取られるべきアクションが列挙されました。

私たちの検証の結果、外部からの災害や事故に対する原子力発電所の備えが無防備であることが分かりました。ある発電所は、日本の地震よりもはるかに小さな災害で影響を受けかねないことが判明しました。(編集部注:2011年6月にネブラスカ州のフォートキャルローン原子力発電所を襲ったミシシッピー川の大洪水で、同発電所の冷却装置が停止したことなどを指すものと思われる)

アメリカにおいてはこの数年で複数の原子力発電所が停止または閉鎖されるに至っています。カリフォルニア州のサン・オノフル原子力発電所(編集部注:2012年に起きた蒸気熱伝導管などからの放射能漏れが原因といわれる。莫大な修理費用が発生すると予想される)やフロリダ州のクリスタルリバー発電所(編集部注:2013年2月、NRCはフロリダ州にあるクリスタルリバー原子力発電所を廃炉にすると発表。2009年にトラブルで運転を停止したものの、修理費用が巨額で再稼働が困難と判断)です。これらについては安全上の重大な欠陥があるということで、閉鎖ないしは停止に追い込まれました。

アメリカのすべての原子力発電所の資産価値は1兆ドルと言われています。これだけ大きな資産価値を持ちながら、稼働実績は極めてお粗末だと言われています。(編集部注:シェールガスの供給という新たな背景により、米国では経済原理からも原子力発電所の効率性に疑問符が付いているとされる)


【参考資料/NCRの提言】事故後にまとめられた米国タスクフォースの提言

福島事故後の2011 年4 月1 日にNRC がタスクフォースを設置。同年7 月12 日に提言として発表した。

(1) 規制枠組みの明確化

①多重防護とリスクを考慮した適正でバランスのとれた防護のための、論理的で秩序のある一貫した規制枠組みを確立するべきである。

(2) 防護の確保

②必要に応じてNRC は、ライセンシーに各ライセンシーが運用している原子炉の構造、システム及び構成要素の地震及び洪水に対する防護の設計基準を再検討させ、アップグレードさせるべきである。

③長期的視点での検討項目の1 つとして、NRC は地震により発生する火事または洪水を防止し、または発生を最小限に食い止める能力を将来的に強化する方策の検討をするべきである。

(3) 被害軽減策の強化

④NRC は、運用中のすべての及び新設の原子炉において、設計基準内のまたは設計基準を超える外部的事象による全施設停電発生を最小限に食い止める能力を強化するべきである。

⑤マークI 及びマークII 型格納容器を有する沸騰水型原子炉については、ベントの設計をさらに信頼性が高い強固なものとするよう要求するべきである。

⑥長期的視点での検討項目の1 つとして、福島原発事故の今後の研究を通し、追加的な情報が明らかになった場合、NRC は格納容器内または他の建造物において、水素を管理すること及びその発生を最小限にすることについての洞察を深めるべきである。

⑦使用済核燃料プールの水補給の能力及び設備の強化を行うべきである。

⑧緊急事態運用手続、過酷事故管理ガイドライン、甚大な被害を軽減するためのガイドライン等の原発内での緊急事態対応能力を強化し、統合すべきである。

(4) 緊急事態対応の強化

⑨全施設停電及び複合的事故が長期的に継続する事態に対応するための緊急事態計画を、NRC が各施設に作成させるべきである。

⑩長期的視点での検討項目の1 つとして、NRC は複合的事故及び長期的な全施設停電に関する緊急事態準備において追加するべき事項がないかを検討するべきである。

⑪長期的視点での検討項目の1 つとして、NRC は意思決定、放射線監視及び公衆の教育に関する緊急事態対応において追加するべき事項がないかを検討するべきである。

(5) NRC の監督業務についての効率性の改善

⑫NRC は、多重防護の要件にさらに着目して、ライセンシーの安全性能に対するNRCの法的な監督能力(例えば、原子炉監督手続等)の強化を図るべきである。 (国立国会図書館調査及び立法考査局資料より)


福島後の安全基準とは

これらを踏まえて私の意見を述べると、原子力発電所はまず安全性に関する基準を満たさなければなりません。この新しい基準は、福島第一の事故が私たちに教えるところの教訓に合致したものでなければなりません。いかなる事故であれ、ただの1人も避難させるということがあってはなりません。また原子力設備以外の土地を汚染する、米や麦などの主要穀物を汚染する、などということがあってはなりません。日本だけでなく、世界のどの国の原子力発電所であってもそのような安全基準が求められていかねばなりません。

私たちは日本で起きた悲劇から学ぶという機会を生かさなければなりません。もう1つ重要なことは、市民の側が行動を起こし、関与していかなければならないということです。今度は皆さんが公職にある議員、首長、政府などに働きかけて、討論の場を設け、説明責任を求めていくことが求められています。

福島でも将来に向けて取り組まなければならない課題は山積しています。水の管理、使用済み燃料の撤去、それから建屋の除染や地域一帯の除染、避難民となっている皆さんの帰還などがそれに当たります。

私はこれまでにも幾度か日本に来るチャンスがありました。日本に来るたびに、人々の精神性や技術の進歩に驚かされています。このような素晴らしい創造性を生かしてぜひ世界に向けて新しいエネルギー施設の開発や電力の送電システムをつくることに尽力いただきたいと思っています。

それが可能となれば、高価な施設が必要とされる原子力発電所を私たちは必要としなくなるでしょう。過酷な事故の心配をせずに電力を得ることができるのです。日本はエネルギー分野でも新しいリーダーとなってこうした問題を解決し、世界の国々を率いてくれることを切望します。

※この記事は、9月23日に特定非営利活動法人原子力資料情報室の主催で開かれたグレゴリー・ヤツコ氏の講演内容を要約しました。文責は当編集部にあります。

●グレゴリー・ヤツコ氏

1970年生まれ。コーネル大学で物理学と哲学を専攻。2005年にNRCの委員となり、09年から3年間NRCの委員長を務めた。2011年3月の福島第一原子力発電所事故発生後、原発の安全性に関し強硬な姿勢で臨んだことが産業界からの反発を呼び、NRC内で孤立するようになったといわれる。2012年5月24日に任期半ばで退任した。

●NRC(Nuclear Regulatory Commissionの略、米国原子力規制委員会)

アメリカ合衆国政府の独立機関の一つであり、合衆国内における原子力安全に関する監督業務(原子力規制)を担当する。原子炉の安全とセキュリティ、原子炉設置・運転免許の許認可と変更、放射性物質の安全とセキュリティ、および使用済み核燃料の管理 (貯蔵、セキュリティ、再処理および廃棄)を監督する。

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