山との対話③

総合商社が“森林を保全する”ということ

三井物産㈱環境・社会貢献部 社有林・環境基金室室長 赤間哲さんに聞く

全国74カ所に約44,000ヘクタールの社有林を保有する三井物産。公益価値を有する大切な資産と位置づけ、いまも懸命な整備・管理が行われている。総合商社が森をもつことの意義を社有林・環境基金室室長 赤間哲さんに聞いた。

環境・社会貢献部の赤間哲 社有林・環境基金室室長

社有林の歩み

Q1 総合商社がわが国有数の山林の所有者だと聞いて意外に思う人々も多いと思うのですが、山林のつながりはいつごろからどのような形で始まったものですか。

赤間:当社の前身である旧三井物産が誕生したのは1876(明治9)年です。まだ商社という言葉すらなかった時代にあらゆる産品の貿易を手掛け始めました。木材の事業に着手したのは1889(明治19)年のこと。旧三井物産が立木の伐採権を取得したのが始まりです。当時、清国(現在の中国)で始まった鉄道建設に枕木材を輸出したのがきっかけだと言われています。

それに伴い、1903(明治36)年には当時東洋一と呼ばれた大規模な木挽き工場(製材工場)を北海道に創業しました。1906(明治39)年には木材部という事業部も生まれ、その後自社の山林を取得するなど山林経営から住宅建設までを幅広く手掛けていました。

Q2 山林部の事業は戦後も継続したのでしょうか。

赤間:終戦間際の1944(昭和19)年に三井木材工業㈱を設立し、山林部の事業は同社に譲渡されました。ところが戦後の財閥解体で旧三井物産が解散、新たに第一物産が設立されました。

1954(昭和29)年には第一物産と旧・三井木材工業が合併し、山林の所有は第一物産に、山林の管理は新たに設立した同名の三井木材工業が行うことになりました。

社有林そのものは、紆余曲折を経ながらも残り、事業として継続していきました。1960年代から70年代の初めには戦後の復興需要も加わり、木材の需要が大きく拡大しました。その頃には、当社も「造林10か年計画」を一次・二次と行い、山林面積もさらに拡大していきました。

現在所有している山林の中で最も古いものの一つが、1911年に取得した北海道勇払郡に位置する似湾山林。

Q3 その後、林業を取り巻く環境はジェットコースターのような激しい動きに翻弄されていきますね。

赤間:山林事業そのものは戦後も比較的順調な滑り出しを見せていました。日本が高度成長期に入った1973年(昭和48年)には、住宅の着工件数は191万戸と過去最高を記録しています。この数字はいまも破られていません。

当時、個人の住宅といえば木造住宅です。この住宅需要を賄うために約120百万立法メートルの木材が消費され、約半分の60百万立方メートルは国産木材で賄われていました。ただし、この勢いで国内の山林を切り続けると、日本の山は丸裸になる懸念もありました。

そこで当時の農林省や林野庁は1960年に外材の輸入自由化に踏み切りました。今日、日本の林業を成り立たなくしたのが外材の輸入を行ったからだという批判がありますが、きっかけは日本の森林資源を守るためだったのです。この政策は日本の山を丸裸にしなかったという点では良かったのですが、もう少し慎重な対策が必要だったかもしれません。

実は70年代の半ばくらいまでは国産材は非常に高値で取引されていました。ある種のバブルといっても良いほどです。その当時、もう少し中長期の森林資源の活用策が生まれていたらと悔やまれてなりません。その後、為替が1ドル360円から240円を経て、いまでは1ドルは100円台ですから、日本の木材の価値は三分の一程度に下がり、あっという間に国際競争力を失っていきました。


森の公益的機能を見直す

Q4 せっかくの社有林もお荷物的な存在になっていくわけですね。社有林を見直そうという動きはなにがきっかけで始まったのでしょう。

赤間:建築面からいうと時代とともに都市の建築は鉄筋コンクリート主流に変わり、戦後は大きな建物ほど鉄筋コンクリートになっていきます。1959年にはとうとう建築学会で木造建築教育を禁止する決議までされています。

木材は防火や耐火の面からも弱いという決めつけがなされ、それに外材の輸入も加わって高価な国産材は次第に敬遠されるようになります。

かつては年間約120百万立方メートルもの需要があった国内の木材需要は近年になって約70百万立方メートルにまで落ち込んでいます。実はその約半分近い約30百万立方メートルは製紙の原料で大半が輸入チップですから、純粋な木材の需要は約40百万立方メートルにすぎません。

こうした背景もあり、当社の林業事業も1980年代後半から今世紀初めに掛けて、毎年大きな赤字を抱えるようになり、社有林は一日も早く手放すべきだという声が強まっていきました。ただ、面積から見ても大きな山林ですから、簡単には買い手が見つかりませんでした。

その後、2002 (平成14) 年に現在当社の会長職にある槍田松瑩 (うつだ しょうえい)が社長に就任し、「社有林はただちに収益を生むという構造ではないが、豊かな山林を企業がもつことの意義はある」と保有方針を転換しました。

当時、企業の社会貢献が大きな社会テーマになりつつありました。一方で、地球規模の気候変動が社会問題化し、森のCO2吸収や生物多様性への対応の必要性を肌で実感していたのだと思います。

Q5 2004年の春には社有林での新入社員研修も始まります。また2005年には「三井物産環境基金」がスタートしていますね。

赤間:当社では新社長が就任すると北海道の社有林で必ず植林を行ってきました。 槍田松瑩会長は、熊谷社長の秘書時代からそれに同行してきた経験があり、“植樹をとおして自然に触れること” の意義を知っていたのです。

森と向き合った体験がいつか仕事の上でも力になる、との思いで、2004年には新入社員全員を連れて社有林を訪ね、森林保全活動をみんなに実体験させました。

三井物産では、新入社員が研修の一環で“初心を刻む”ことを目的に三井物産の森での記念植樹を行っている。

また、あってはならないことですが、2004年には環境関連の不祥事が起き、この反省も込めて「三井物産環境基金」を立ち上げました。2014年1月までに国内外で448案件、金額で約48億円の助成を行ってきています。

最近の助成の中から私の印象に残るものをお話ししましょう。代表的なものは活動助成の成果をとりまとめた「green:note」に譲りますが、それ以外で印象に残るものとしては、福島県南会津町の水引集落におけるNPO法人山村集落再生塾による「茅の安定供給と茅場の整備」に対する助成があります。水引集落にはいまも7軒の茅葺き民家がありますが、人口減少と高齢化のために維持が困難になっています。地域住民と都市住民の協働で貴重な生活遺産としての山村風景を守っていければと茅場の茅刈り作業などを通じて交流を行っています。(詳しくはhttp://www.sansonjuku.orgをご覧ください)

茅刈りと山桜の植林ツアーには日本各地からボランティアが集まる。成人すると村を離れてしまう子供たちに故郷との結びつきを感じてもらいたいという願いを込め、植林には地元の小中学生も参加している。

森はいつか大きな役割を担う

Q6 社有林は「特別保護林」「環境的保護林」「水土保護林」「文化的保護林」などに分類して保全活動を行っていると聞いています。地域の特性を活かした山や森の管理は大変なのではありませんか。

赤間:森林破壊がCO2の吸収量を減少させ、地球の温暖化を加速させていることはもう疑う余地がありません。しかし、森林が社会や環境に与える影響はそれだけにとどまりません。

森林は大地の表土を保全し、水源の涵養に多大な貢献をしています。また、豊かな山は海のプランクトン発生とも深い関わりがあり、あらゆる野生生物の生息と深くつながっています。多様な生物や生息環境を守り、自然のバランスを維持しているわけです。

千葉県にある亀山山林で主に小学生向けに行われている「森林体験」。森の自然観察や林業の仕事である間伐などを体験する。

三井物産は総面積で約44,000ヘクタールという広い森林の維持・管理にあたって、それぞれの森林の特徴に応じた保全・活用に関する活動を行っています。特に2009年にFSC®認証を取得したことを機に、全社有林を生物多様性の観点から再区分し、「生物多様性保護林」という区分を新たに設けて、その中を「特別保護林」「環境的保護林」「水土保護林」「文化的保護林」など細かく4つに分類して生物多様性の保全を目的とした管理も進めています。

現在、この「生物多様性保護林」のほかに「循環林」「天然生誘導林」「天然生林」を加えて区分しています。さらにその中を「小班」と呼ばれる合計約一万近い最少区分に分けて、それぞれに適した保全・活用を徹底しています。

大事なことは、これらの活動が独りよがりなものであってはならないという点です。それが理由で全社有林を対象にFSC®森林認証を取得しました。FSC®そのものは木材を生産する森林と、そこから切り出された木材の流通や加工のプロセスを認証する国際制度ですが、自然や社会にも配慮して生産された木材だというトレーサビリティーの有効な手段になります。

厳しいハードルでしたが、私たちはすべての社有林でこの認証を受けることができました。1万ヘクタール以上の民間森林所有者では国内初の事例です。

これには裏話もあります。この認証では、私たちの社有林に関係するステークホルダー(外部の利害関係者)から1つでも異論があれば認証されません。ところが3カ所から問題があるとの所見が出されました。不法投棄などの疑いがあるというのです。

結論からいうと、他の山林所有者のものでした。山林の境界線があいまいなため、他の山林所有者の行為が私たちのものだと誤解されたのです。

いま、地方では山林所有者の多くが高齢化のため、山の手入れがおろそかになっています。また地域に居住しない山林所有者も多く、山の境界線すらあいまいになっているという問題もあります。

100年先を見据えて森林資源の活用を

Q7 社有林の管理に向けた課題がありましたら教えてください。

赤間:当社の社有林は現在、子会社である三井物産フォレスト㈱が林業を通じて保全・管理しています。全国74カ所、約44,000ヘクタールの社有林は国土の約0.1%に相当しますから、企業が所有する山林面積では国内第3位となります。

ところで現状は、残念ながら林業事業単独で黒字化するところまでは到達していません。正直に申し上げると、いまも毎年数億円の赤字が続いており、コストセーブが課題です。ただ、先ほどから申し上げているように山林のもつ“公益的な価値”は計り知れません。三井物産の森の公益的機能の評価額は年間約1,200億円だという外部の評価もいただいています。

三井物産の社有林活動では、林業を通じて森林保全を行うという社会の課題解決につながっている点も注目していただきたいと思います。 社有林に関わる三井物産フォレストの従業員をはじめ私たち関係者の願いは、「近い将来事業としても再び脚光を浴びる日が来る」ことです。

Q8 最近では、木を育てるだけでは不十分で、木を伐採し、木材として活用することも重要だと言われています。木材の活用策としてはどのような取り組みが進められていますか。

赤間:いまでも木を伐ることは悪だと少なからず誤解されています。もちろん貴重な天然資源としての熱帯雨林は絶対に伐ってはいけません。しかし、日本の場合、国土の三分の二を占める森林資源、その4割を占める人工林を適切に整備・保全していくには、適度に木を伐採して利用することが重要です。

森林のCO2吸収力は、間伐を含む伐採なくして健全に保つことはできません。「育てる」から「使う」に向けた発想の切り替えが必要です。

最近では政府も国産材の利用促進に取り組み始めています。たとえば役所や学校などの公共建築物の木造化をはじめ大型建築物の利用を広げるため、木材の強度や耐火性を高める技術開発も進んでいます。2013年からは木材を使って家を建てるとポイントがもらえる制度も登場しました。

ただ、いくつか問題もあります。戦後木造の大型建築物を造らなくなったためか、大型の木造建築物を設計できる一級建築士がほとんどいなくなっています。また、地域に点在していた大工さんや建具職人などもどんどん減少し、きっちりした木造建築を造れる技術を失いかけています。

木材産業大国ドイツの木材使用量は年間約60百立方メートルです。ドイツの人口は82百万人ですから、一人あたりの木材使用量は日本の2倍以上にもなります。大型木造建築物による木材の活用だけでなく、ドイツの住宅ではドア、床、壁、天井などに天然の木材を意図して使っています。これなら林業を産業として位置づけることができ、循環型の森林サイクルも維持できると思います。

わが国には法隆寺や伊勢神宮など優れた木造建築物の歴史があります。木材を生活の中に活かす工夫をもう一度社会全体で問い直さなければならないと思います。

当社は社有林から生まれる森林資源を活用するため、本社一階ロビーにつくった木づかいスペースを「Forestarea (フォレステリア)」と命名しました。来客だけでなく、社内の打ち合わせにも広く利用されています。木の製品のもつ柔らかさや温もりは、人々を癒す効果があるようです。将来的には事務所内の壁の一部や書類キャビネットにも木材パネルを活用していこうと考えています。

三井物産の本社ロビーにある木づかいスペース「Forestarea」。三井物産の森の木材を利用して造られたすべての什器にFSC認証マークが付いている。

オフィスにおける木づかいの実践の場として、三井物産の環境・社会貢献部の執務内では国産の木材製品を壁や書類キャビネなどに活用している。

戦後の復興からおよそ70年、私たち日本人は木材がこの国の貴重な資源であることをすっかり忘れかけています。しかし、これだけ技術の発達した国で、本気になって木材を活かす気になれば、木材の利用はまだまだ進むはずです。身の回りに木材資源を有効利用する“木と共にある暮らし”をみなさんにも取り戻してほしいと思います。(2014年2月)

●お問い合わせ

三井物産株式会社
環境・社会貢献部 社有林・環境基金室
http://www.mitsui.com/jp/ja/csr/contribution/forest/

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