自転車活用の街づくり

自転車は被害者⁉ それとも加害者⁉

自転車レーンの整備を急ぐ埼玉県戸田市の試み

自転車愛好家が増えている。だが、便利で快適な乗り物であるはずの自転車も事故と無縁ではない。自転車の怖さは、被害者にもなるが加害者にもなること。自転車事故件数全国2位の埼玉県でワースト1となった戸田市では、自転車レーンの整備に本格的に踏み出すこととなった。現地からレポートしたい。

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戸田第二小学校前に設けられた自転車レーンを試走する高橋大一郎さん

自転車事故件数で埼玉県ワースト1に

埼玉県の南端に位置する戸田市。池袋や新宿などの都心と結ぶJR埼京線が乗り入れるようになり、いわゆる“埼玉都民”と呼ばれる住民の数が増え、現在の人口は約13万人にも上る。

起伏の少ない平坦な地形もあってか、住民の多くは通勤、通学、買い物にも自転車利用者が少なくない。問題はそれに伴って自転車が絡む事故件数が埼玉県内ワースト1になったことだろう。

2013年1月1日から同年10月31日までの10カ月の調査では人口1万人あたりの自転車事故死傷者数は埼玉県内平均が112.8人なのに対し、戸田市は242人。県平均の2倍を大きく上回っている。

一番多いのは自動車による自転車の巻き込み事故。次が自転車と人の交差点や歩道における衝突だ。被害者にも加害者になる痛ましい自転車事故をこれ以上増やさないためにも対策が待たれていた。

安全のために自転車と歩行者の分離を進める

戸田市は一級河川荒川を使った河川交通の利便性から、かつて市内に多くの工場・倉庫が点在していた。最近では一部が郊外に移転したものの、新たに通販会社などの物流拠点が増えている。そのためかトラックと自転車が遭遇する機会も多く、両者が絡む事故の遠因となっていた。

数年前、市議会の市民生活常任委員会は、自転車の安全な利用を促進するための条例制定を目指し、委員が先進地を視察するとともに、市民にパブリックコメント(意見提出)を求めることとなった。今回の記事の冒頭で写真が登場した高橋大一郎さんもこのパブリックコメントで意見を表明。条例は委員会提出案件として2012年11月27日に全会一致で可決、2013年1月1日に施行した。

戸田第二小学校前に完成した自転車レーン

そうした経緯から2013年12月に戸田第二小学校の前を走る川岸2丁目から菖蒲橋に至る800メートルの車道の左右の路側帯に幅1メートルの自転車通行帯(青いレーン)が引かれることとなった。

対向車線にするには道路幅が7メートルと狭いため、黄色のセンターラインはあえて消すという愛知方式を採用。これによってクルマの走行スピードを落とす工夫がなされたほか、横断歩道を除く交差点にも青いラインが引かれ、そこが自転車優先レーンであることが一目で分かるようにした。

自転車レーン整備前(左)と整備後(右)

また、自動車の停止線より自転車の停止線を数メートル前方に置くなど、自動車が自転車を見落とせなくした。これによって自動車の排気ガスを自転車が浴びずに済むというメリットも生まれている。本来であれば自動車の停止線の前全体をバイクポケットにするのが良いのだが、「並走になる」との警察の主張から今回は実現されていない。

戸田市では、2014年3月までに戸田駅西口交差点付近など新たに2カ所の自転車レーンを完成する計画だ。戸田駅西口交差点付近は、歩道が狭いにも関わらず自動車交通利用が一日10,000台以上と多く、自転車が歩道内を通行するケースが頻繁に見られている。

今年度の市内3カ所の整備に掛かる費用は合計で1億1,385万1千円。来年度も7,770万3千円を掛けて市内2カ所の自転車レーン整備が予定される。

自転車の活用に目覚めて、各地で活動を展開

このあたりで今回の取材のきっかけをつくってくれた高橋大一郎さんに登場いただこう。

高橋大一郎さんは、「日本一周自転車旅人」を名乗るほどの自転車好き。これまでに沖縄を除く46都道府県を自転車で走った実績の持ち主だ。いま乗っている自転車の走行距離は、2014年1月に地球一周に相当する4万キロメートルに達した。

本業である自動車教習所の教官を勤めるかたわら、有給休暇を使って日本一周の自転車旅を続けてきた。仕事が終わったその足で、分解した自転車を袋に入れて寝台列車に乗り込み、翌朝には以前に自転車旅を終えた地点の駅で自転車を組み立て、次の旅に向けて再スタートする。

高橋さんによれば「鉄道と自転車の組み合わせは、行動範囲を広げてくれる最強ツールです」とのこと。世界の鉄道の多くは、自転車を分解せずにそのまま鉄道に載せられるので、日本も早くそうなって欲しいと語る。

自転車で走った道を、日本地図の上に赤線で記していく。これが楽しくてたまらず、12年ほど掛けて日本一周の自転車旅にくぎりを付けた。

そんな自転車好きな高橋さんも、社会人になりたてのころは、クルマ社会にどっぷり浸かっていた。ところが2000年にオランダへ旅して大きなカルチャーショックに見舞われた。いたる所に完備された自転車道、自転車ごと載せられる鉄道、自転車愛好家でにぎわう街……。

日本も乗る人の数だけでいえば自転車大国だが、道路のどこを自転車で走ればよいのか分からない有様だ。2004年には日本から自転車を持参してドイツとオランダを旅し、あらためて日本の自転車政策の遅れを痛感することとなった。

そうした体験をきっかけに、「クルマ社会を問い直す会」や「埼玉自転車市民の会」などに参加し、自転車の市民権を確立するための市民運動に積極的に関わるようになった。

会派を超えて議員さんと自転車利用を考える

2013年2月、戸田市でも“自転車の安全を守るルールづくり”が話し合われ、議会で自転車レーンの整備に向けた計画案の審議が始まった。

高橋さんのよさは、物怖じしないところかもしれない。議会での審議の話を聞いて、議員さんたちに自らの意見を述べようと乗り込んだ。

「どの方が議員で、どの方が市の職員なのか、全く分からない状況でした」。だが、高橋さんの熱心な働きかけもあり、何名かの議員が会派を超えて耳を傾けてくれた。

「当時は週1回くらいのペースで自転車のサイクリングを始めたところでした。高橋さんに会って自転車の楽しみ方がもっと分かるようになりました」と花井伸子議員が語ると、「市内を自転車で走ろうという呼びかけがあり、ママチャリで参加しました。自転車の専門家らしい意見が聞け、勉強になります」と真木大輔議員。戸田市では、自転車、歩行者の安全な環境の創設を通して市民と議会と行政の新たな街づくりが始まっている。

高橋さんらの案内で完成した自転車レーンを視察する真木大輔議員(左端)と花井伸子議員(左から2人目)

これからの自転車活用を考える

読者のみなさんは、2013年12月1日に改正道路交通法が施行されたことをご存じだろうか。

これまでと大きく変わったのは、自転車を含む軽車両が通行できる路側帯は道路の左側部分に限るとされたこと。つまり、車道内の左側通行がより強く徹底されることとなった。

残念なことだが、現状は各自治体や警察の取り組みにもかなりの濃淡が見られる。戸田市の取材中にも自転車専用レーンがあるにもかかわらず、車道右側を逆走する自転車利用者が数多く見られた。ルールの徹底とともにマナーの啓蒙をさらに進めたいところだろう。

2020年の東京オリンピック開催を控え、わが国の自転車政策にも注目が集まっている。2月9日執行の東京都知事選挙でも主要候補者の全てが自転車政策を進めるとしている(参考サイト http://cycle-tokyo.com/ )。

その東京都から荒川を渡ってすぐ隣の埼玉県戸田市で進められている自転車レーンの取り組みは、東京都や他の自治体も見習うべき先進事例となりそうだ。

○参考:戸田市広報紙

http://www.city.toda.saitama.jp/466/465882.html

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