識者に聞く

COP19/CMP9から見えてくる気候変動対策の遅れ地球の明日は崖っぷち⁉

世界自然保護基金(WWF)ジャパン 小西 雅子さんに聞く

COP19/CM9(国連気候変動枠組条約第19回締約国会議/京都議定書第9回締約国会議)が閉幕した。この数年、世界的な不況もあり、気候変動への関心が弱まっているように思えてならない。会議に参加したWWFジャパン気候変動・エネルギープロジェクトリーダーの小西雅子さんに会議の模様について聞いた。

COP19-1-COP19MOP9会議でWWFジャパンのエネルギーシナリオを発表する山岸尚之さん(左)と小西雅子さん (c)WWF-Japan

決まらない、決められない

Q1 先頃、ポーランドの首都ワルシャワで開催されたCOP19/CMP9が閉幕しました。そもそもこの会議の目的は何だったのかでしょうか。

小西:COP19/CMP9の目的は大きく2つありました。1つは世界各国が2020年までに公約した温室効果ガス削減目標(途上国には削減行動)を確実に実施していくようルールを整備し、さらなる削減努力を促すこと。もう1つは2020年以降の新たな温暖化対策の枠組み(条約や議定書など)を2015年までに合意できるよう、条約の要素を抽出して、具体的な削減目標を決める手法やプロセスを示すことにありました。

なぜ2020年以降の条約を、2015年に合意しなければならないかについては、世界190か国もの国が参加する国際条約ともなると、各国が批准の手続きを取り、あらかじめ決められた条件のもとで条約が発効するまでに数年程度かかるからです。そのため5年の猶予期間がとられているのです。

さて、ご存じのように京都議定書は、2008年から2012年までの5年間における先進各国のCO2をはじめとする6種類の温室効果ガスの排出枠を各国ごとに決めたもので、法的な拘束力がありました。日本もこの間の削減目標であった-6%を懸命に守りました。

京都議定書:1997年に日本の京都で合意された気候変動に関する国際合意。先進国が約束期間において温室効果ガスの排出を抑制し、または削減することを定めたもの。

ところが京都議定書の第一約束期間が終わる2013年以降には、日本、ロシア、ニュージーランドなど先進国の一部が議定書の下で目標を掲げることを拒否し、現在は欧州連合とオーストラリアなどしか残っていない状況です。京都議定書で義務を負わないこれらの先進国は、もともと京都議定書に入っていないアメリカとともに、途上国と一緒にカンクン合意(2010年にメキシコで決定)の枠組みの中で、自主的に削減努力を行うことになっています。それが2013年から2020年までの間の国際枠組みです。

つまり、2020年までは京都議定書の厳しい枠組みとカンクン合意の緩やかな枠組みの2つが同時並行で走る形になっているのです。カンクン合意は、自主的な枠組みだけに削減目標を守らなくても罰則規定はありません。強制力が弱いのです。

カンクン合意:2010年にメキシコのカンクンで開かれた国連気候変動枠組み条約(COP16)の合意。先進国は温室効果ガスの2020年までの削減目標を、途上国は削減行動を自ら定めて提出し、実施状況を2年に1度報告して各国の評価を受けるとされている。達成できない場合の罰則はないが、国際的に検証されることによって、各国の目標達成を促そうとしている。先進国の報告書提出の最初の期限は2014年1月1日。約190か国が採択した。

Q2 会議の成果が気に掛かるところですが、会議に参加された小西さんの目にはこの会議はどのような成果を上げたと思われますか。

小西: 私はこの会議に2005年から参加しています。各国の利害が複雑にぶつかり合う国際会議だけに、進展は遅々としているのが実情です。

今回は、先ほど述べた2つの目標のうち、2020年以降の枠組みづくりにおける削減目標の提出方法については形が見えてきました。各国がまず国内で決めた目標案を、国際的に提示し、最終的に新しい枠組みにおける目標として決定する前に、お互いの目標案を事前に比較して検証するなど協議してから決めようという仕組みです。いわば「事前協議型の目標決定方式」です。この方式の重要な点は、いつまで事前に国別の目標案を国連に提示するか、そして事前協議をどのように行うかにありました。

結果として、各国のせめぎあいの中で、「COP 21(2015年末に行われる会議)のかなり前に削減目標案を提出する」と決まりました。「できる国は3月までに」という言葉もカッコ書きで入っています。残念ながら具体的な日付は入りませんでしたが、それでも事前に目標案を出す、ということは共通認識となったと言えるでしょう。しかし、提示された各国の目標案を、どのように事前協議するかについては決められず、議論が先送りされました。

COP19/CMP9の会議で (c)WWF-Japan

また、今回の会議では、ロス&ダメージに対応する国際メカニズムが設立されることになりました。日本語では「損失と損害」と訳されますが、海面上昇や海洋酸性化など、適応手段をとっても避けられない被害について新たな取り組みを進めることが決まりました。

損失と損害(ロス&ダメージ):気候変動による被害の軽減策をあらかじめとることを適応というが、たとえ軽減策をとっても、避けられない被害が広がることが予測されている。たとえば海面上昇に伴う土地の消失や移住、生物種の絶滅など。このように適応を超えて発生してしまう損失と損害に対して対応する国際メカニズムのことをいう。

産業革命前に比べて2℃を超える危機に

Q3 ワルシャワ会議の直前にフィリピンを大きな台風が襲いました。会議の冒頭で行われたフィリピン代表のスピーチなども影響があったのでしょうか。

小西: フィリピン代表のスピーチには参加者の心を揺さぶる力がありました。参加者の間からは気候変動対策の“緊急性”を訴える声が相次ぎました。フィリピン代表は、会議がきちんとした成果を生むまでの断食を宣言し、それに共感して多くの人々が断食に参加しました。しかし、それでも会議は難航しました。

写真左は会場を盛り上げたフィリピン主席交渉官のサノさん(左の男性)。サノさんのスピーチに共鳴して「昼ご飯の時間だが私たちは食べない」と多くの若者がサノさんと行動を伴にした (c)WWF-Japan

実はこのような個々の台風などの極端現象を気候変動の影響であると言うことはできません。ただ、COP19を前にした9月に、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が発表した第5次の評価報告書には、雪や氷河の量が減少したり、海面水位が上昇したり、熱波や降水量が増加したりするなどさまざまな変化が地球規模で起きていると明示されています。温暖化が人間の活動によって引き起こされたものであるかどうかを論争する段階はもはや終わったと言えるでしょう。IPCCが示すシナリオでは、いまのままの排出を続けると100年後の気温は4℃以上上昇してしまう可能性が示されています。

実は温暖化というのはもう防げません。私たちに残されているのは、気温上昇をどのレベルで押さえることができるかという選択だけなのです。カンクン合意では、産業革命前に比べて2℃未満の上昇に抑えることを目指すと認識されましたが、いまの国際交渉では程遠い状況です。

すでに南太平洋の島嶼国などでは、海面水位の上昇と嵐による海岸浸食により、家屋の倒壊を招き、内陸部へ移住しなければならないような事態が発生しています。先に述べた「損失と損害」に対する国際メカニズムの設立は、被害が適応を超えて発生している現状を反映していると言えるでしょう。

出展:IPCC第5次評価報告書より

Q4 会議では日本政府の対応に各国から厳しい批判が相次ぎました。小西さんの目には日本政府の姿勢はどのようなものとして写りましたか。

小西: 今回の会議で日本政府は新たな数値目標を出してきました。2020年に1990年比で25%削減するとしてきたこれまでの目標を取り下げ、2005年比で3.8%減としたのです。

実は「2005年度比で3.8%減」というこの数値は、京都議定書の基準年(1990年)で換算すると「3.1%増」なのです。排出量を減らすどころか、増加を認める目標となります。

会議では、小島嶼国連合(AOSIS)、イギリス、欧州連合などの政府から公式に懸念が表明され、国際メディアもその後ろ向きの姿勢を大きく報道しました。日本は悪い意味で存在感を示すことになったのです。個別の会談でも多くの国が遺憾の意を表明したと聞いています。

私たちの懸念は日本がどういう背景からこの数値目標を導き出してきたのかという点にあります。東日本大震災ですべての原子力発電所が止まり、化石燃料に頼らざるを得ないことから、ある程度数値目標を変えざるを得ないという点については各国も理解しています。しかし、それがマイナス25%からプラス3.1%になるという検討プロセスはいまなお明らかではありません。

WWFジャパンがシステム技術研究所に作成委託した「脱炭素社会に向けたエネルギーシナリオ提案」では、2020年に最終消費エネルギーの2割を省エネし、電力に占める自然エネルギーの割合を3割に上げるならば、原発に頼らなくとも17%以上のCO2排出量削減が可能(1990年比)と示しています。そもそも1次エネルギーに電力が占める割合は約4割で、原発はそのうちの3割でした。1次エネルギー全体で見ると原発の占める割合は1割強にすぎません。したがってたとえ原発を計算に入れられなくとも、マイナス25%をプラス3.1%にしなければならない数字の説明がつきません。

このままでは途上国に対して2020年以降の枠組みで削減努力を求めていこうにも、日本には交渉力を得られません。いまのところこの数字は暫定値とされていますので、2014年中に見直しされるものと私たちは期待しています。

写真3:日本政府の新提案発表前に行われたWWFインターナショナルによる緊急記者会見 (c)WWF-Japan

日本政府の新提案に「特別化石賞」が (c)WWF-Japan

欧州連合と中間途上国グループ(AILAC)にリーダー的役割を期待

Q5 この数年、先進国と途上国の不信・反発が高まっています。COP19/CMP9における各国間の利害の対立はいかがでしたか。COP20/CMP10以降を占ううえでもお聞かせいただきたいのですが。

小西: 今回の会議では、先進国と途上国といった単純な対立図式では表せない複雑な構造が垣間見られました。その昔、途上国といえばグループ77+中国という形で、声をひとつにして交渉に臨んでいましたが、途上国の中でも急速に開発が進んでいる国とそうでない国の格差が広がり、意見が異なるようになりました。

ご存じのように中国はアメリカを抜いて総排出量では世界第1位となりました。インドは日本を抜いて世界第4位になっています。
そうした大きな変化の中で、今回は経済成長著しいインドや中国、そしてベネズエラやボリビアなどのラテンアメリカにおける反市場経済国、サウジアラビアなどの産油国などが“同じ考えを持つ途上国”と英語で言われるライク・マインデッドグループとして共同の動きを取っていたのが印象に残ります。

背景には、日本をはじめとする先進国が削減努力を著しく後退させたところにも一因があるのかもしれません。ただ、ライク・マインデッドグループが、いまだ2020年以降の枠組みにおいても、1990年当時の先進国と途上国の区別を固定化しようとするのは、大きく変動している現状に合わないと思います。差異化も時代に合わせて進化させていく必要があると思います。

今回の会議では、従来とは違ったアメリカの交渉態度が印象的でした。欧州連合のリーダーシップは従来と変わりませんが、2期目に入ったオバマ大統領のアメリカはシェールガス革命の恩恵を被っていることもあり、積極的に発電所における排出規制などを国内で進めています。2020年には2005年比で-17%の削減目標も維持し、次の2020年以降の枠組みづくりにおいても、事前協議を前提とした目標決定方式を提案するなど、すべての国を対象とした新しい枠組みづくりに貢献しようとしています。

また従来の先進国対途上国の対立を超えて、来年のCOP20をホストするペルーをはじめとするラテンアメリカの先進的な6か国グループが、時に欧州連合と一緒になって、交渉を前へ進めようとしていたのが光りました。これらのラテンアメリカ6か国グループ(AILACと呼ばれる)は、開発が中程度の途上国グループで、インドなどの新興国が代表するライク・マインデッドグループと時に激しく応酬をかわし、途上国同士の対立が顕在化したCOPでもありました。途上国が台頭している現状を反映して、交渉が複雑化していますが、これら先進的な中間途上国グループの存在は、暗くなりがちな国際交渉における希望の星と言えそうです。

写真4:WWFジャパン気候変動・エネルギープロジェクトリーダー小西 雅子さん

●WWFジャパン
http://www.wwf.or.jp/activities/climate/
人と自然が調和して生きることができる未来を築くため、①地球温暖化を防ぐ ②持続可能な社会を創る ③野生生物を守る ④森や海を守るなど4つのテーマを柱に活動をしています。

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